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七十一話目~ウィル・オ・ウィスプの届け屋さん~

「ふぅむ……」

 百物語を終え、ホテルに帰還したオールさんは難しい顔で首を捻っていた。彼は手に持っているリストとにらめっこしながら小さく唸っていた。それは俺も同じである。彼女から渡されたリストには、いくつか聞き覚えがある怪談が書かれていた。

 それに目を走らせて、俺は首元を撫でさする。その中に、以前の画霊もどきの怪談と思わしきものがあったからだ。リストには『画家の念』と書かれている。先ほどネットで調べてみたところ、売れない画家がリアリティを出そうと苦悩していたらいつの間にか絵が本当にリアルに出てきてしまうという話だ。

 ただ、この手の話で怖ろしいのはその怪談が途中途中で改変されることにある。口頭伝承にありがちなことだ。それがある程度繰り返された時になって、人外が生まれるのだというのがオールさんの考察である。

「しかし、どうにも納得がいきませんな」

「何がです?」

「これをやっている人物たちの目論見ですよ。それがわかればいいんですが……」

「ひょっとして、自分たちの軍隊を作ろうとしているのでは?」

 その言葉に、オールさんはピクリと形のいい眉を動かした。

「面白い話ですが、その心は?」

「確証はありません。が……以前、とある人外が言っていたんです。未だ世間には人外に対する偏見や暴力がある、と。もしかして、今回の首謀者たちは大規模な反乱を起こそうとしているのでは?」

「推測ですから、頭ごなしに否定もできませんね。ただ、可能性は薄いのでは? この国では、あなたたちコーディネーターによって厳重に管理されているんでしょう?」

「えぇ。人外と人間が共生できるようバランスを取っているつもりです。が、もし。それに不満を持つ者がいたとしたら?」

「それはいるでしょう。そういうものです。完璧なんてものはあり得ない。ですが、だからといってこのような真似をしますかね? リスクが大きすぎる」

 確かに、彼の言うことにも一理ある。元々、俺の論は今考えられる内で最悪の案だ。ダメもとだったし、別にいいか。

「しかし、興味深い話ではあります。ただ、ならなぜ私の国にまでこのようなもどきたちがやってきているか、ということにもつながります」

「そういえば、そうですね」

 オールさんは頷き、小さく息を吐いて紙を俺の方に寄越してきた。その後で、ややと追い目になって窓の外を見やる。

「基本的に、私たちの国で言う『モンスター』は神話や伝承に則ったものです。UMAや、

都市伝説なんてごくわずか……しかし、それらが頻繁に世間に出てきている世の中です。これは、明らかに以上ですよ。少なくとも、人間と交わる前にはこんなことはなかった」

「それは、ひょっとして誰かが裏で糸を引いていると?」

「可能性はあるかと。だが、そうするとまた目的がわからなくなりますよ。四宮さん。あなたに何か心当たりは?」

「今のところは……いや、ちょっと待ってください」

 俺はすぐさまスマホを取り出して、現在情報を集めてくれているグリムにリストの写真を送りつける。その後で、再びオールさんの元へと向き直った。

「今、私の協力者が調査中です。彼の返答を待ちましょう」

「そういうことなら。さて、遅くまで突き合わせてしまって申し訳ありません。この後はどうしますか?」

「帰りますよ。家族が待っているので」

 俺の言葉を聞いたオールさんはニコリと笑い、穏やかな表情になった。

「それはそれは。結構なことですね」

「つかぬ事をお伺いしますが、あなたにはご家族は?」

「一応、いますよ。妻がいます」

 彼はいつもの調子で答える。だが、なぜだろう。そこには悲しみが隠されているような気がした。

「……では、そろそろお暇します」

「えぇ。お気をつけて。あぁ、そうだ。少し、お待ちを」

 オールさんは椅子から立ち上がり、窓の外へ寄り口笛を吹き始めた。すると、それに誘われるようにして複数の火の玉がふわふわとやってくる。それは徐々に集まって、少女の姿になった。

 ふわふわの髪をした彼女は窓の桟に腰かける。彼女の真紅の瞳はまっすぐ俺を捉えていた。

「紹介します。彼女は『ウィル・オ・ウィスプ』族のフィア。彼女に家まで送ってもらうとよいですよ」

「色々とすみません。では、お願いします」

 フィアはトコトコと俺の方に寄ってきて、その体のどこにあったのかと思うほどの怪力でこちらの体を持ち上げる。浮遊感に戸惑いながらも、俺はオールさんに笑みを向ける。

「失礼しました。また、明日」

「えぇ。また明日。よい夜を」

 羽を交叉させ、丁寧なお辞儀をするオールさんを視界の端に納めてから、窓から飛び出そうとしているフィアに目をやる。彼女は子どもっぽい無邪気な笑みを俺に向けてくれた。それはとても可愛らしいものだったのだが……正直言って、屋根の上をぴょんぴょんと跳んでいくのはあまりよい気分ではなかった。

 結局家に到着するころには、酒を飲んだわけでもないのに酔っていてリリィに開放してもらったほどである。そんな俺を、ちょうど起きてきたピティとここまで送ってくれたフィアはおかしそうに眺めていたが。


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