六十九話目~都市伝説の団体さん~
「いや~可愛いわね~。画像で見るのと大違い」
自宅に到着し、グリと対面したピティがそう漏らす。グリは彼女も俺たちの家族の一員と最初から認識していたのだろう。彼女の膝に乗って頭を撫でられていた。
「おねーちゃん。もっと」
なるほど。『おねーちゃん』ときたものだ。ピティはそもそもグリのように年の離れた妹が欲しかったらしく、デレデレだ。たまに姿を変える彼女に盛大な拍手を送っている。親バカならぬ姉バカだ。
「それにしても、驚きましたよ。何の連絡もなかったですから」
リリィがコーヒーを配膳しながらそうこぼす。だが、それにはある事情があったのだ。
ピティがリリィと連絡を取ったのは俺が入院してから間もないことだ。その後、只ならぬ事情を感じた彼女はすぐさまチケットを裏ルートで手に入れ、特急でこちらへやってきてくれた。
それは言うべきではないとわかっているのか、ピティはあいまいな笑みを浮かべる。何だか、本当に久しぶりだ。ほんの半年ぶりくらいなのに、もっと長く離れていたような気がする。とても懐かしい感覚に包まれながら、俺はコーヒーを啜った。
「にしても、夏樹。あなた、ずいぶんとこの子に懐かれてないのね」
ピティが心底おかしそうに言う。まぁ、悔しいけど事実だから言い返せない。
「いえ、違いますよ、ピティさん。グリちゃんは懐いていないだけで夏樹さんのことは好いているんですよ」
「へぇ、そうなんだ。意外ね」
補足を入れたリリィに対し、グリはむっと頬を膨らませる。心中を暴かれたのが悔しいようだ。リリィの言葉は嬉しいのだが、どうせならその行為を形にして出してほしい。
「なら、存分に甘えなさい……と言っても、この年頃じゃ難しいわよね」
「ピティにもそういう時期があったのか?」
「まぁね。どうしても、素直になれない時期っていうのはあるのよ。だから、気にしなくていいと思うわ。嫌われていないんならね」
このシニカルな言い方も本当に久方ぶりだ。これでこそピティである。
「ところで、お前はどれくらい滞在するつもりなんだ? オールさんは?」
「オールさん? 誰ですか、それ?」
思わず口を滑らせてしまったことにハッとする。が、すぐさまピティがわざとらしく声を上げた。
「お、オールさん、ってあれでしょ? 全部で三日ってことでしょ!?」
「そ、そうそう! オール三日か? って、聞こうとしたんだ!」
何とか取り繕ったが、リリィは懐疑的なまなざしを向けている。
もし、ピティがこちらに来た本当の目的を知れば彼女は落胆してしまうだろう。また、俺が危ない橋を渡ろうとしていることに。できれば、これは知らせないに限る。
「ま、あれよ。一週間くらい泊まっていく予定」
「にしては、荷物が少なくないか?」
「あぁ、郵便で送っているのよ。流石に今日は届かないと思うけど」
「なら、私の服を貸しましょうか? 差し支えなければ……」
「私とあなたの仲でしょ? ありがとう、リリィ」
ピティはリリィに対してにこやかに笑いかける。それを受け、リリィはリビングを出て自室へと向かっていった。その後で、ピティは俺を手招きしてこっそり耳打ちしてくる。
「何馬鹿やってんのよ……今回はお忍びなんだから、ばれたらダメでしょ?」
「す、すまん。気をつけるよ」
ピティは頬をプクっと膨らませながらグリの耳を塞いでいた。グリが話すとは思えないが、万全を期しているのだろう。その用心深さも彼女の特徴だ。
などと思っていると、不意にスマホがぶるぶると震えた。何事かと見れば、通話の相手は先ほど話に出てきたオールさんだった。俺はピティに断りを入れ、縁側に出て通話を開始した。
「もしもし?」
『どうも。四宮さん。今、お時間ありますか?』
「えぇ、ありますが」
『ならよかった。では、今日あった喫茶店まで来てくれますか? 少し、話しておきたいことがありますので』
俺はリビングにいるピティに視線を移す。彼女は今しがた入ってきたリリィと談笑していた。俺はそっと扉を開け、彼女たちに頭を下げる。
