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九十話目~空狐の骨董屋さん~

 とある町の隅っこ。人通りはかなり少なく、周りには田んぼや畑などが見えている。そんな中、俺は足を進めていた。たまには人ごみから離れるのもいいものだ。大きく息を吸い込み、静かに空を見上げる。

 空では翼を持った人外たちが一緒になって弧を描きながら飛行している。ここは人外たちにとって穴場だ。どうしても体の関係で都会に住むにくいものというのは存在する。そういった者たちは、ここに移住してきているのだ。

 こののどかな雰囲気が、結構好きだ。今度は家族を連れて私用で来るのもいいかもしれない。外に出て色んなものを見るのはグリにとってもいい経験になるはずだ。

「まぁ、とりあえずは用事を片付けてからかな?」

 ポツリと呟き、再び足を速める。今日はこれを片付ければ業務は終了だ。ただし、メディアさんから定期検診を受けるように言われている。だから、できるだけ早めに済むに越したことはないのだ。

 やがて細い道に入り、住宅もやや古びたものになっていく。ここまでくればもうすぐだ。

 スマホを起動させつつ、辺りをきょろきょろと見渡して場所を確認する。いかんせん似たような建物ばかりなので、少し困る。

「おい、四宮。こっちだ、こっち!」

 ふと、誰かの声が上がる。そちらを見て、俺はふっと頬を綻ばせた。

「どうも。妃美香さん。お久しぶりです」

 俺の眼前にいたのは、狐耳を持つ少女だ。が、このような見た目をして実は数百歳といういわゆるロリババアの妃美香さんである。彼女は着物の袖に手を突っ込みながらキセルをふかしつつ、ニヤリと口角を吊り上げてきた。

「久しぶりだな。ま、オレにとってはどうでもいいが」

 彼女はやや変わった口調で話す。一人称が『オレ』だし、ちょっとばかりガラが悪いようにも聞こえてしまう。しかし、これは別に彼女が不良だからとか、暴力的な性格をしているというわけではない。ただ単に、彼女の生まれた時にはこれが流行であり、それを今も続けているらしいのだ。

「で、四宮。お前、ずいぶんと変わったじゃないか」

「まぁ、色々ありましてね。ただ、内面は変わっていないつもりですよ」

「だろうよ。お前が変わっちまってたら、すぐに気づくだろうさ」

 妃美香さんは挑発的にクスクスと笑う。その有様に、俺も苦笑した。

「妃美香さんはお変わりなく」

「まぁな。オレはこんな体だからよ。老いとかは関係ねえんだわ」

 彼女は激レアな空狐という存在だ。狐が長い年月を経て人外化した存在であり、長寿の種族である。彼女はキセルをひょいひょいと動かしながら、切れ長の目を俺に向けてきた。

「で、あれだろ? ここにいるってことは、オレに用があるんだろ?」

「えぇ。定期的にお話を伺っていないといけませんから」

「ハッ! 相変わらずご苦労なこった。ついてきな」

 妃美香さんの後ろをトコトコとついていく。が、彼女と俺では歩幅が違い過ぎた。あっという間に並んだ俺を見て、彼女はニッと不敵な笑みを浮かべた。

「はええんだよ。もっとゆっくり歩けって。足の長さが違うんだから」

「それはどうも。なら、手を繋ぎましょうか?」

「るせぇ」

 彼女は俺に向かって煙を吐き、不機嫌そうにふんぞり返った。が、その口元がやや歪んでいるのを見て、本心ではないことを知る。相変わらず、不器用な人だ。

 しばらく歩いていると、彼女が経営している骨董店が見えた。それを見て、俺は頬をひくつかせ、やや後ずさった。

「また、いるんですよね?」

「あぁ、いるぜ。なりかけどもがな。ほら、入れよ!」

 半ば蹴り込まれるようにして店内に入る。すると俺を迎えてくれたのは、店内を埋め尽くさんばかりのガラクタたちだった。狸の置き物やら、ゴテゴテした熊手やらが乱雑に置かれている。

