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六十五作目~???の人外さん~

「……っと、これで最後か」

 犬のような獣の頭を握りつぶしながらレジオがつまらなそうに言う。数は多いものの、いかんせん戦力に差があり過ぎた。主力部隊ではないとはいえ、戦闘力で言ったら波の兵士の数倍はある奴らがゴロゴロいるのだ。

 あっという間にその場を制圧したレジオは鼻をひくつかせ、眉根を寄せる。

「……どうやら他の部隊は鉢合わせたようだな」

「わかるのか?」

「あぁ。新しい血の匂いがしたからな」

 いくつか体を分散させていたのが裏目に出たかもしれない。レジオはキッと眼光を強め、先へと進んでいく。俺たちも遅れぬようついていきながらも警戒は怠らない。

 徐々に近づいていくにつれ、銃声のようなものが聞こえてきた。刹那、俺は先頭を歩くレジオに向かって叫ぶ。

「レジオ!」

「わかってる!」

 彼はこの中ではダントツに速い。目にも止まらぬ素早さで路地を抜け、戦線に参加する。その彼に続くように、俺たちもすぐさま現場へと急行した。

 やがて路地を抜け、開けた場所に出た時、視界に映ってきたのは惨状だった。以前であった化け物が暴れまわっており、その足元には血まみれの兵士や人外たちが転がっている。レジオが何とか彼らを退避させていたものの、戦況は芳しくない。

「こんの……ガキャァ!」

 鬼族の頭領であり、力だけなら人外の中でもトップクラスのシュラが拳を振るう。大地を震わせ、豪快な打撃音を響かせる力強い一撃。流石の怪物もぐらりとよろめいたが、効果は薄い。

 画霊が作り出す怪物は実体はあるが、性質としては水に近い。一定量のダメージを与えれば消滅するものの、そもそも攻撃が通りにくいのだ。斬撃などで体を真っ二つにできればその段階で消滅するのだが、あのサイズを両断するのは不可能に近い。

「怯むな! 攻撃を続けなさい!」

 上空から凛とした声が響いてくる。ユージアだ。彼女は縦横無尽に飛び回りながら鋭い毒針を怪物へと打ち込んでいる。だが、残念ながら奴は純粋な生物ではない。致死量をはるかに超える毒を打ち込まれてもピンピンしていた。

「その中に本体がいる。そいつをやりな」

 かずらが妖艶な笑みを浮かべながら指を鳴らすと、彼女の後方から馬の頭を持った人外『馬頭』と牛の頭を持つ人外『牛頭』が歩み出てきた。彼らは持っている斧と棍棒を巧みに操り、怪物へと攻撃を仕掛ける。

 だが、怪物は無数に枝分かれした尻尾で彼らを食い止める。やられはしていないが、防戦一方になっている牛頭たちを見て、かずらが憎々しげに舌打ちした。

「あれは……マズイね。もっとウチの奴らを連れてくればよかった。せめて、土蜘蛛か牛鬼でもいれば……」

「泣き言は後だよ、後!」

 シュラが怒声を上げながらひたすら怪物の足を殴打している。彼女はすでに全身から血を流しているものの、攻撃を止めることはしない。鬼は耐久力に優れた種族ではあるが、あれは確実に無理をしている。

 シュラは時折赤い丸薬のようなものを飲んでいる。あれは、痛み止めの薬だ。彼女は痛みを無理やり押し込めているのだ。

「夏樹! ボサッとしてんな!」

 レジオの鋭い声がかかり、ハッと目を見開くと目と鼻の先まで例の怪物は迫っていた。俺は咄嗟に横っ飛びに跳躍した――その直後、先ほどまで俺がいた場所が弾けた。怪物は獰猛そうな唸り声を上げながら俺の方を見やる。

 この世の闇を全て集めてできたような怪物だ。以前見た時よりも怪物じみた姿をしている。その様は俺に『キメラ』を連想させた。複数の特徴を持つキメラはこの怪物を言い表すにはもってこいだ。

「とっととくたばれ!」

 レジオがキメラの顔面を鋭い爪でやたらめったら斬りまくる。だが、キメラは鬱陶しそうに彼の体を尻尾で弾いた。しかし、レジオも負けてはいない。空中で体勢を立て直し、壁を使って再び跳躍する。ワーウルフならではの立体的な攻撃だ。

