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七十七話目~がしゃどくろの助っ人さん~

「おい、シュラ! そっち行ったぞ!」

「わかってるよ!」

 シュラは剛腕を振るって目の前を駆け抜けようとしていた犬と河馬の中間のような生物を叩き潰す。血飛沫が舞い、ビルの壁が赤く染まった。月明かりにぬらぬらと輝くそれを見ながら、シュラは小さく口の端を歪める。

「だいぶ調子が出てきたねぇ。この調子ならまだいけそうだ」

 シュラは心底嬉しそうにしている。あの時の画霊もどきとの再戦は叶わなかったが、怪談から派生して生まれた生物たちと、彼女は今週だけでもう十体以上と交戦している。そのせいか、彼女の動きも最初よりキレが増したものとなっていた。

「鬼の姉御……また出やしたぜ」

「おっと、そうかい! 頼むよ、朱黒!」

「……承知しやした」

 影から姿を現した朱黒の言葉を聞くや否や、シュラは遺産で彼女の方に歩み寄っていった。すると、すぐさま二人の姿が影の中へと消えていく。俺も遅れないように、その陰の上に跳びのった。

 この移動方法は時間がかからないので重宝しているのだが、いかんせん酔いやすい。無理な移動方法――つまりは人外向けのものだから、人間である俺にとってはかなり酷だ。だが、俺はグッと目を瞑って必死に吐き気に耐える。

 そうして浮遊感が消えた時には、俺たちは古い動物園跡地にやってきていた。すでにそこでは数名の人外たちが巨大な象と対峙している。鼻が三つあり、人間のように二足歩行をしている。耳にびっしりと並んだ目は、全て俺たちを見つめていた。

「どきな!」

 シュラが前線に飛び込んでいき、右腕を振りぬく。象はそれを躱すことすらできず、顔面でそれをまともに受けてしまった――が、まだ奴は死んでいない。たたらを踏んだものの、鼻を鞭のように操って彼女の体を地面に叩きつけた。

「いったいねぇ!」

 だが、シュラはピンピンしている。直撃したものの、鬼の防御力を打ち破るまでにはいかなかったようだ。彼女は口内に溜まった血の混じった唾を吐きだし、再び駆け出していく。

「シュラの姉御に続け!」

 他の人外たちも、彼女のサポートに入る。ここにいるのは、ほとんどが巨体を持つ怪力自慢ばかりだ。ただ闇雲に人外を派遣しているわけではなく、適材適所、ありとあらゆる人材を寄越しているようだ。

「……旦那。あまり近寄ると、怪我しやすぜ」

 朱黒が俺の体を端の方に寄せてくれる。俺がここに来ているのは、主に指揮を出すためだ。シュラは優秀な戦闘員なのだが、一つだけ欠点がある。それは、頭に血が上りやすいということだ。

 だからこそ、俺がついて適切な指示を飛ばし、時には撤退もする。だが、今のところその心配はなさそうだ。シュラは至った冷静に戦っている。正直、俺はカヤの外だ。

 だが、ただ見ているわけにはいかない。

 俺は懐からリボルバーを取り出し、象へと照準を向ける。

 普通の銃ならば、効かないだろう。だが、これは違う。

 俺は奴の頭に狙いを定め、躊躇なく引き金を引いた。刹那、象の頭部の一部がはじけ飛ぶ。あのような見た目でも痛覚はあったのだろう。象は耳障りな咆哮を上げた。

 この銃は、グリム特製のリボルバーだ。内蔵された弾には、蠱毒が練り込まれている。

 蠱毒とは、複数の毒虫を壺の中に入れて殺し合わせた際、最後に残った一匹が有するものである。蟲たちの呪いが結晶化し、人などは容易に殺すことができる。たとえそれが人外でも同じことだ。

 この毒は、内部からじわじわと対象を蝕んでいく。象は狂ったように地団太を踏み、手当たり次第に物を壊していく。それを好機とばかりに、人外たちは奴めがけて攻撃を仕掛けた。

 人外たちの猛攻の前に、象はなす術がない。奴は大きくよろめいたかと思うと、霧のようになってその場から消えていった。

「……死にやしたね。お陀仏でござんす」

 朱黒がぼそりと呟くのと裏腹に、他の人外たちは大地を震わさんばかりの勝鬨を上げた。

「朱黒。他のところは?」

「……グリムから連絡は入っておりやせん。たぶん、これで打ち止めでしょうね」

「またか……」

 もどきたちは、何と言うか奇妙な特色を持っているのだ。数体がやられると、ぱたりと来なくなる。それまではゴキブリのように湧いて出るのに、だ。この規則性については以前調査が続けられている。ただわかるのは、奴らには多少なりとも知性があるということだ。

「なぁに難しい顔してんだい!」

 シュラの声にハッとする。彼女は全身ボロボロになりながらも、隣にいる人外と酒を酌み交わしていた。

「勝ったんだから、いいだろう? 勝利の美酒って奴さね」

「……そうもいかないんだよ。わかるだろ? あいつら、叩いても叩いても新しい奴らが生まれてくる」

「……今週戦ったの、全部隊を合わせて何体だっけ?」

「たぶん、五十はあると思う。百物語、っていうだろ? なら、もっと慎重な手法を取るかと思ったが……」

「ひょっとしたら、まだまだ生み出しているのかもしれないねぇ。百物語とは言っても、字面通りじゃないだろう」

 それはその通りだ。青行燈から聞いたところ、百物語はいくつものバリエーションがあるという。なら、ありえない話ではないのだ。

 なら、やはり……。

「本丸を叩かないとダメでしょうねぇ」

 俺の心を読んだかのように、朱黒が言った。彼女はクスクスと笑った後で、再び影に潜っていく。かずらはよく彼女とコミュニケーションが取れるな。俺では、やや荷が重い。

「で? どうすんだい?」

「とりあえず、手詰まりだから何をしようもないさ。みんな、ご苦労だった」

「よし! そんじゃ、そろそろ……」

 と、そこまで言いかけたところで、シュラは言葉を止めた。彼女はこれまで見たことがないくらい顔をしかめながら、周囲を見渡していた。そのただならぬ様相に、思わず俺も身構えてしまう。

