六十六話目~グレムリンの情報屋さん~
翌朝。俺は病院のベッドの上で目を覚ました。俺は前線に立っていなかったものの、一応瘴気を浴びてしまったので精密検査をすることになっていたのだ。
病室内には、俺しかいない。他の奴らはそれぞれ別の病室に押し込まれている。だが、抜け出して売店に行ったり酒盛りをしている奴もいるそうだ。というか、後者には心当たりがありすぎる。頑丈にもほどがあるだろう。
俺は嘆息しながら身を起こし、パソコンの電源を入れた。しばらくしてインターネットに接続し、情報を漁り始める。無論、調べるのは昨日聞いたことについてだ。
確かに、人外の起源は数多く存在している。フランケンシュタインのように人間に作られた人外もいるし、リビングデッドやドラゴニュートのように元は人間だった種族もいる。思えば、このあたりには触れなかった……いや、触れようとも思っていなかったのだ。
ネットの情報には当たりはずれがある。しかし、心配することは何もない。俺は机の上をトントンと小指で叩いて合図を送る。と、画面にノイズが走り、しかし次の瞬間には目的の画面にすり替わっていた。
「助かるよ。グリム」
俺の言葉に答えるかのように、画面に小型のマスコット――犬と鳥を合体させたような生物が映りこむ。彼は『グレムリン』族であり、元は家電を壊したりする能力を持っているが、それを応用して機械の中に潜り込んでいるのだ。
彼のアバターは可愛らしく手を振りながら頭を下げる。こういった茶目っ気があるのも彼のチャームポイントだ。
俺も彼に頭を下げ、再びネットの情報を漁っていく。グリムが選択してくれたおかげでいいサイトにたどり着けている。情報も中々に信憑性が高そうだ。
しかし、膨大な情報量だ。幸いに今日は時間も有り余っているし、一度全部をさらってみるのもいいかもしれない。
俺はまず、第一の項目に手をつけた。そこには『百物語』とタイトルがつけられている。
内容としては――怪談にまつわるものが書かれている。人々が集まって話し合う百物語が、人外について何か影響があるのではないかという解釈がなされていた。
……よくよく考えてみれば、口裂け女や人面犬などは江戸時代の書物などには姿を見せておらず、いわゆる『都市伝説』として扱われていた。けれど、今では立派な人外として社会に溶け込んでいる。
もしかしたら、それまで見つからないように過ごしていたのかもしれない。だが、だからといって数百年以上この狭い日本で隠れていられるだろうか?
いや、仮に人外が人の言霊から生まれると解釈するならば、江戸時代以前の書物に描かれていた人外たちも、その時に生み出されたのかもしれない。
調べれば調べるほどわからなくなっていく。グリムも頑張ってくれてはいるが、彼も首を捻っている。そもそも、彼自身人外の起源なんてものは知らないのだろう。
だとすれば、志野さんだけが知っていること?
いや、そうとは考えにくい。彼女に関係者がいるか、はたまた彼女自身がそういった生まれなのか……。
後者の線は薄いだろう。龍人は太古の昔から存在が確認されているし、近年生み出されたというわけではない。だとすれば、前者だ。彼女は元来流の人外だ。だからこそ、不透明な部分が多い。
彼女が抱えている謎を紐解けば何かわかるかもしれないが、居場所がわからないのではやりようもない。俺はため息をつきながらもサイトを漁り続ける。
「なぁ、グリム」
『なんだい?』
可愛らしいキャラクターが動くのを横目で見ながら、俺は窓の外を見やった。
「お前、自分が人間に作られたものだって言われたらどう思う?」
『別に? どうってことないよ。それで生活が変わるかい? というか、なっつんだって自分の起源を知っても特に思うところはないだろう?』
「それはそうだが……」
『ま、広い意味ではなっつんだって人間に作られたものじゃないか』
グリムはそのアバターに似合わぬエグイことを言ってみせる。何というか、今はおどけてもらえると嬉しい。少しだけ気分が軽くなった。
「ま、いいや。グリムの方でも色々情報を集めてくれるか?」
『いいよ。それが仕事だし。というか、無理しない方がいいんじゃない? 体壊すよ?』
「しょうがないんだよ。だって、昨日俺は何もできなかったんだから」
『それこそ仕方ないよ。なっつんは兵士でも戦士でもないんだから。元々呼ばれたのだって、そのターゲットと相対したことがあったからでしょ? 気にし過ぎるのは悪い癖だって。背負い込むのはやめなよ。人間自由に生きなくちゃ』
グリムのアバターがぐるぐると動き回る。まぁ、その通りではあるのだが、何もできなかったのが何より悔しかったのだ。次、もしまたあんなことになったらと思うとゾッとする。
「……あ、そうだ。なぁ、グリム。また頼みごとを聞いてくれるか?」
『なんだい? 何でも聞くよ』
「一応、俺の知り合いたちにもこのことについて警鐘を鳴らしておいてくれ。頼めるか?」
『要するに、メールを送っとけばいいわけね? あ、例のドラゴニュートの子には?』
「もちろん頼む。もしかしたら、有力な情報が得られるかもしれないからな」
『はいは~い』
グリムは軽く言って、画面の外へと消えていった。かと思うと、すぐに戻ってきてブンブンと手を振る。
『おっけい。やったよ~』
「助かったよ」
『さ、そろそろお休みの時間だ。これ以上は、僕が許さないよ』
グリムは無理やりパソコンをシャットダウンさせようとしているらしい。俺は慌てて両手を振り、頭を下げる。
「わ、わかったから。強制シャットダウンはやめてくれ」
『うん。それじゃ、おやすみ。ちゃんと休暇を楽しみなよ~』
その言葉が聞こえた直後、ドアが開く音が耳朶を打つ。見れば、そこにはリリィとグリが連れ添って立っていた。
「夏樹さん。お見舞いに来ましたよ」
と、リリィは右手に持っていたバスケットを掲げてみせる。そこには果物がどっさりと詰め込まれており、花も添えられていた。
「悪いな。そんなものまで」
「お礼はグリちゃんに言ってあげてください。どうしても持っていきたいって聞かなかったんですから」
「そっか。ありがとな、グリ」
俺はふとグリへと視線を移す。が、彼女は照れ臭いのか顔を真っ赤にしながらリリィの後ろに隠れてしまった。普段はそっけないが、ちゃんと俺のことも家族としては認識してくれているらしい。それがわかるとちょっとだけ泣きそうになった。
俺はふと頬を緩ませながら、パソコンを閉じる。そうして、愛しき家族たちに再び笑いかけた。