「クソ……ッ!」

 俺も毒づきながら、地面に落ちていた血まみれの銃を手にして乱射する。当然ながら効果は薄い。むしろ、怒りを買っただけだ。奴はすさまじい勢いでこちらに駆けだしてくる。

 俺は銃を放り投げ、咄嗟に交代しようとするが――そこでようやく自分が壁を背にしていたことに気づく。だが、その時にはすでに遅い。

 キメラの巨大な手が俺めがけて振り下ろされていた。

 俺は衝撃に耐えるため、グッと目を瞑る。だが、いつまでたっても痛みは訪れない。おそるおそる目を見開いてみると、俺の眼前には血まみれのシュラが立っていた。彼女は吐血しながらもキメラの巨大な手を受け止めている。

「……よう。大丈夫かい?」

「シュラ……どうして?」

 その問いに、彼女はゲラゲラと笑う。

「決まってんだろぅ。酒飲み友達がいなくなったらさびしいから……さ!」

 シュラはグッと腰を落とし、一層腕に力を込めていく。だが、体がそれについていけておらず、傷口から血が絶え間なく噴出した。これ以上は、いくら人外でも危ない!

「やめろ、シュラ!」

「やだね!」

 彼女は俺の叫びを一蹴し、カッと目を見開いた。刹那、キメラの体がゆっくりと浮かび上がる。シュラは文字通り人外じみた力を発揮して奴を持ち上げていた。

「うぉらぁああああっ!」

 シュラは豪快にキメラを地面に叩きつける。舞う土煙と衝撃波から身を庇いながら、俺はシュラを無理矢理引き寄せた。そこでようやく、事の重大さに気づく。

 シュラの右腕は本来なら曲がらない方向に曲がっていた。けれど、彼女はけらけらと笑い続ける。

「あちゃ~……やっちまった。やっぱり、前線を退いて平和ボケしていたのが祟ったかねぇ?」

「……かもな」

 俺は黙って彼女を担ぎ上げる。おそらく、この場に人間がいても邪魔になるだけだろう。そう思っているのは俺だけではない。他の兵士たちも戦闘に参加するのを諦めて怪我人たちの救護にあたっている。

「あぁ……もっとやらせろよ」

「馬鹿! これ以上やったら死ぬぞ!」

「だな。でも、ここであいつを止めなくちゃウチの奴らだって危ないんだ」

 その言い分に、俺はハッとする。彼女にとって、同族は家族同然なのだ。この作戦に応じてくれたのも、身内に危険が及ぶのを未然に防ぐためだったという。

 だが……。

「だからって、お前が死んだら何にもならないだろう!」

「まぁ、そうだな。でもよ。あいつ、どうにかできるのかい?」

 シュラが折れ曲がった指でキメラを指さす。奴は依然として戦場を駆け回り、兵士たちを蹂躙している。レジオやかずらの姿も見て取れたが、二人とも消耗が激しい。そもそも、かずらに至っては戦闘を得意としていない。あいつの相手は荷が重すぎるだろう。

 指揮官であるユージアは難しそうな顔をしている。今回、俺たちは相当な準備をしてきた。来てくれた奴らも精鋭ぞろいだ。だが、全く歯が立っていない。

「……あいつ、本当に画霊か? 強すぎるだろぅよ……」

 シュラが掠れた声を漏らす。実際、その通りだ。

 画霊は基本的に戦闘能力を持たない。使役する獣たちも同様だ。だが、あのキメラに至っては異常なまでの強さを見せている。レジオだけならまだしも、彼と同等以上の人外十人以上を相手に大立ち回りを演じているのだから。

「……ありゃ、何かいるね。裏に、さ」

「もう喋るな! 安静にしてろ!」

 俺は何とか彼女を路地裏まで連れ帰り、壁を数回殴りつける。すると、虚空からある人物が顔を出してきた。

「これは……酷い有様だね」

「頼みますよ、田部さん」

 本来は探偵業を生業としている田部さんだが、その隠密性を買われて今回はサポートに回ってもらっている。彼女の能力を使えば、怪我人をここから安全に連れ出せるからだ。

 田部さんは未だ戦う意思を見せるシュラを抱き上げ、再び姿を消す。俺はクルリと後ろを見やって、グッと下唇を噛み締めた。

 やはり、戦況は芳しくない。いや、最悪だ。

 数十人いた兵士たちは数名ほどしかたっておらず、人外たちも疲労感を露わにしている。中には体力を使い切ってしまったのかぐったりと地面に横たわっている者までいるほどだ。

