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第八話~リビングドールのカウンセラーさん(?)~

 ……突然だが、人外の中には例外的に人間に害を与える者もいる。それはもちろん、人殺しとか物騒なものではない。法で規制されているし、何よりその特徴的な犯行からすぐに犯人が特定されてしまう。そのようなリスクを負ってまで、犯罪に手を染める奴はいないだろう。

 が、犯罪とはいかないまでも十分悪質ないたずらをするものはいる。今回は、その対処を言い渡されたのだ。

 暗い路地裏を歩きながら、俺はごくりと息を呑む。すでに夜は更けており、ここは街灯もない。月明かりがうっすら入り込んではいるが、それがむしろ不気味さを強調していた。

「……クソ、最悪だ」

 俺は毒づきながら、周囲に視線を巡らせる。見た限り、人の気配はない。まぁ、相手は人外なのでその言葉の使い方は合っているかわからないが。

「お兄さん。こんな遅くにどうしたの?」

「――ッ!?」

 不意に後方から聞こえた声に慌てて振り返る。そちらには、小学生くらいのフードを被った少女が立っていた。顔を見ようとしても、暗い上にフードに隠されている。だが、声の調子から判断するに少女のようだ。

 俺は万が一に備えて少しだけ後ずさりながら、彼女に問いかける。

「君こそ、どうしたんだい? お父さんとお母さんが心配しているよ?」

 クスクス、という赤子のような無邪気な笑い声。目の前の少女は心底楽しげに笑っていた。が、しばらくしてサッと顔を上げる。その金色の瞳は、ギラギラと妖しく輝いていた。

 薄々感じていたが、間違いない。こいつが、犯人だ。

 彼女は俺の反応を見てことさら面白がった様子で口の端を吊り上げる。不気味な笑い方だ。可愛らしい少女とのギャップに、軽く戦慄してしまう。

「ふふ、怖がらなくても大丈夫だよ? すぐに済むから……」

 彼女はゆっくりと俺の方に歩み寄ってきて、その細腕を俺の身体へと……。

「やめいっ!」

「ふぎゃっ!?」

 回す前に、俺は彼女の頭に拳骨を喰らわせた。彼女は痛そうに撃たれたところを押さえながら涙目でこちらを睨みつける。

「な、何するんだよ! 僕は君を傷つけたりしないのに!」

「やかましい! 君は、レイラ・リーゼンハルト……だな?」

「だったらなんだってんだよ!」

「決まってる。君を捕まえに来たんだよ」

 俺は彼女の両腕をがっしりと捕まえる。強く握ればぽっきりと折れてしまいそうなほどか弱い印象を受けた。が、それとは裏腹に彼女は大声でわめきたてる。

「やめろやめろ! 僕が何をしたって言うんだ!」

「しらばっくれてもダメだ。路地裏で人を襲っていたって報告が来てるんだからな」

「僕は人は殺していないし、傷つけてもいないよ!」

「けど、精気は吸ったんだろう?」

 レイラはグッと言葉に詰まる。

 そう。彼女は『サキュバス』であり、人間たちの精気を必要とする。一応、必要最低限の精気はボランティアの人たちからもらっているはずなのだが……。

 俺は嘆息まじりに、彼女に問いかけた。

「全く……子どものいたずらにもほどがあるぞ? 一体、どうしてこんなことしたんだ?」

「だ、だって足りないんだよ! 精気の量がさ!」

「? ちゃんとボランティアの人からもらっていないのか?」

「そうじゃないけど、その……」

 彼女はなにやら口ごもってみせる。そこには、何かしらの事情を抱えているようにも思えた。

 俺は盛大なため息をついた後で、彼女を解放してやる。レイラは自分の体を抱くようにして俺から遠ざかった。

「ちょっと場所を変えよう。ここは危ないから。俺の家まで来てくれるかい?」

「嫌だね!」

 そう来ると思った。俺はすかさず彼女の方に歩み寄り、その体を担ぎ上げる。米俵を担ぐ要領だ。ちょうど肩のあたりに落ち着く形になったレイラはぎゃあぎゃあと叫び続ける。

「お、下ろせ! 僕は女の子なんだぞ!? こんな扱い酷いじゃないか!」

「しばらく我慢してろ。俺の家はすぐそこだから」

「そういう問題じゃないって……」

