第九話目~お化け屋敷の幽霊さん~
草木も眠る深夜、俺の眠りを携帯電話の耳障りなアラームが邪魔をした。俺はけたたましい音を立てるそれを取り上げ、スマホを確認する。見れば、上司からの緊急の連絡だった。
「……もしもし?」
『あぁ、夏樹くんかい? ちょっと頼みたいことがあるんだ。君の街に、新しい人外がこしてくることになったんだけど、その子と会ってあげてほしいんだ』
「……こんな深夜にですか?」
『うん。頼むよ。夜にしか活動できない種族らしいんだ』
なるほど。そういった奴らは結構存在する。まぁ、もう目は冴えてしまったし、いいだろう。俺は肯定を寄越し、それからベッドを後にする。
まだリリィは寝ているだろうから、こっそりとその場を後にする。彼女を付き合わせるのは流石に気が引けてしまう。前回も何かと助けてもらったし、あまり手伝わせるのも彼女に悪い。ここは俺だけでやるしかないだろう。
俺は欠伸を噛み殺しながら家を後にする。すでに空は真っ暗で丸い月が上っている。肌寒く、静かな夜だ。俺は若干服の襟を立てながら指定された場所へと進む。
こうしていると、夜は以前と同じだ。人外が来て多少の変化はあったとはいえ、まだ変わっていない部分も多い。この街は、俺が育ってきた街である。やはり、どれだけ変わっても俺の故郷だ。むしろ、その変化も楽しめるようになってきている。これも、この仕事に就いた役得かもしれないな……。
「あのぅ……」
「ずぉっほぉいっ!?」
変な声が出た。ふと、声のした方向を見てみたけれどそこには誰もいない。綺麗で、静かな声だった。けれど、どこかゾッとするような声音だ。俺は息を呑みながら拳を握る。もしかしたら、また悪事を働いている奴か、それとも……。
「あのぅ」
「うわっ!?」
突如、俺の足元から女性の生首が出現し、そんな声を漏らした。その様相に、俺は思わず腰を抜かしてしまう。その様を見て、彼女はハッと目を見開いた。
かと思うと、生首が徐々に浮かび上がっていき、気づけば彼女の全身が露わになっていた。その姿を見て、今度は俺がハッとする。
眼前に立っているのは、長い銀色の髪をした女性だ。見たところ、二十代くらいだろう。俺より、一個かに越したなはずだ。彼女は目を瞬かせながらこちらを心配そうに見つめている。
「あの、大丈夫、ですか?」
「えぇ、まぁ……ところで、あなたは?」
と、そこでようやく彼女は自分が話そうとしていたことを思い出したらしく、ぺこりと頭を下げてきた。
「はじめまして。今度この街に引っ越してくることになりました。『幽霊』族の蓮花と申します」
「幽霊族? 初めて聞く種族ですね」
「それも無理はないと思います。私たちは、基本的に人の目を避ける傾向にあるので」
事実、そういう種族は他にもたくさんいるし、おかしいところはどこにもない。強いて言うならば……彼女の体が半透明であることだ。うっすらと奥の景色が透けて見える。
俺は何とか立ち上がり、咳払いを一つ。
「えぇっと……この街に引っ越してくるんですよね? 住居とかはありますか?」
「あ、はい。知り合いがこちらにいまして、そこで住み込みで働かせてもらうんです」
「住み込み? 失礼ですが、どこで働く予定ですか?」
「お化け屋敷です」
即答だった。しかも、彼女はグッと拳を握りしめて何やら力説し始める。
「私たち幽霊族は人を驚かせることに喜びを感じているんです! 私は以前廃校になった校舎に住みついていたんですが、そこが取り壊しになって行き場がなくなってきたんです。そんなある日、私の知り合いから声がかかったんです! 驚かせるにはうってつけの場所があるって!」
「は、はぁ……」
大人しそうに思ったけど、意外に情熱的な人だ。彼女は意外と熱血のようだ。幽霊というと抱きがちなイメージをぶち壊してくれる。まぁ、こういったカルチャーショックにも慣れたものだが。
薬と笑う俺を見て、彼女はキョトンと首を傾げてみせる。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでも。申し遅れました。コーディネーターの夏樹です」
「あ、どうも」
蓮花さんは俺の渡した名刺を器用に受け取ってみせる。半透明だといっても、物には触れるらしい。彼女についても、色々と知る必要がありそうだ。
俺は歩を進めながら彼女にこの街のルールを説明していく。その度に、彼女は興味深そうに頷いてくれた。
急な呼び出しだったので、それ用の書類を持ってこれなかったのは完全に失策だった。まぁ、明日以降にでも彼女の時間が会う時に渡すとしよう。
蓮花さんはしばらくした後で、ハッと口元を押さえた。さらにそのまま、慌てふためいた様子で問いかけてくる。
「あ、あの! 今、何時ですか!?」
「今、ですか?」
「えっと……朝の五時ですけど」
「えぇ!?」
彼女は心底驚いたように身を反らし、きょろきょろと辺りを見渡した。その後で、俺に深々と頭を下げる。
「す、すいません! 今日はこの辺で失礼します!」
「あ、ちょっと!」
俺が制止するのも聞かず、彼女は地面に潜っていってしまった。俺はひとり残された後で、ほぅっとため息をつく。
何やら、嵐のような人だった。俺は上ってきた朝日を眺めながらそんなことを思う。
――後日聞いたことだったが、幽霊族とは日の出の時間は活動することができないらしい。結局、俺が彼女と再会したのは翌日の深夜だった。
さらにこれは後の話であるが、彼女が住み込みで働いているというお化け屋敷は人外の人たちがたくさん働いているらしい。まぁ、それなら安心だろう。
先達がいるのだから、何かと指導してもらえるはずだ。
まぁ……彼女なら何とかやれそうな気がしないでもなかったが。