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第七話~アルラウネのお花屋さん~

 さて、ちょうど日が昇るころ、俺は街に繰り出していた。こんな朝から、と思われるかもしれないが、仕方のないことなのである。俺は先ほど買ったコーヒーを煽りながら腕時計に目をやる。時刻は四時。まだ日もギリギリ昇っていない時間帯だ。

 人外というのは人間と体内時計の造りが違うものが多いので、それに合わせる必要がある。ここはコーディネーターをやっていて苦労するところだ。

 しばらくすると、目的地である花屋が見えてきた。その店先に、花を抱えた女性が立っている。その人はこちらに気づくなり、ニッコリと微笑んできた。俺も欠伸を噛み殺してから彼女に笑みを返す。

 彼女の名はラウレア。『アルラウネ』族の少女だ。彼女はまだこの街に来て――というよりも日本に来てから日が浅い。そのため、結構な頻度で会うことがあるのだ。

 彼女は抱えていた花をそっと地面に置いてぺこりと頭を下げた。

「おはようございマス。夏樹サン」

 やや訛った口調でラウレアは告げる。彼女は日本語を現在勉強中であり、言語面ではまだまだ未熟なところが大きい。一応、人外向けの言語プラグラムを組んではいるのだが、それも時間が限られている。それに、受講している人数も多い。正直、全員の習熟度に差があるのは否めない状況だ。

 ラウレアは数秒間顎に人差し指を置いてから、小さく頷いた。

「今日は、いい天気、デスネ」

 彼女はこうやって積極的に会話を試みようとしてくれている。だから、俺も応えやすいのだ。間違いを恐れないというのも、彼女の大きな長所だろう。

 ラウレアはたどたどしいながらも、こうやってきちんと自分の言葉で喋ってくれる。彼女が今居候している家の人たちから聞いた話でも、彼女は好かれているようだ。この日本で上手くやってくれているのは嬉しい限りである。

 ラウレアは、元々はリリィなどと同じくヨーロッパ出身の人外だ。が、かつて旅行で来た時に見た桜の美しさが忘れられず、こうやって日本に移住してきたのだ。

 アルラウネ族は、花と植物を司る種族だ。だから、その時の感動は大きかったに違いない。しかも、日本の恵まれた天候と土地との相性も良かったらしく彼女は存外のびのびと暮らしているようだった。

 ラウレアは緑色の髪を掻き上げ、それからその毛先を指先で弄び始めた。俺はそんな彼女へ問いかける。

「ラウレアさん。今日は、何をしているんです?」

 わかりやすく、かつゆっくりと語りかける。ラウレアはしばしその言葉の意味を解釈するのに時間を使ってから、ポンと手を打ち合わせた。

「えと、今はお店の準備を、していマス」

 俺は彼女に温かな笑みを返す。やはり、こうやって頑張っている子を見ると、俺も頑張らねばいけないと思わされる。

 彼女は俺より一つ下なのだが、見習うべきところは大きい。見知らぬ地でも精力的に活動するところや、一生懸命に相手の意図をくみ取ろうとするところは彼女の長所だ。

 元々アルラウネ族は温厚な奴らが多いと聞くが、彼女は特におっとりというよりは活発な方だ。が、やはり心根は非常に優しい。言葉は通じなくとも、その優しさは感じることができるため、ここに越してきた時もみんなから歓迎されていたのは記憶に新しい。

 俺は彼女の脇に置かれている花に目をやった。ピンク色の花を咲かせた美しいものである。ラウレアは、俺の視線に気づいたのかわずかに口角を吊り上げた。

「これ、私が育てたんデスヨ」

「そうなんですか?」

 彼女はコクリと頷き、その花にそっと手を触れた。すると、その花がふわりと揺れて甘い香りを漂わせる。アルラウネ族は花や植物と交信することができるのだ。

 ラウレアは、嬉しそうに言う。

「この子たち、は……私の子ども、デス」

 彼女は言い終えた後で、首を傾げていた。おそらく、自分の言いたいことが上手く表現できなかったのだろう。俺は彼女の目線まで体を下げ、微笑みかける。

「大丈夫。伝わっていますよ」

「本当デスカ?」

「ええ、もちろん。ラウレアさんの気持ちはちゃんと私に届いてますよ」

 ラウレアはふっと息を吐き、チラリと後ろの方を見た。ちょうど日が昇ってきており、朝日が差し込んできている。それを受け、彼女の緑色の髪が色鮮やかに輝き始めた。アルラウネ族の、光合成だ。

 彼女たちは基本的に植物と同じ食生活をする。つまりは、日光と水こそが活動源だ。彼女は今、朝食を取っているに等しい。

 俺は、ゆっくりと背を伸ばす。すでに眠気は吹き飛んでおり、体にはなぜか力が湧いてきていた。もしかしたら、ラウレアと話したのがよかったのかもしれない。俺も、彼女に負けないように頑張らなければ。

 そんなことを思いながら、俺は満足げに息を吐いた。


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