「どうした?」

「何か、来てるね。もどきじゃない。人外だ。ただ……桁違いのね」

 その言葉に応えるかのように、不意に大地が揺れた。

「こいつぁ……いけやせんね」

 足元の影が急に伸びてきて、俺の体を包みこむ。数秒もしないうちに、俺の体を浮遊感が襲った。

「朱黒。一体、何を……」

「旦那。あれを御覧なせえ」

 朱黒が指差す先にいたのは……巨大な骸骨だった。それが、建物の合間を縫うようにしてこちらにやってきている。その巨体は天にまで届かんばかりだ。奴の大きな眼球は不気味にギョロついている。本能的な恐怖を察して、俺は身震いした。

「あいつは……『がしゃどくろ』か?」

「えぇ。日本でも有数の巨大人外。曰く、力だけなら日本トップクラスだとか」

 それはそうだろう。あの巨体から繰り出されるパワーは相当のはずだ。

 しかし、あいつがどうしてここに?

 もどきと関係がある……ようには見えない。だが、このまま進行を許すわけにはいかない。

 俺は後方にある住宅街を見て、グッと唇を噛み締めた。あいつが来れば、崩壊は免れない。

「朱黒。あいつに近づけるか?」

「できやすが……あまり、オススメはしやせんぜ」

「頼むよ。この弾丸を撃ち込めば、時間稼ぎにはなるだろうさ」

「……了解しやしたぜ、旦那。あんた、漢ですねぇ」

 刹那、影が俺の体をすっぽりと包みこんだ。が、

「ま、待ってくれぇ!」

 ふと、がしゃどくろが素っ頓狂な声を上げた。奴は俺の方にそっと手を伸ばしてくる。掌を上に向け、ひょいひょいと手招きしている。おそらく、乗れということだろう。

 俺がそっと飛び乗ると、奴はゆっくりとその手を自分の顔の近くへと寄せた。巨大な眼球を見据えながら、俺は静かに口を開く。

「はじめまして、かな?」

「うん。どうも、はじめまして」

 意外に丁寧な答えが返ってきた。たぶん、敵意はないようである。

「とりあえず、ここに来た理由を教えてくれないか? 早速で済まないが、事情によっては君にはお帰りを願いたいんだ」

「あぁ、そういうことか。なるほど。いや、オラは争う気はねえよ。むしろ、助けに来たんだぁ」

「何?」

 奴はカラカラと笑い、首をゴキゴキと鳴らす。

「あんたたちのことは噂になってる。なんでも、最近暴れてる無法者たちを取り締まっているそうじゃねえか」

「まぁ、な。自警団みたいなものだ」

「うん。だから、オラも入れてくれ。邪魔にはならねえ。こう見えても、強いんだ!」

 俺は嘆息した後で、ふと地面に視線を寄越す。そこでは、シュラたちが唖然とした様子でこちらを眺めていた。おそらく、俺の指示一つで彼女たちはこのがしゃどくろを倒すこともできるだろう。だが、今のところ敵意は感じない。自慢ではないが、人を見る目はあるつもりだ。いや、こいつは人ではないが。

「シュラ! 武器を納めろ。大丈夫、こいつは危険じゃない!」

 俺は彼女たちに呼びかけた後で、がしゃどくろへと視線を移す。

「お前、本当に俺たちに味方してくれるのか?」

「もちろん! オラの親戚が助けてもらったっていうのを聞いて、飛んできたんだ!」

「あぁ……この間のスケルトンですかい?」

「そう! 外国から来てたんだけど、助けてもらったって聞いたんだ!」

 確かに数日前、スケルトンを助けてあげたような気がする。が、まさかこんな恩返しが来るとは。

 俺は小さくため息をついた後で、満面の笑みをがしゃどくろへと向けた。

「ありがとう。ただ、人の姿になることはできないか? その姿だと、色々大変だろう?」

「あぁ、確かにな。オラ、うっかりしてたべ」

 がしゃどくろはポリポリと頭を掻き、眼球の一つを取ってビルの屋上に転がす。すると、それは徐々に人の形を成していって、いつのまにか可憐な美少女の姿になっていた。

「これなら大丈夫だろ? オラ、絶対に役立つよ!」

「……信じていいと思うかな?」

「……あっしにはわかりやせん。旦那の好きにするといいでさぁ」

 なら、答えは決まっている。俺は朱黒の能力によってビルの屋上まで飛び、彼女の元に歩み寄る。俺の肩くらいまでしかない、先ほどまでのがしゃどくろとは比べ物にならない小ささの少女に向かって、にこやかに笑いかけた。

「ようこそ。これから、よろしく」

「うん! こちらこそ、だ! あ、そうだ。オラ、リコってんだ! よろしく」

 めらめらとやる気に燃えるがしゃどくろのリコ。俺はそんな彼女を見て、小さく肩を竦めた。

「なぁ、朱黒。もしかしたらさ、こんな感じで仲間がこれからも増えていくかもな」

「かもしれやせんね。旦那の人望がなせるわざでさぁ」

「お世辞でも嬉しいよ」

 朱黒に笑いかけ、俺はそっと瞑目する。

 こうやって人材が集まっていけば、奴らとの争いにもいずれ終止符が打てるだろう。

 そう確信することができた。


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