八十二話目~サイボーグのコーディネーターさん~
「メディアさん。俺の体は一体どうなったんですか?」
しばらくして見舞いに来ていた人たちも帰った後で、俺とリリィはメディアさんに問いかけていた。彼女は心底バツが悪そうに頭を掻いている。彼女にしては珍しく、目が泳いでいた。
「さっきも言ったかもしれないけど、君の体はもう人間のものじゃない。体の八割は人造臓器と機械でできている」
「つまり、フランケンシュタインになったってことですか?」
「いいや、違う。私たちフランケンシュタインモンスターは生体をベースに作っている。他の生物の臓器や筋肉を合わせてできるのが私たちだとしたら、君はサイボーグと言ったところだろう。アンドロイドとは違うからね。あちらは元々機械だから」
メディアさんはすっと目を細め、静かに頭を下げてくる。
「……すまない。勝手に君の体に手を加えてしまった。本来なら、本人の同意がなければこんなことはしてはいけない。だが……」
「私が、言ったんです」
リリィがポツリと呟く。彼女はまた泣きそうになっていて、目に涙を溜めていた。
「どうしても、怖かったんです。夏樹さんが、死んだって聞いて本当に嫌だったんです。また会いたいと思ってしまったんです。わがままなのは自覚しています……どうか、許してください」
「二人とも、謝らないでくれよ。俺はこうやってまたお前らと会えただけで嬉しいんだから。それより、メディアさん。サイボーグになったといいましたが、俺はこれからどうなるんです?」
「たぶん、人外認定されると思う。ただ、元が人間で人外化した例は私の知る限り近年では君だけだ。取材は覚悟することだろうね。なんなら、私が手を回しておこうか?」
「いや、いいですよ。俺にできることが必ずあるはずですから」
「……そうか。とりあえず、これからは定期メンテを行う必要があるが……それは彼女に任せるとしよう。サイボーグもドールも似たようなものだからね」
メディアさんは肩を竦めながらそう言って、再び悲しそうに目を伏せた。
「償いはするつもりだよ。もし、何かできることがあったら何でも言ってくれ」
「ありがとうございます。助かりましたよ、メディアさん」
彼女はふっと口元に微笑を浮かべて部屋を後にした。部屋には、俺とリリィだけが残されている。窓の外では風が吹きすさび、木々を揺らしていた。
「あの、夏樹さん」
「ん?」
「お体、どこも変なところはないですか?」
「あぁ。特にないな。いい感じだよ」
「そうですか……」
リリィはそれだけ言ってまた黙りこくってしまう。その横顔は悲痛に満ちていた。
しかし……何とも気まずいものである。何を話せばいいのかわからない。
「と、ところで事件はどうなったんだ?」
「解決したそうですよ。怪我人は……夏樹さん以外にはいなかったそうです」
「よかった。それなら何よりだ」
「……やっぱり、夏樹さんは変わっていますね」
ポツリ、とリリィが呟いた。
「普通、自分のことを一番に気にかけるはずなのに、他の人のことばかり考えるなんて……お人よしです。それも、本当なら夏樹さんは死んでいたんですよ?」
「それを言われると弱いが、ほら。こうやって生きているんだからいいじゃないか」
「……よくないですよ」
それっきり、また会話が途切れてしまう。俺は困りがちに頬を掻いた。
体は機械のものになったというけれど、特に変化は見当たらない。温度を感じられなくなった点や、体の感触が固くなった以外は至って正常だ。感情と呼ばれるものも、あると思う。
確か、ヘルリーナが「頭が残っていた」と言っていたが、それが関係しているのか?
とすれば、頭以外の全てが機械化しているのか? ますますわからない。
ただ、日常生活を送るのには不便はしないとは思う。まだよくわからないので経過観察を続ける必要があるが、とりあえずは安心だ。
「なぁ、グリはどうしている?」
「今は、クーラさんに預かってもらっています。お家で留守番をさせているわけにもいきませんから」
「そうか。グリは今回のことを知っているのか?」
「いえ、知りませんよ。だって、知ったらきっと泣きますから。今回のことは、あの子がもっと大きくなったら教えてあげましょう」
「……だな」
知らせない、というのも中々に残酷なことだ。だが、彼女はまだ子どもである。このような現実を無理につきつけても、何も得はないだろう。なら、せめて大人になるまでの年月、この秘密を守り続けるだけだ。
俺はそっと息を吐き、リリィの方に手を伸ばした。すると、彼女の方もおそるおそる俺に手を伸ばしてくる。そうして互いの手は重なり合い、俺は彼女の目を見据えた。
「なぁ、リリィ」
「何ですか? 夏樹さん」
「信じられないかもしれないけどさ、俺、死神にあったんだ」
「え?」
「いや、本当なんだよ。黒いローブを着ていて、顔半分を骸骨のマスクで隠してたんだよ。それにな、大きな鎌を持っていて危うく殺されるところだったんだ」
ややおどけた調子で言ってやる。これで彼女も笑ってくれるかと思っていたが……そう上手くいくわけもなく、彼女はただポカンと口を開けているだけだった。が、すぐにキリリと眉を吊り上げてナースコールへと手を――
「いや、待って! 大丈夫だって! 記憶障害とかじゃないから!」
「で、ですが……」
「本当なんだよ。会ったんだ。で、殺されそうになった時、聞こえたんだよ。お前たちの声が」
リリィの手がピクリと動く。それを見て、畳みかけるように続けた。
「お前の声が聞こえた時に、思ったんだよ。あぁ、俺の居場所はやっぱりここなんだって。だから、どうしても戻りたくなったんだ。で、気づいたらここにいた。全部本当のことだ。お前たちの声が聞こえたから、俺はここに戻ってこれたんだよ」
「……信じられない話ですね。到底納得できませんよ……夏樹さんが話しているんじゃなければ」
リリィは伸ばしかけていた手を引っ込めて、胸の辺りでそっと両の手を握りしめた。
「約束、しましたもんね。もう、嘘はつかないって」
「あぁ。そうだ。だから、帰ってきただろ? 俺はもう約束を破らないからな。ただ……またお前を泣かしてしまったのは、本当に悪いと思っている」
「いいんです。あなたが、ここに戻ってきてくれただけで」
また、会話がプツリと途切れる。もっと話したいことがあるのに、どうしても口が思うように動いてくれない。俺は小さくため息を吐き、ベッドの背に体を預けた。
白い天井を見ながら、俺はほぅっと息を吐く。脳内で言いたいことをまとめてから、再び彼女の方に体を向ける。
「なぁ、リリィ」
「何ですか?」
「あのさ、俺が出かける前に言いかけていたこと覚えているか?」
「えぇ、覚えていますよ」
「そうか」
なら、今がその時だ。ここで言わなければ、どこで言う?