 このままでは……やられてしまうだろう。

 逃がせば、シュラの言う通り被害が拡大する恐れがある。絶対に止めなければいけない。なのに、力の差は歴然だ。

 一体、どうすれば……ッ!

「あらあら。ずいぶんとしけた顔をしていますのね」

 そんな時だった。ふと、聞き覚えのある寒気を覚えるような声が耳朶を打ったのは。

 ハッと顔を上げてみて、俺は息を呑む。眼前にいたのは、着物を着た妖艶な女性。その顔には、冷ややかな微笑が張りついている。

 俺は――この人をよく知っている。いや、忘れられるわけがないだろう。

「お久しぶりですね。夏樹さん」

「……どうも、志野さん」

 そう。彼女は以前、俺とピティが出会った人外だ。あの画霊と同じく、流れの人外である。彼女はつまらなそうに欠伸をしてから、奥の方に見える画霊に視線を移した。

「……あらあら。ずいぶんと無粋な輩がいますね」

「……あなたも、あいつの仲間なんですか?」

 その問いに、彼女は心底おかしそうに笑う。だが、目だけはまるで笑っておらず、俺の方をギロリと睨みつけてきた。

「まさか。そんなわけはないでしょう。ただ、少し訳ありですけど」

 彼女は俺を押しのけてその巨大な翼をはためかせながらキメラの方へと歩み寄る。突然の闖入者を見てか、その場にいる全員の動きが止まる。だが、キメラは彼女の恐ろしさを本能的に察知したのだろう。

 それまで戦っていた牛頭馬頭を放っておいて、彼女の元へと駆け寄っていく。その形相たるや、まさしく悪鬼のようだ。

 一方の志野さんは楽しげにクルクルと回り、ピタッと止まって右手をキメラの方へと向けた。

「無粋ですわよ。なりそこないが」

 そう、彼女が告げた直後だった。目もくらむような閃光が彼女の手から放たれ、路地一帯を埋め尽くしたのは。

「ぐ……ッ!」

 俺は光から目を庇いながら志野さんの方を見やる。すると、そこには彼女の姿しかなく、その足元には黒い水たまりのようなものができていた。

「ふふ、私ったら。ちょっとやり過ぎてしまいましたわ」

 志野さんは妖艶に笑い、俺の方へ向き直ってきた。息を呑み体を強張らせる俺をよそに、彼女は微笑を湛えつつ告げる。

「夏樹さん。一つ、あなたにいいことを教えてあげましょう。私たち人外がどうやって生まれるか、あなたはご存知ですか?」

「……人間と同じだろう」

「いいえ。違います。私たち人外はこの世界ができた時からいたわけではありません。もしいたならば、人間ではなく人外の天下となっているでしょう。私たち人外は――人の言霊によって生まれた存在ですわ。あの小憎らしいトカゲ娘のように人間から変異する例もいます。つまり、人間がいて、そこから生み出された化生が私たち――というわけです」

 彼女は一拍置いて、ゾッとするほど美しい笑みを浮かべた。

「都市伝説、というのをご存知でしょう。人外が生まれるのは、ああいったものからでもあるのです。そして、それらは日々新たなものが作られている。つまり……」

「……あの画霊のような何かは、その産物だとでも言うのか?」

「それは伏せておきましょう。直にわかりますから。それでは、ごきげんよう」

 志野さんは最後にぺこりと頭を下げて、翼を広げ空へと飛び去っていった。俺はその後ろ姿を見送りながら、ごくりと息を呑みこむ。

 今の話が本当ならば、大変なことだ。あれより危険な人外が生み出されたとしたら……考えるだけでゾッとする。

 俺は壁を殴りつけ、グッと下唇を噛む。何とも言いようのない感情が胸の奥でぐるぐると渦巻いていた。


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