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七十話目~青行燈の語り部さん~

 真夜中の学校というのは暗くて静かで、空気は異常なまでに澄んでいる。それがどことなく不気味で情緒的だった。

「どこに向かっているんです?」

「じきにわかるよ」

 俺の前方を歩く人面犬はぶっきらぼうに返す。彼は職員室のドアを器用にその前足で開けて、中を尻尾で示す。そこにいたメンツを見て、俺は頬をひくつかせた。

「これは……すごいな」

 この場にいるのは、都市伝説に分類されるものばかりだ。『てけてけ』や『赤マント』などなど、有名な者たちばかりが集まっている。彼らはこちらを見るなり、ふっと頬を緩ませた。

「怖がらなくていいわよ。別に取って食うわけじゃないから」

 近くにいたてけてけの女性が肩を竦めながら言う。てけてけは上半身だけの人外であり、学校に出没する都市伝説と言われていた。だが、今は実際こうやって人外として登録されている。しかし、性質としてはあの人外もどきに近いだろう。

 彼女は笑みを浮かべつつ、地面をコツコツと叩いた。

「さ、やることはわかってるでしょ? やるわよ」

「え? 何をやるんですか?」

「あぁ、そういえば言っておりませんでしたね」

 オールさんは割って入り、俺に向きなおる。その瞳は、どこか含みを持っていた。

「四宮さんは百物語を知っていますよね?」

「えぇ。集まった人たちがそれぞれの物語を口にするという奴ですよね?」

「はい、その通りです。それと合わせて、青行燈という人外はご存知かな?」

「それは……百物語を完成させたときに現れるという……」

 彼は静かに頷く。なるほど。彼らがやりたいことが何となくわかってきた。

「ひょっとして、百物語をここでやろうと?」

「いかにも。青行燈はいわゆる召喚を受けて現れる人外です。彼なら、もしかしてこの人外もどきの件について知っているのではないかと」

「しかし、危険では?」

 百物語は形式としては魔術、儀式のようなものに近い。つまりは、失敗するとそのフィードバックを受けてしまうのだ。いわゆる呪いである。

 こういったオカルト的なものを扱う際にはそれらに気をつけねばならないのだ。不用意に素人が手を出した場合、命すら危ない。世間的には親しまれている『コックリさん』もその類だ。

 けれども、オールさんは穏やかに首を振る。

「ご心配なく。私たちは十分知識を蓄えてきました。それに、万が一を考えてすでにこのようなものも用意していますから」

 そう言って、オールさんは俺に一枚の封筒を寄越してくる。その中身は――遺書だ。

「これは……ッ!」

「死んでしまうかもしれませんからね。それくらいの覚悟はありますよ。ですから、聞きましたよね? あなたに、覚悟はあるのかと」

「……こういうことですか」

 あぁ、そうか。初めからそのつもりだったのか。

「無論。あなたが帰っても私たちは責めませんよ。その点はご安心ください」

「……いや、大丈夫です。俺も、立ち会わせていただきます」

「承知しました。では、皆さん。覚悟はよろしいかな?」

 その場にいた全員が頷き、それを見たオールさんが不敵に笑いその両翼をバサッと広げた。

「では、早速始めましょう! 根源へと至らんために!」

 刹那、部屋の灯りが一斉に消される。気のせいか、ひんやりとした空気が漂ってきた。他のメンツは円を作ってぶつぶつと怪談を呟いている。俺と、ごく数名の人外たちはその様子を見守っていた。


 ――やがて、時刻が十二時を回ったあたりになって、ようやく九十八まで物語が語られた。こうなれば、あと一息である。オールさんたちは額にびっしりと汗を浮かべていた。だが、それも当然だろう。ここでミスをしては全てが台無しになるのだから。

「じゃあ、最後に行くよ」

 てけてけの女性が言葉を紡いでいく。俺たちはその様子を固唾を飲んで見守っていた。

 百物語とは、九十九まで読み上げたところで、百個目の怪談として青行燈が現れるというものだ。つまり、成功は彼女にかかっている。

「……して……その日……に……」

 彼女の言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。緊張しているのだろう。顔面を蒼白にして、呼吸もどこか荒くなっていた。

「……そして、それ以降彼の姿は見えなくなった……」

 けれど、ようやく最後の一節を言い終える。刹那、ビュウッとどこからともなく勢いよく風が吹き込んできてカーテンを巻き上げた。それから数秒もせずに、部屋に灯りがともされる。

 だが、別に誰かが電気を付けたわけでない。ちょうど円を作っていた者たちの中心に、青い炎を纏わせる一人の少女が浮かんでいた。青い髪をした、ワンピースを身に纏う小学生くらいの子どもだ。彼女はぼんやりとした目で、どこか呆れたように俺たちを見渡す。

