七十六話目~人外連合~
「これはまた……すごいな」
以前、オールさんたちと会合を行った廃校に集まった人外たちを見て、俺はそんな呟きを漏らした。
そこには、この街にいるほぼすべての人外たちとシュラやかずらの呼び掛けに応じた人外たちが集まっていた。彼らは校庭を埋め尽くさんばかりの数を誇り、それでもまだやってきているのが見えるほどだ。
俺の横には、無理矢理病院を抜け出てきたシュラとかずらがいる。二人も、これには驚いているようだった。
「いやぁ……かずら。こりゃあ、あんたの差し金かい?」
「いや、少なくとも、ウチの組織はここまででかくないよ」
以前、かずらの率いる百鬼夜行にはお世話になったことがあるが、それよりも確実に多くの者たちが集まっていた。彼らは今か今かと好戦的な雰囲気を醸し出している。
俺はグッと息を呑みこみ、静かに前に出た。すると、当然というべきか全員の視線が集まる。しかし、怯むことなく声を張り上げてやる。
「みんな! 今日はよく集まってくれた! 早速だが、確認させてくれ! まず、命が惜しい奴はすぐにここから離れてくれ! 誰も責めはしない! だから、気兼ねなく言ってくれ!」
しかし、誰もその場を動こうとしない。どころか、ますますやる気に満ちた目を向けてきた。
「いいのか? 死ぬかもしれないんだぞ!? 愛する奴らと一生会えなくなるかもしれないんだぞ!?」
「そんなの承知だよ!」
「大体、逃げてもやられるんなら、こっちからやってやろうじゃないか!」
そうだ、という賛同の声が次々に上がる。だが、俺は言わねばならない。
「本当に覚悟があるのか? ここには女子供もいるだろう? 頼むから、無茶だけはしないでくれ!」
一拍置いて、言葉を紡ぐ。
「だが……ありがとう! ついてきてくれて。これから、よろしく頼む!」
刹那、歓声が沸き大地が震える。それを受け、俺は口角を吊り上げつつ、スマホを高く掲げた。
「では、早速説明に入る。知っての通り、近頃は『人外もどき』と呼ぶべき存在が出て暴れまわっている。ここにも、被害を受けた者がいるだろう」
ふと、俺の眼前にいた人外が顔を歪めているのが見えた。おそらく、家族や友人をやられたのだろう。だから、ここに来たのだ。
「奴らは、神出鬼没だ。運よく発見できても、一人じゃ勝ち目がない。だから、連絡手段を統一しようと思う。まず、スマホを出してくれ。いや、電子機器類なら何でもいい。緊急の伝令は、グレムリンのグリムが請け負ってくれている。もし、人外もどきの情報を得たら一斉に情報がここにいる奴らに回るはずだ。また、個々人で情報の伝達ができるように調整もしてくれている。だから、決して一人では当たらないように注意しろ」
その言葉を受け、人外たちは自分のスマホなどを開き始める。今頃、彼らのスマホ画面にはグリムのアバターがいるはずだ。彼がいる限り、情報伝達において抜かりはない。
「そうだ。朱黒! 影移動を使えば一瞬で目的地に行けるだろう? なら、人員派遣を受け持ってくれないかな?」
「……承知しやしたぜ、ボス」
影女の朱黒は人ごみの中心に現れ、周囲の注目をかっさらった後で再び影に戻っていく。その後で、今度はシュラが前に歩み出た。
「次は、アタシからだ。ここで戦闘経験がある奴はほとんどいないだろう? なら、戦闘経験がある人外、もしくは戦闘力が高い奴らは率先して前線に立ちな。他の奴らも、戦わなくても別のことでサポートができるさね。闘いってのはね、前線に出るだけじゃない。後衛で味方を支えてやるのも、立派な仕事さ」
シュラの言葉に、一同が頷く。酒呑童子の言葉、というのはそれだけの説得力を持っているのだろう。それを今、ひしひしと実感した。
俺はシュラの横に立ち、改めて周囲を見渡す。ここには、日本由来の人外だけではなく海外の者たちも集まっている。まさしく、全員が一丸となっている感じだ。
俺は口角を上げつつ、声を張り上げる。