 レイラは少しばかり口ごもっていた。が、次の瞬間にはニッといやらしく口元を吊りあげて大きく息を吸い込む。

 なぜだか、無性に嫌な予感がするのだが……。

 俺の考えていることを読んだかのようにレイラは不敵な笑みを浮かべ、大声で叫んだ。

「おまわりさぁあああああんっ! 助けてぇえええええっ! 攫われちゃうよぉおおおおっ!」

「ちょっ!? 馬鹿、お前!」

「変態がいるぅううううっ! 家まで連れていくとか言ってるよぉおおおおっ!」

 路地裏にレイラの声が反響する。耳が痛くなるような叫び声だった。

 苦悶の表情を浮かべる俺とは対照に、レイラは会心の笑みを浮かべている。

「へへ、どう? もうすぐおまわりさんが来たら、きっと君も……」

 なるほど。中々に悪知恵が利くじゃないか。流石はサキュバスといったところか。

 だが、甘い。俺は軽く鼻を鳴らし、また歩を進めていく。

「残念だったな。俺は人外専門のコーディネーターだ。警察にも多少のコネはあるんだよ。事情を話せばむしろ困るのはお前の方だぞ?」

「う……ッ!」

 レイラは観念したのか、ぐったりと項垂れてしまった。申し訳ないが、これも仕事の内だ。

 俺は足早に自宅へと向かった。


「いらないっ!」

 ソファに座るレイラが、そんな言葉を漏らした。

 あれからしばらくして俺の自宅まで彼女を運んできたのだが、レイラはずっと不機嫌だった。リリィは当初驚いた様相を見せていたものの、事情を話すと納得してくれて今は別室で待機してくれている。

 俺は先ほど彼女がつき返してきたお茶の入ったコップを再び差し出した。

「飲めって。とりあえず、ゆっくり話そう」

「い~や~だ! お前なんかと話すことなんかない!」

 どうやら、すっかり嫌われてしまったようである。年頃の女の子は、中々に扱いが難しい。残念ながら、俺は妹もいないのでどう対処すればいいのかすらわからない。ただ頭を悩ませることしかできなかった。

「僕はもう帰りたいんだ! 早く帰しておくれよ!」

「ダメだ。事情を話してくれるまでは帰さない」

「だから、精気が足りなかったんだって! はい、これでいいでしょ!?」

「いいや、ダメだ。まだ何か隠してるんじゃないか?」

「隠してない! しつっこいなぁ、もう!」

 レイラはドン、と机を叩く。相当ご立腹のようだ。

 俺もできるだけ穏便に済ませたいと思っているのだが、彼女の様子を見るにそれは難しそうだ。

 さて、どうしたものか……。

「あの、夏樹さん?」

 ふと、新たな声がこの場所に生まれる。その声の出どころを探れば、そこにはリリィが立っていた。彼女は慈しみを込めた視線をレイラへと送っている。

「お仕事の邪魔をして申し訳ありません。ちょっと怒鳴り声が聞こえたもので」

「あぁ、悪い。ちょっとな……」

 あいまいな笑みを浮かべる俺をよそに、レイラはリリィの方に向きなおり、俺をビッと人差し指で示した。

「ねぇ、お姉さん! この人どっかやってよ! もう顔も見たくない!」

「……わかりました。夏樹さん。席を外していただけますか?」

「は? いや、待てよ。俺はまだこいつに聞かなくちゃ、報告書だって……」

「夏樹さん。お願いします」

 こちらの毒気を抜くような、彼女の穏やかな声音。それにほだされ、俺はしばし考え込んだのち、頭を下げた。

「わかった。後は任せたぞ」

「はい。任せてください」

「ふんっ! とっととどっか行っちゃえ!」

 レイラは最後まで俺に悪態をついていた。俺の対応も至らなかった部分があるとはいえ、それでも傷つく。この仕事をやっていると、対人関係でのストレスがたまりやすいのだ。

 俺は足早にリビングを後にし、気持ちを落ち着けるべく外の空気を吸うことにした。


 夏の夜というのは、案外冷える。俺はぬるめのコーヒーをすすりながら、空の星を眺めていた。

 やはり、この仕事は難しい。特に、初対面の奴とは。

 レイラの件について、俺は知る由もなかった。おそらく、彼女は別の市から流れてきた人外なのだろう。だとすれば、本来それは余所のコーディネーターの仕事のはずだ。が、依頼されてはどうしようもない。