心臓がまるで自分のものでないかのように跳ね回る。こんなのは久しぶりだ。
どうせサイボーグになったんなら、緊張とかしないようにしてくれないかな、メディアさん。
まぁ、恨み節を言っても仕方ない。俺ははやる気持ちを押さえ、ごくりと息を呑んだ。
「なぁ、リリィ。俺と……これからも一緒にいてくれないか?」
「……え?」
「いや、あれだよ。その……今回の件を通してよくわかったんだ。リリィがいて、グリがいて、ピティがいて、初めて俺は幸せでいられるんだって。お前たちと一緒にいたいと、最近ずっと思うようになっていたんだ。たぶん、命の危機を何度も経験したからかな。改めて、お前たちの大事さを実感した。そして、護りたいと思った」
「あの、それはつまり……」
「あ~……すまん。ちょっと熱いな」
俺は手でパタパタと顔を煽ぎ、火照る体を覚ます。どうにも、こういった人間的機能は残されているようだ。オーバーヒートしそうになる体をどうにか抑え、静かに告げる。
「リリィ……俺と、その……結婚してくれ」
「……」
彼女はただ無言のままだ。対して、俺の心臓はもはや張り裂けんばかりに脈打っている。先ほど死んだばかりだというのに、また死にそうなくらい身体が熱い。
「……はい」
「え?」
「私も、夏樹さんのことが好きです。もし、出発前に言われていても答えは一緒だったでしょう。私も、あなたと一緒にいたい。けど、どこか怖かったんです。私たち人外は、あなたたち人間よりも長生きです。だから、必ずあなたを見送ることになる。それは、とてもとても辛いことだと思っていたんです」
「なら、大丈夫だ。なにせ、もう人間じゃないからな」
「えぇ。そうですね」
リリィはぷっと笑いを漏らし、目尻に浮かぶ涙を拭った。その後で、そっと俺の方に体を寄せてくる。俺も、彼女の体を力いっぱい抱きしめた。
「この体にしてしまったのは、私のエゴです。あなたを失いたくなかった、私のわがままです」
「こんなわがままなら大歓迎だ。むしろ、いつでも言ってくれ」
「はい。なら、これからするわがままを許してください」
その直後だった。
彼女の柔らかい唇が俺の唇に重ねられたのは。
彼女の澄んだ瞳がこれまでにない距離で俺の顔を覗き込んでくる。
彼女はその細腕でしっかりと俺を抱き寄せてくる。まるで、こちらの温度を少しでも感じようとするかのように。
「……こんなわがままな女でも、いいですか?」
唇を離しながら、潤んだ瞳を向けてくる。
あぁ、その答えはわかりきっているだろうに。
俺はお返しと言わんばかりに唇を重ね、一層彼女を抱き寄せた。もう温度は感じない。なのに、なぜか心が温かくて妙な充足感に満ち溢れている。
そっと身を離すと、リリィは涙で顔をくしゃくしゃにしながらもパァッと花の咲くような笑顔を浮かべた。
「永久に、あなたと共に歩んでいきます」
「あぁ。俺もお前のことを死んでも愛すよ。もしまたあの死神にあった時は、今度は殴ってでも帰ってきてやるからな」
「死なないように、努力してください」
ペチンッとデコをはたかれる。俺はその痛みに苦笑しながら、そっと胸を撫でさする。
嗚呼、幸せというのはこういうものだろう。
人間と人外の共生。俺の理想形を、まずはここから作っていこう。
――さて、とりあえず、当面の問題は……。
ドアの隙間からこっそりこちらを見ている野次馬どもをどうするかだろう。
俺はそちらをキッと睨み付け、しかし見せつけるように彼女を抱き寄せる。それに、リリィは苦笑を漏らしていた。




