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八十四話目~告白~

 俺は目を細めながら志野さんの方を見やる。彼女は不敵な笑みを顔に貼り付けながら、俺の方に歩み寄ってきた。そのただならぬ様相に、またしても戦慄する。

「あらあら。お久しぶりですね。ご活躍は耳にしておりましたよ」

「どうも。俺としては、あなたを探してもいたんですけどね」

「まぁ、お誘いですか?」

「あいにくですが、違いますよ。すでに相手は見つけていますから」

「あら、残念」

 相変わらず、よくわからない人だ。いや、不気味なことだけはよくわかっている。

 そんな彼女は優雅な仕草で髪を掻き上げたかと思うと、鋭い視線を俺に向けてきた。そこに秘められた悲哀に、俺は眉根を寄せる。

「だいぶ、変わりましたね。前回会ったのはそう遠くありませんのに」

「まぁ、な。一回死んだもので」

「死んだ? てっきり私は、望んでその姿になったのかと」

「腹の探り合いはやめましょう。何ですか? 用件は」

 彼女はつまらなそうにため息をついた後で、静かに目を伏せた。これまで見せていた姿からは想像もできないくらい、彼女は頼りなさそうに見えた。

「私のことを、どう思っておいでですか?」

「俺の家族を侮辱した、訳のわからない人」

「ずいぶん辛辣ですわね」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

 志野さんは珍しく力ない笑みを浮かべた。やはり、何かあったのだろうか?

「どうしたんですか?」

「……ちょっと、思い出したのですよ。あなたのような人を」

 彼女はふと窓の外を見やる。そこでは、散りかけの葉を揺らす木があった。冬に入ったせいか、木はほとんど丸裸だ。最後に残った一枚を見ていると、とある小説のヒロインを思い出してしまう。まぁ、ああならないことを切に祈ろう。

「少し、身の上話をしてもよろしいですか?」

「構いませんよ。どうせ、暇ですし」

「どうも。まず、お聞きしたいのですが、人外の寿命はどれくらいだかご存知ですか?」

「……個体差はあるが、長いものだと数万年。短いものだと、数時間。ですよね?」

「流石、本職。この程度は余裕ですわね」

 彼女は飄々とした調子で続ける。

「私は、ずいぶん長いこと生きています。それこそ、あなたたちが生まれるよりもずっと前です。龍、というのは最古の生物でした。私の祖先は、人間と同時期に生まれた存在です。神聖なる龍の力を持った人間がいたならば……そんな夢物語の具象ですわ。私は、その中でも初期に生まれた者です。必然的に、多くの人間と出会ってきました。四宮さん。あなたのような人は、かつていましたよ。私は、その方と……恋に落ちていました」

 彼女の言葉は悲哀に満ちている。だが、なぜだろう?

 どことなく、誇らしげにしているようにすら思えた。

「その方は、とても優しくて、温かくて、私のことを愛してくれていました。そして、とても馬鹿な人でしたよ。自分のことをほったらかしにして、人のことばかり気にかけるんですから。その人は、本当に、本当に……お人よしの馬鹿でしたよ」

「聞いても、よろしいですか?」

「えぇ、もちろん。あの人は、あなたによく似ていましたよ。本当にね。人の身でありながら、私のような怪物と恋に落ちたのですから」

「リリィのことを言っているなら、否定させてもらいますよ。あいつは、断じて怪物なんかじゃない。ピティにしてもだ。俺の家族の悪口だけは、許さない」

「いえ、今のはただ自分を嘲っただけですよ。お気になさらず」

 彼女は盛大なため息をついたかと思うと、小さく頭を振った。

「話の流れで言いますが、私はあの小娘が気に入らなかったのですよ。ピティ、と言いましたね? あの娘の種族は、あなたと同じで人から変異したものですから」

「……ひょっとして……」

「えぇ、お察しの通り。あの人は、人の身からこのような怪物に変異したのです。それは、神に歯向かう行為でした。生命の創造、そして転生、それを人為的に行うことは生物にとって最大のタブーです。その報いがどうなったか、わかりますか?」

 一拍置いて、

「死ぬよりも辛い、無限の苦しみですよ。彼は、人々から化け物扱いされた。のけ者にされた。人の身から、このような化生に変わることはそれだけのリスクがつきものなのです。彼は、人のままなら誰からも愛されたままだった。普通に暮らして、普通に結婚して、普通に子どもと暮らして……普通に天寿を全うしていたはずだった。なのに、私なんかに惚れてしまったばかりに、彼はもうそんな日々を歩めなかった。そして……いつからか、私の前から姿を消したのです」

「じゃあ、あなたがピティに辛辣に当たっていたのは、彼と重ねていたからですか?」

「えぇ。そうですよ。我ながら、恥ずべきことだとは思っていますがね。彼女に非はありません。ですが、どうも同じ匂いがしたのですよね。優しくて、人当たりがよくて、夢見がち」

「あぁ。それは確かにな」

「今のは、あなたにも当てはまるのですよ。四宮さん」

 その言葉を聞いて、俺は身を強張らせる。だが、彼女はこちらを安心させるように優しい笑みを浮かべた。

「そう怖がらないでください。今、私が言いたいことはわかりますね? ドラゴニュートがなぜ地下に隠れたか。なぜ、あの人が私の前から姿を消したのか。ここまで言えば、あなたなら理解できるでしょう」

「つまり、迫害を受けると?」

「そうです。ドラゴニュートが地上から消えたのもそのせいです。四宮さん。あなたが思っている以上に、人と人外が結ばれることは難しいのですよ。人間というのは、利己的で自己中心的で、排他的ですから」

「……かもしれませんね。ですが、俺に覚悟を説くなら筋違いですよ。その程度の覚悟がなくて、告白なんてできませんから」

「……あぁ。やっぱりあなたはあの人に似ていますね。ですから、忠告します。自分を、見失わないように」

「ご忠告どうも」

 志野さんはニコリと笑み、席を立つ。気のせいか彼女の後姿は以前よりも小さく見えたが、横顔はとてもすっきりとしたものだった。

「志野さん。よかったら、またお話聞きますよ!」

 彼女の姿が消えた後で、俺はそう叫ぶ。聞こえたかはわからない。

 けれど、きっと彼女はまた俺と会うことになるだろう。

 そう、直感した。


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