 この街に住んでいる人外たちとはそれなりに付き合いも長く、お互いのことを知っているからある程度は言ってはいけないことの区別もつく。だが、あの少女に関しては俺は全くの無知だ。もしかしたら、無意識のうちに彼女を傷つけるような言動を取っていたのかもしれない。

 まだまだ、俺は未熟者だ……。

 と、俺が小さくため息をついた時だった。

 何やら後ろの方でドアが開くような音が聞こえたのは。

 見れば、そこにはリリィとレイラが立っている。レイラはぶすくれてそっぽを向いていたが、どこかすっきりしたようにも見える。

 リリィはそっと彼女の背中を押した。

「さぁ、行ってあげてください。大丈夫ですよ」

「……」

 レイラは無言で俺の前に歩み寄ってくる。もしや、また悪態をつかれるのではないかと思ったが、それは杞憂に終わった。

「……ごめん、なさい」

 ポツリ、と。ともすれば、風の音にも負けてしまいそうな声量だったが、彼女は確かにそう言った。その後で、パタパタとリリィの方に戻ってその体に抱きつく。リリィは彼女の頭を優しく撫でていた。

「ちゃんと謝れましたね。偉いですよ……さ、今日はもう遅いから泊まっていってください。ご両親には、私から連絡しておきますから」

「……うん」

 レイラは言葉少なに言って家の中へと戻っていってしまった。

 一方で、リリィはゆっくりと俺の方に歩み寄ってくる。彼女は俺を責めるでもなく、ただ朗らかに微笑んでいた。

「お疲れ様です、夏樹さん」

「……いったい、どんな手を使ったんだ?」

「ちょっとお話しただけですよ?」

 リリィはそこで僅かに俺の方に体を寄せ、そっと囁いてくる。

「これは、内緒にしてくださいね? あの子……レイラちゃんはちょうど第二次性徴の時期なんです。その時って、人間にも体の変化が訪れますよね?」

「あぁ、知ってる」

「それと同じで、サキュバスにも同様のことが起きるんです。身体的なことはもちろん、精神的なものが」

 リリィはすっと目を細めて、俺の方を見つめてきた。

「サキュバス族は、異性を惑わせる種族です。そして、第二次性徴に入ると同時に、動物で言うところの発情期のようなものが訪れるらしいんです」

「それが、あの結果だと?」

「えぇ。発作のようなもので、時折押さえられなくなるようです。が、精気をいつもより多めに吸えば収まると聞いています」

「じゃあ、それを担当のボランティアに言えば……」

「夏樹さん。あの子は女の子です。そういったデリケートな変化を、人に言えると思いますか?」

「……まぁ、言いにくいだろうな」

 俺の言葉に、リリィはわずかに頷いた。

「そうなんです。しかも、彼女の担当のボランティアというのは、男性でレイラちゃんのことを妹のように可愛がってくれているらしいです。当然、あの子もその方に好意を寄せています。そんな状態では、言い出しづらいですよね」

「……だな」

 案外、そういった体の悩みなんかは親にも言いづらいものである。しかもそれが他人、ましてや好意を寄せているものならなおさらだ。

 そういえば、彼女はしきりに自分が『女』であることを強調していたが、それも関係があるのかもしれない。だとすれば、俺はかなり無神経なことをやってしまったのではないだろうか?

 深いため息をつく俺の肩に、リリィが自分の頭をちょこんと乗せてきた。彼女の温かさが、まるで俺の心まで溶かしてくれるようである。

「彼女も、辛かったんだと思います。自分でもどうしようもなくて、それを一人で抱え込んで……」

「……とりあえず、明日あの子に謝るよ」

「えぇ。そうしてあげてください。あの子も、夏樹さんに酷いことを言ってしまったって思っているみたいでしたから」

 俺は今一度深く息を吐いた後で、リリィの方に視線をやった。

「それにしても、よくお前には話してくれたな」

「ふふっ。まぁ、女の子同士ですから」

 彼女は意味深に言って、ふっと空を見上げた。そこには、満天の星が広がっている。気のせいか、先ほどよりもそれらは美しく輝いているようにも見えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう、人外との交流ほのぼの話しは良いですね〜。 リリィも良い味でてますなあ。
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