「ここに集まっている奴らは、種族も生まれも何もかもが違う。だが、わかることが一つある。全員、護りたいものがあるからここに来ているということだ。なら、過去に起きたいざこざも、いさかいもすべて忘れろ。今、俺たちは同じ目的の元に集まった仲間なんだから」
俺は大きく息を吐き、シュラとかずらにハイタッチする。それを受け、二人は不敵な笑みを浮かべた。
「やっぱり、役人さんは違うねぇ。口が上手い」
「うんうん。見習いたいものだよ」
「茶化すな。戦術的なことは、頼むぞ」
「任しときな。まず、戦闘経験がある奴だけ前に出な!」
そうしてやってきた人外を見て、かずらが唸る。ざっと百はあろうかという人外たちは、他とは違う雰囲気を醸し出していた。
「ふぅん……悪くないね。戦闘力も申し分がなさそうだ。ただ、ちょっと心もとないね。一応、土蜘蛛や牛鬼にも声はかけたんだけどな……」
「あいつらは気難しいからねぇ。ま、仕方ないさね。でも、こっちだって負けちゃいないよ。よし、じゃあ朱黒? だっけ? あんたはこいつらの顔をよく覚えときな。転移させるときはこいつらを優先的に」
「了解しやしたぜ。鬼の姉御……」
どこからともなく声が響いてきた。本当に掴めない奴だが、頼りになる。
「ま、そういうことだ。他の奴らはサポートに回れ。治癒ができる奴は治癒を。防御に特化した能力を持つ奴は前線に立つばかりじゃなくて、後退する時の壁になれ。いいか? 重ねて言うが、殴り合うだけが戦闘じゃないんだ。頭を使え!」
「言っておくけど、無茶はしないように。誰も死ぬことなんて望んでいない。こっちの望みは、誰もが生き延びることだ。もし死んだらその時は……地獄の果てまで追い回すから、覚悟をしとくように」
シュラとかずらの言葉を受け、みんなが息を呑む。この二人は、日本ではトップクラスの有力者だ。そんな彼女たちから受ける言葉は、重みが違う。
歓声と喝采があちこちから上がり、校庭を埋め尽くさんばかりの人外がその場で地団太を踏む。さながら、戦場に向かう戦士のようだ。もう、戦いは始まっているということなのだろう。
『盛り上がっているところ、ごめんよ』
校庭の隅にある壊れたはずのスピーカーから声が響いてくる。グリムの声だ。彼はどこか緊迫した調子で言葉を続ける。
『早速だけど、情報を探知した。市街地にある廃工場だよ。至急、向かってくれるかな?』
「らしいよ、朱黒! いける!?」
「是非もありませんぜ、ボス……」
そんな声が耳朶を打つのとほぼ同時、俺たちの影に異変が起きた。ぐ~っと伸びたかと思うと、他の影と連なりあって重なり合っていく。そうしていつしか、地面には黒いじゅうたんが敷かれているようになっていた。
「早速ですが、転移を開始しやすぜ……」
宣言通り、一人、また一人と影に呑まれていく。これが、彼女の能力か。
影女は影のあるところならばどこにでも移動できる。そして、影とは太陽がある限りいつでも生まれるものだ。つまり、彼女は制限ありの瞬間移動を使えるのだ。
そうして、俺の足も沈み始めた時だった。
「夏樹さん!」
ふと、後方から声が聞こえたのは。
見れば、そこには宙に浮くピティと彼女に抱きかかえられたリリィとグリがいる。リリィは目に涙を浮かべながらも、声を張り上げた。
「絶対、生きて帰ってきてください!」
「……ああ!」
別れを惜しむ間もなく、俺の視界は闇に塗りつぶされた。
そうして目を開けた時、眼前にいたのは機械の体を持つ巨大な龍。廃材の寄せ集めでできた身体を持つ龍は咆哮を上げながら人外たちと交戦していた。
「覚悟しろよ、クソもどき……」
俺はグリムが即席で作ってくれた特製のリボルバーを取り出し、銃口を奴の頭部へと向けた。
「これ以上! お前らの好きにはさせねえ!」
銃声と怒号、そして咆哮が入り乱れる戦場。
こうして、俺たちの大事なものを護る戦いは幕を開けた。




