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八十六作目~記者会見~

「うわ、すごい人だかりだな」

 とある建物の一室を除きながら、俺は小さくぼやく。すでにそこには大勢の記者たちが集まっていた。テレビ中継も行うからだろう。いくつかの大型カメラも見て取れた。正直、緊張してしまう。

「気楽にいけよ。そう構えるこたぁねえさ」

 横にいるレジオが煙草をふかしながら言う。他人事だと思って……。

「お前、煙草はやめとけよ」

「るせぇ。もう禁煙するのはやめたんだよ。我慢は体に毒だからな」

 レジオはあの一件以来、再び煙草を吸うようになった。どうにもストレスが極限まで溜まったせいで、ぶり返したらしい。まぁ、いいだろう。

 いつ死ぬのかわからないのが人生だ。好きなようにするのが一番である。

「夏樹。お前はよかったのか?」

「何がだよ?」

「取材だよ。見りゃわかんだろうが……来いよ」

 レジオはぼそりと呟き、そそくさと歩いていく。俺も慌ててその後を追い、彼の横に身を寄せた。彼の横顔は、どこか悲しそうにも怒っているようにも見えた。

「正直、今回の件は俺にも責任がある。何も、お前だけが背負うこたぁねえだろうが」

「まぁな。けどよ、言っちゃ悪いがお前は人外だ。人間側は、俺の言葉を望んでるんだってさ」

「クソったれめ。どっちみちお前も人外じゃねえか」

「違いない」

 その言葉に笑みを返すと、レジオは小さく舌打ちしてガリガリと頭を掻いた。こいつも、不器用なりに責任を感じていたらしい。相変わらず、素直じゃない奴だ。

「夏樹。とりあえず、頑張れよ」

「おう、行ってくる」

 俺は彼にニッと笑いかけ、それからスーツの襟を正した。そうして、取材陣が集まる部屋の入り口を見やる。そうして、俺は静かに一歩を踏み出しそちらへと向かっていく。近づいてくにつれ心臓がバクバクと高鳴り、呼吸が乱れる。だが、知ったことか。

 俺はグッと唇を噛み締め、扉に手をかけ――一気に開いた。

 刹那、中にいた者たちの視線が一斉にこちらに集まる。その様に俺は怯みそうになるが、すぐに調子を取り戻して壇上に登った。

 と同時、眩いばかりのフラッシュが焚かれる。それに思わず目を閉じかけてしまうが、俺はスッと背筋を伸ばして恭しく一礼した。

「……はじめまして。主に人外対策コーディネーターをやっている、四宮夏樹と申します。この度は、お忙しい中お集まりくださり、ありがとうございます」

 小さく息を吐き、さらに続ける。

「今回の件についてですが、被害は最小限に抑えたつもりです。事実、犠牲者も怪我人も本来出ていた数よりも格段に少ないものとなっております」

 が、そこでふと手が上がる。そちらに目を向けてみると、中年の男性記者が眼鏡を押し上げながら俺を見つめていた。

「質問、よろしいですか?」

「どうぞ」

白日はくじつ新聞の宗像むなかたです。その犠牲者の中には、人外も含まれているのでしょうか?」

 少しだけ、引っかかる言い方だ。彼は、あまり人外について理解がないのだろう。どことなく、そんな感じがした。

「無論です。彼らの協力なくして、今回の作戦は成功しませんでした。また、彼らの中にも犠牲者はいます。怪我人もです。が、死者はいません」

「あなたは違うんですか?」

 どこからか情報を得たのだろう。それも、誤った情報を。

「私は、人外ではありません。元、人間です。今回の作戦で……重傷を負い、機械化手術を受けました。すでに私の体はほとんどが機械です。種族的には、サイボーグとなるでしょう。ただ、純粋な人外ではないので『亜人』という呼び名を承っております」

 男性はむっと唇を尖らせたかと思うとこちらに形だけの一例をして再び椅子に腰かけた。それと入れ替わりで、また手が上がる。その姿を見て、俺はわずかに口元を緩めた。

 手を上げていた羽を持つ少女――八咫烏族の美月はスッと立ち上がり、マイクを口元に持っていった。彼女は宗像さんと同じような口上を述べた後で、柔らかい笑みを浮かべてみせる。

「まず、一つお聞きしたいです。その体には、望んでなったのですか?」

「いいえ。私の家族が、私を救うために手術を提案しました」

 再びシャッターの雨が俺を包む。だが、それがどうしたというのだ。構うものか。

 俺はそのまま続けてやる。

「私の意思は介在しておりません。ですが、これだけは言わせてください。私は、一度死にかけた。ですが、ここにいます。救ってもらったんです。確かに、機械の体になった弊害はいくつもあります。代表的なところとしては……子どもが、作れなくなりました」

 そう。その通りだ。

 サイボーグ化したせいで生殖能力はすでに消え失せている。しかし、俺にはすでに家族がいる。だから、孤独を味わうこともない。この程度は、些細な問題だ。

「しかし、他に苦労している点は今のところありません。皆さんが心配しているのは……いえ、興味があるのは、人外がこの世にあらわれてから初めて人外化した人間についてでしょう。ですが、言っておきます。私は、人外になろうと変わりません。体は変わったとしても心までは変わらないのです。ですから、もし、私のように死に瀕してしまった人がいるならば、人外になるという選択肢も加えていいと、私は思います」

 美月はとても満足そうな表情のまま椅子に腰かける。おそらく、予想以上にいい答えが返ってきたことが喜ばしいのだろう。それに、他の記者たちは唖然としている。きっと俺からは恨み節や、その他の負の感情が覗くことを期待していたのだろう。

 しかし、残念なことに俺は満足している。これも一重に、志野さんの話を聞いたからだろう。

 迫害を受ける? 知るか。俺はそれを全て受けてみせる。

 これまでと同じ人生は歩めない? 上等だ。なら新しい人生を満喫してやる。

 その程度の覚悟なくして、人外と関われるはずもないだろうに。

「さて、最後に言わせてもらいます。私は、人間と人外の共生を夢見てこの仕事に就きました。最初は人間の立場からしか物事を見れていませんでしたが、今の私は人外。そして、人間と人外、両方の立場を経験したことがある私だからこそ、見えてくるものがあると思います。これからは必ず、皆さんの期待以上の働きをしてみせましょう。それを今、ここに誓います。失礼しました」

 ぺこりと頭を上げ、そっと瞼を閉じた。シャッター音の嵐は先ほどよりも不快ではない。むしろ、心地よいくらいだ。

「さて、他に質問がないようなら、ここで質問を打ち切りますが、いかがかな?」

 同席していたボスが告げる。彼はよくやった、と言わんばかりに俺の方にサムズアップを寄越してきてくれた。その横に立っている上司は目から滝のように涙を溢れさせていた。

 そして、この話を寄越してくれた黒服はというと、期待していたようなことを聞けなかったのか、悔しそうに顔を歪めている。やはり、最初から何かを企んでいたのか。

 大方、人外化した俺の涙をそそるような話でも期待していたか。

 悪いが、そんなものは持ち合わせていない。

 俺は今、とても幸せなのだから。


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