八十四作目~後日談~
「え? 俺に、取材ですか?」
病室で療養を取っていると、いきなり黒服の男性がやってきてそんなことを言いだした。彼の後ろには、俺の上司である無精ひげを生やした男が控えている。彼にしては、珍しくバツが悪そうだった。
「えぇ。あなたは極めてレアなケースですので、ぜひとも取材を行いたいと」
「……別に、受ける必要はねぇぞ。好きにしろ」
その言葉には、微かな不快感が滲み出ていた。おそらく、この話には何かしらの裏があるのだろう。少なくとも、ただの取材というわけではなさそうだ。
しかし。
「いいですよ。受けます」
俺は即答した。黒服の男はそれが予想外だったのか、身をのけぞらせる。
「いいのですか?」
「別に構いませんよ。テレビに出るんですよね? どっちみち、出ないといけないんでしょう?」
言いつつ、上司の方を見やると彼は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。相変わらず、素直な人だ。そして、お人よしである。
いや、俺も一緒か。
「わかりました。近日中に迎えのものをやりますので、ご用意を」
黒服が去っていった後で、上司はこちらに歩み寄ってきた。彼は呆れたような、どこスッキリしたような表情で言う。
「……お前、馬鹿だな」
「えぇ、重々承知しています。あ、そうだ。一つだけ、条件を付けてくれますか?」
「何だ?」
「俺の家には取材に来ないでください。家族が驚きますから」
「……わかった。俺が何とか言っておく。いいか? 無茶するなよ? 馬鹿野郎が」
ぶっきらぼうな口調だったが、そこには確かな温かみがあった。やはり、不器用な人である。
俺は彼に手を振った後で、ふと自分の体に手を触れた。この機械の身体にも、徐々に順応しつつある。
温度を感じることはできないが、感覚はある。しかし、人間的な感覚についてはこれから徐々に取り付けてくれるとメディアさんが言っていた。なんだか、そう言われると本当に自分が機械になってしまったようだ。いや、そうなんだけど。
にしても……取材か。
正直言って、取材には慣れていない。いや、新聞の取材は受けたことがあるのだが、テレビでの顔出しは初めてなのだ。やはり、緊張する。まだ始まってもいないというのに、だ。
俺は小さくため息をつき、スマホを開いた。すると、そこにいたグリムのアバターとバッチリ目が合う。
「よう、グリム。まだいるのか?」
『まぁね。ちょっと心配だったし』
「それはありがたいが、俺の体を乗っ取る気じゃないだろうな?」
『馬鹿言わないでよ。そんな欠陥住宅ごめんさ』
酷い言われ様だが、一安心だ。
グレムリンは機械に乗り移ることができる。だから、俺は格好の的だ。
「やっぱり、人間とは違うんだよな」
『だね。まぁ、基本ベースは人間だからいいじゃない。僕たちみたいな完全な人外じゃないんだから』
「とは言ってもだぞ? 考えてみろよ。同窓会で会った時なんて言う? 『俺サイボーグになった』とか馬鹿みたいじゃないか」
それを聞いたグリムはけらけらと楽しげに笑う。全く、人の気も知らないで。
『けどさ、その代わり半永久的に生きられるんでしょ? よかったじゃん』
「まぁな。でも、メンテを行ったらすぐに死ぬらしい。めんどくさい体だよ、まったく」
『僕から言わせてもらえば、人間よりめんどくさい体を持っている生物はいないけどね。ま、それはいいや。ちょっとだけ、報告があってね』
「報告?」
『うん。事件の顛末さ。あの後、首謀者は全員逮捕された。百物語についても、ひとまずは落ち着いたようだよ。ただ……』
「ただ?」
グリムは数拍おいて、もったいぶったように告げた。
『例のあれ、覚えてる? なりかけの怪談』
「まさか、できたのか?」
グリムはコクリと首肯を返す。だが、アバターはなぜか笑みを浮かべていた。
『実はね、怪談はできたんだ。でも、それが予想外の結果になったんだよ』
「というと?」
『あれってさ、つまりは僕たちが正義の味方になって悪を倒すって奴だったんだよね。そしたら、それが尾ひれがついた状態で広まっちゃったみたいでさ。もう大変だよ。今、例の一味の残党狩りをやっているのが、その怪談なんだから』
「なんだ、そりゃ」
馬鹿みたいだ。
怪談を作り出して混乱を招こうとしていた奴らが、その怪談に倒されているとは。本当に笑い話にしかならない。
『これは聞いたと思うけど、他のみんなは無事だよ。よかったね』
「あぁ。本当によかった」
『で、死んだのは君だけだ』
「しらけるようなこと言うなよ。リリィから耳にタコができるほど聞いたんだぞ?」
『おや、惚気だね』
グリムは珍しく饒舌だ。こいつもこいつでストレスが溜まっていたのだろう。まぁ、それもわからないでもない。事件が起きている間、こいつと朱黒はずっと走りっぱなしだったからな。
『ま、いいや。それより、今日は君にお客さんが来ているよ』
「は? お客さん? 誰だ?」
『たぶん、もうすぐ……ほら、来た』
その言葉の直後だった。
ガラッとドアが開き、そこから着物を着た龍人の女性――志野さんが足を踏み入れてきたのは。