「はぁ……また、呼ばれたのね」

「また、とは?」

「決まってるわよ。ここ数日ずっと呼び出され続けているのよ」

 少女はうんざりしたように言う。その場にいる者たちは本当に彼女が現れたことに驚愕しているようだったが、俺は躊躇うことなく彼女の元へと歩み寄る。

「すまない。できれば、詳しく話してくれないか?」

「いやよ。私が話すのは怪談だけ。それは期待しないでほしいわ」

「頼む。君の言葉が手掛かりになるかもしれないんだ」

 彼女は大きな欠伸をして、俺たちを見渡した。その後で、小さく肩を落とす。

「……どうやら、遊びで召喚したわけじゃなさそうね。しょうがないわ。ちょっとだけ教えてあげる。ただし……寿命をもらうわよ」

「……いいさ。持っていけよ」

 俺は大きく彼女の方へと踏み出す。が、それをオールさんが巨大な翼で遮った。困惑する俺をよそに、彼は優しい笑みを浮かべる。

「あなたはまだ若い。そういうことは年長者の役割ですよ」

「で、ですが、この街は私の管轄です! 責任を取るのは……」

「責任、なんて言葉はちゃんとそれを扱えるものが使う言葉ですよ。あなたには、家族がいる。友人がいる。何より、帰るべき場所がある。ここは、私に任せてくださいな」

 オールさんは無理やり俺を押しのけて前に歩み出る。それを見ていた少女は面白そうにクスクスと笑った。

「あぁ、いいわね。怪談以外にも、こういう熱い話は好きよ? そこのおじ様。中々に私好みよ」

「おほめにあずかり、恐悦だよ。さ、私の寿命をあげるから情報をくれないかな?」

「いいわ。先に情報をあげる」

 彼女は大きく息を吸い、それからすっと目を細めた。

「ここ数日、結構な頻度で呼び出されるのよ。しかも、同じグループにね」

「どんなだ?」

 俺の問いに、彼女は小さく嘆息して肩を落とした。

「焦らないの。ま、全員が人外だったわね。しかも、結構な古株――つまりは伝承とか伝説に名を連ねるような奴らばかりだったわ」

「その中に、龍人の女性はいたかな?」

「いや、いなかったわね。どうして?」

「や……なんでもない」

 少女はキョトンと首を傾げた後で、悩ましげに眉根を寄せた。

「でも、なんか変なのよねぇ……あの子たちが話すのって、ほとんど決まった話なのよ」

「え?」

「普通、同じ怪談は話さないでしょう? でも、あの子たちは呼びだすたびにほぼ同じ怪談を話し出すのよ。だからもう、つまらないったらないわ」

 青行燈である彼女は怪談を心から愛しているのだろう。だが、それならなぜ……。

「どうして、そいつらを呪わないんだ?」

「呪えるならとっくにやってるわ。私を退屈させた罪でね。でも、あの子たちは決まった怪談を話すけどミスもしないのよ。ほんと、憎たらしいったらないわ」

 なるほど。つまりは、青行燈の特性を十分理解しているわけだ。なら、確信犯である可能性がぐんと高まった。

「ちなみに、どんな怪談を話していたかわかるかい?」

「そりゃね。毎回同じなら嫌でも覚えるわよ。誰か、書くものをくれないかしら?」

「なら、これを」

 オールさんは自らの羽を抜き、胸元から取り出したインクの瓶と共に少女へと渡す。それを受け取った彼女はさらさらと文字を書きこんでいった。

「はい。これがリストよ。大半がネットに流されている噂ばかりだし、新鮮味がないわ。怪談は自分で作るのも楽しいのに。ねえ?」

 青行燈はぷくっと頬を膨らませて腕組みをした後で、にんまりと笑みを浮かべてオールさんを見やった。その水色の瞳に見据えられた彼は身を固くするが、そんな彼を安心させるかのように少女は笑みを浮かべる。

「大丈夫よ。もう寿命はいらないわ。その代わり……」

「なんだい? 私の血肉が欲しいのかい?」

「いや、その……れ、連絡先を教えてくれないかしら?」

「む? いや、それくらいならいくらでも……ほら」

 オールさんが取り出した名刺を受けとった青行燈は小躍りしそうな勢いで喜んでいる。が、すぐに元の調子に戻ってコホンと咳払いをした。

「とりあえず、私はこれでお暇しようと思うのだけど……最後に一つ。役目を果たさなければね」

 青行燈は今日一番不気味な笑みを浮かべてみせる。それを見て俺はギュッと目を瞑った。これから語られるであろう、想像を絶するであろう怪談に耐えるために。


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