「すまない。急な仕事が入った。行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい、夏樹さん。何時ごろにおかえりになりますか?」
「悪い。それはわからないな。でも、早めに帰ってくるさ」
俺はそう彼女に返し、玄関で靴へと履きかえる。それから、足早に喫茶店へと向かっていった。すでに夜は更けており、かなり寒い。できれば、コートを羽織ってくるべきだった。俺は近くのコンビニに足を踏み入れ、そこでカイロをいくつか購入する。これでだいぶ寒さはしのげるはずだ。
俺はカイロを体中に仕込み、再び喫茶店へと向かっていく。と、しばらく歩くと喫茶店の灯りが見え、そこに一人の人影が立っているのが見えた。あの特徴的なシルエットは間違いない。オールさんだ。
「やぁ、こんばんは。すいませんね、付き合わせてしまって」
彼はシルクハットを持ち上げながら朗らかに言ってくる。俺は彼に笑みを向け、それから周囲に視線をやった。暗く静かな街はひんやりとしていてもの寂しい雰囲気に包まれている。それが、どことなく不気味だ。
「四宮さん。最初に、あなたにお聞きしたいことがあります」
「はい?」
「これから、私たちはある者たちにコンタクトを取ろうと思っています。あなたに、覚悟はありますか?」
「当然です。この仕事に就いたのは伊達じゃありませんから」
覚悟なら、とうにできている。これ以上自体が拡大すれば俺の友人たちにも被害が及ぶ危険性がある。それを回避することができるならば、俺は悪魔にだって魂を売ってみせる。
オールさんは俺の目をじっと見据えた後で、ふっと口元を緩めた。
「あなたならそう言ってくれると思っていましたよ。では、時間もないので早速」
彼はそう言ってコートを脱ぎ捨てた。刹那、彼の巨大な両翼が月光に照らされる。その荘厳さに俺は思わず感嘆のため息を漏らした。
彼は一度大きく羽ばたいてから俺の肩をがっしりと鉤爪で掴む。やや肩に食い込むのが辛いが、ここは耐えるとしよう。彼は再び大きく翼をはためかせ、一気に上昇していく。だんだん遠ざかっていく下界を見ながら、俺は彼に問いかけた。
「どこに向かうんです?」
「この国で見つかった協力者です。先ほど、私たちの国でも危険な人外が見つかっているといいましたよね? その対策を練っていたところ、運よく彼らに巡り合えたのです」
「ということは、その人たちもあなたと同じ……」
「そう。未確認生物、UMAの類です」
なるほど。彼は、望んでこの国に来たのかもしれない。無論、ピティが情報を入れてくれたのもあるが、機会を伺っていたのは間違いなさそうだ。
街のネオンを見下ろしながらの飛行を楽しんでいると、しばらくしてオールさんが飛ぶ速度を緩めた。俺たちのちょうど目と鼻の先には寂れた建物が見える。あそこが、目的地だろうか?
「さて、着陸しますよ」
オールさんはそう言ってゆっくりと高度を落としていく。それからふわりと着地し、俺に淡い笑みを向けてくれた。
「大丈夫でしたか?」
「えぇ、大丈夫です。それより、ここは……」
「見ての通りすでに潰された小学校です。ここに私の協力者たちがいます」
彼はおもむろに胸元から笛を取り出し、思い切り吹き鳴らす。刹那、校庭の隅から何者かが歩み寄ってきた。
いや、その表現が適切かどうかはわからない。
なぜなら、その人物は犬の体をしていて、顔だけは人間だったのだから。
「あんた、教授さんかい?」
「えぇ。そうですとも。そういうあなたは『人面犬』でよろしいですか?」
彼――人面犬は静かに頷く。そこでようやく、彼がここを選んだ場所がわかった。
「オールさん。あなたが呼んだ協力者というのは……」
「そう。人間に作られた――いわゆる都市伝説から生み出された人外たちですよ」
その言葉に、俺は驚愕する。
確かに、都市伝説とは近年生み出されたものだ。なら、その人外たちも以前であった画霊もどきと似たような感じである。
俺は息を呑みながら、人面犬を見やる。中年の顔をそのまま柴犬に取り付けたような風体の彼は、ニヤニヤと妖しく俺を見つめていた。




