七十九話目~夜の月~
「……で、これからはどうするんだい?」
シュラが紫煙をくゆらせながら呟いた。俺は俯きながら、自分の指を絡ませ合う。
「続けるしかないだろう。すでに引き返せる段階じゃない」
「いっそ、人数を減らすのはどうだい?」
「考えてみろよ、かずら。あいつらはどんどん強くなってきている。ここで人員を減らしてみろ。間違いなく、死人が出る」
その場にいる全員が渋い顔をして黙り込んでいた。イマイチ打開策も見いだせず、かつ状況は芳しくない。このまま続けるのも地獄。やめるも地獄だ。正直言って、戦況は最悪に近い。
やはり、黒幕たちはこうなることをどこかで予測していたのだろう。別に、俺たちじゃなくてもよかったはずだ。
団結し、一つの目的に向かって突き進む英雄気取りの馬鹿たちと、そいつらをダシに成長する怪談。今さらながら、反吐が出る話である。
「なぁ、お前は百物語の場に召喚されるんだろう? 何かわからないのかい?」
シュラの問いに青行燈は小さく唸る。彼女は髪をガシガシと掻き毟り、悩ましげな吐息を漏らした。
「召喚するのは決まった顔ぶれだよ。ただ、特定はできない。場所をころころと変えているんだ」
「種族は?」
「前にも話したけど、歴史に名を連ねるような人外ばかりだよ。顔は隠していたけれど、独特のオーラみたいなものがあったからね。正直、生きた心地がしないよ。毎度毎度、あんな奴らに呼ばれるんだからさ」
「この中に、同じオーラを持つ奴はいるかい?」
しかし青行燈は首を振る。
「いないね。間者を疑っているなら、やめた方がいいと思うよ? いつだって、崩壊するのは内部からなんだから」
その通りだ。こうなることも相手は想定内だろう。俺たちが勝手に疑心暗鬼に陥り、内部から崩れ落ちていく。だが、大丈夫だ。
「まぁまぁ、落ち着こうよ。お茶でも飲みながら、さ」
かずらがマイペースな調子で告げる。彼女はいつもこんな感じだ。取り乱すことは、滅多にない。にこにこと笑っている彼女を見ていると、自然と心が和らいだ。俺はひとつため息をつき、瞑目する。
「シュラ。とりあえず、落ち着こう。焦ったら相手の思うつぼだ」
「……だね。悪い。どうかしていたよ」
「いいさ。にしても、これからどうする? 青行燈。お前が最後に呼び出されたのはいつだ?」
「昨日だね。夜中だった。深夜、二時。いい時間帯だよ。怪談をやるにはね」
二時か……丑三つ時、という言葉があるがそれに何かしら関係があるのか?
「その時間はずっと固定なのかな?」
かずらの言葉に青行燈はしっかりと頷いた。彼女は不満げに頬を膨らませる。
「そうそう。だから、困っちゃうよ。いつもそんなだからさ。せっかく寝ていても呼び出されるんだよ? 嫌だなぁ……」
「待て! お前、寝るのか?」
「当たり前でしょ? こう見えても生きてるんだよ? まぁ、性質としては幽霊族や案デッドに近いけど」
「……そうか。それなら……」
「どうかしたの?」
「いや、いい案が浮かんだんだ」
俺は口角を吊り上げ、不敵に笑う。やっと、手掛かりが見つかった。これなら、もしかしたら早めにケリがつけられるかもしれない。
俺はポケットからスマホを取り出し、そこにいるグリムのアバターに向かって話しかける。
「グリム。頼みがあるんだが、いいか?」
『もちろん。なんだい?』
「連絡を取ってほしいんだ。獏のパキラを知っているな? 彼女に、今日は青行燈の夢を見ていろと言ってくれ」
刹那、その場にいた全員がどよめく。俺の考えが読めたのだろう。
「夏樹! あんた天才だよ!」
「まさか、獏に追跡を任せるとは……思いもつかなかった」
そう。パキラは人に夢を見せることができ、今その人物がどこにいるかということも察知できる。その特性を使えば、青行燈が呼び出された際、どこに飛ばされたのかがすぐに特定できるのだ。
俺は、心のどこかで青行燈は自然現象的な何かだと思っていた。だが、違ったのだ。彼女も人外の仲間であり、生物的特徴を持っている。それを知らなければ、このまま奴らの思い通りになるところだった。
「よし、シュラ! 動ける奴らはすぐにかき集めろ!」
「了解!」
「かずら! 朱黒に言っておけ! これから大仕事が待っているとな!」
「オッケー。それと、付け加えて無理やりにでも馬鹿どもを連れてくるように言っておくさ」
「お前ら! 気合を入れていけ! 今日が山場だ!」
『オオオオオオオッ!』
周囲から力強い咆哮が上がる。今の時刻は、午前零時だ。
呼び出されるのが固定の時間帯なら、また青行燈はこの場から消えることになる。その時こそが、勝負だ。
俺は懐に忍ばせていたリボルバーをギュッと握りしめる。
このまま順調にいけばいいのだが……。
おそらく、敵はもどきとは違う。もっと強くて凶悪な奴らだ。
そいつらを相手に、俺たちがどこまで戦えるのか。
数の有利はある。戦闘の経験もある。それに……覚悟だってある。
ふと空に目をやると、そこには風船のような月が見えた。今日はやけに澄んで見える。
もしかしたら、今回が見納めになるかもしれない。そう思っても、怒られることはないだろう。
なぜなら、数時間後に待っているのは文字通り命がけの闘いなのだから。