 しかし、これはただの『物』ではない。

 付喪神になりかけている『者』たちなのだ。そっと手を触れてみると、微かに脈動を感じる。

 付喪神は大体百年を目安に人外化する。まぁ、これはあくまでも目安だ。要はどれだけ、人の感情を受けたかである。それによって、人外化するか否かが決まる。

 妃美香さんの仕事は、骨とう品店を経営しつつ、こういった者たちを確保して無事に付喪神として生まれるまで見守ることだ。これには、いくつかのリスクが存在する。

 一つ。こういった者たちは自我を持っているものの、それはとても不安定だ。だから、無意識のうちに周りへ悪影響――時には物理的な形で及ぼすことがある。

 二つ。人外化するのに際して、人の精気を奪うものもいる。それは個体差によるが、常人なら数年で正気を失ってしまうほどのものだ。

 だが、幸いにも妃美香さんは人外であり、こういったものの扱いには慣れている。その上、精気を吸われようと精神面においても肉体面においても人間を凌駕する彼女にとっては些細な問題だ。

 だからこそ、この仕事を続けられているのだ。彼女は近くにあったてまりを手で弄びながら、挑発的な笑みを向けた。

「なぁ、四宮。お前、こいつらのことをどう思う?」

「……特に、何も」

「クク、そう言うと思ったさ。だがな、それはこいつらにとって最悪の言葉だぜ?」

 彼女は上手にまりをつきながら続ける。

「こいつらの大半はな、捨てられたものばかりだ。人間から忘れられ、捨てられ、挙句の果てにこんな生物とも物とも区別のつかないものになっちまった。だからな、無感情を抱くってのは、こいつらにとって何よりも嫌なことなんだよ。物ってのはな、人から使われて何ぼだからな。たぶん、お前がこいつらのことを苦手にしているのと同じようにこいつらもお前を苦手にしているぜ」

 言われてみれば、確かに俺はこいつらのことをそこまで考えもしていなかった。これからさき、もしかしたら人外として会うかもしれないというのに、だ。

「事実、お前のことが苦手って言ってるやつはいるからな。おい、マリ。お前もそろそろこいつと話してやれよ」

 刹那、妃美香さんが持っていた毬がひとりでに弾んだかと思うと、ボフンと煙を巻き起こし、気づくとそこには一人の少女が立っていた。彼女はおどおどした様子で、妃美香さんの後ろに体を隠す。

「こいつは、マリってんだ。オレが名づけた。去年、お前が来た時にはまだ道具だった奴だぜ? ほら、挨拶してやれよ」

「こ、こんにちは」

 マリは妃美香さんに促されるまま、おずおずと口を開いた。その瞳には、微かな怯えが見てとれる。

 なるほど……俺は、ちょっとばかり勉強不足だったかもしれない。彼女たちのような存在についての理解がなかったし、それを深めようとも思っていなかった。これに関しては、完全に俺の失敗だ。

「……すいません」

「オレに謝んな。こいつらに謝ってやれよ」

「……ごめんな。馬鹿な俺を許してくれ」

「い、いえ! 頭をあげてください!」

 マリはそう言ってくれる。一方で妃美香さんは彼女の頭をぐしぐしと撫でながら、俺に再び視線を向けてきた。

「いいか、四宮。お前も人外になったんだ。もう、一日二日の仲じゃねえ。ってことは、こいつらが人外化する時にもまだ生きているかもしれねえってことだ。だからな、よぉく覚えとけ。こいつらだって生きてんだ。オレたちと同じように扱ってやれ」

「……はい」

「ま、お説教は終わりだ。見ての通り、オレは元気でやってるし、業務に支障もねえ。これでいいだろ? お前の業務もこれで終わりだ。後は帰るなりオレと駄弁るなり、好きにするがいいさ」

 妃美香さんはそれだけ言って奥の方に消えて行ってしまう。後に残されたマリは彼女の方へと手を伸ばそうとしていたが、すっとその細い手を下ろした。その後で、もじもじとしながら伺うように俺の顔を覗き込んでくる。

 やはり、苦手意識というのは一朝一夕で消えるものではない。たぶん、すぐに仲良くなることはできないだろう。

 だが……。

 俺はそっとしゃがみ込み、満面の笑みを浮かべた。

「マリちゃん。今度、また来てもいいかな? ちょうど、俺のところにも君と同じくらいの子がいるんだ。きっと仲良くなれるはずなんだけど……ダメかな?」

「……ッ! いえ、大丈夫です! お待ちしています!」

 マリはパァッと花の咲くような笑みを浮かべてくれた。俺はそんな彼女の頭をそっと撫でてあげる。確かに、温かく、鼓動を感じる。俺と何ら遜色がない肉体だ。

 人外化した影響で、俺の寿命はほぼ永遠に近いものとなっている。ならば、これから付き合っていく中で仲良くなっていこう。この体になったことにも、きっと意味があるはずだから――。


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