六十三話目~クイーンビーの指揮官さん~
空に月が上るころ、俺とレジオは廃校となった学校のグラウンドへと集められていた。周囲には戦闘服に身を包んだ人外と兵士たちが見える。全員、画霊の討伐に参加する者たちだ。
「今日はいい調子だな。雪辱を晴らしてやる」
レジオが獰猛な唸り声を上げる。今日は半月だ。満月とはいかないまでも、月光の補助がある。だから、以前のような不完全変身にはならないはずだ。多少なりとも補正が入り、身体能力が向上する。
「にしても、ずいぶん集められたもんだな」
レジオが感心したように言う。もちろん人間の兵士たちも多いが、人外が何より多いのだ。パッと見ただけでも、二十人はいる。ここまで集まるのははっきり言って異常だ。いや、それだけ今回のターゲットが危険であるということだが。
「や~大変そうだねぇ。カッカッカッ!」
「うんうん。でもまぁ、何とかなるでしょう」
聞き慣れた声が耳朶を打つ。チラリと見れば、酒呑童子のシュラとぬらりひょんのかずらが話し込んでいる。ここにはかずらが連れてきた配下の人外たちもいるが、誰も彼も屈強そうな肉体をしていた。
「静粛に」
ふと、静かな声が辺りに響き渡る。何事かと前を見てみると、そこには長身の女性――おそらく『クイーンビー』族だと思われる女性が立っていた。彼女は軍服に身を包んでおり、複眼をもって厳しい視線を向けてくる。
「改めて。今回、指揮を取らせてもらうユージアです。あなた方のことはよく知りません。が、目的を同じくする者同士、力を合わせましょう」
彼女は言い終えるや否や、四本の腕を上に掲げた。
「まず、今回は四班に分かれます。主力部隊。偵察部隊。陽動部隊。遊撃部隊。以上です。人間の兵士の皆さんは偵察と陽動をお願いします。人外の方々は、それぞれの部隊に少数ずつ配備されますので、ご了承ください。それでは、今からバッヂを配りますので、その色ごとに分かれてください」
その言葉を受け、近くにいたスーツ姿の男たちが俺たちにバッヂを配ってくれる。俺に渡されたのは、青色のバッヂだ。レジオも俺と同じものを持っている。
一方、シュラは赤色。かずらは黄色だった。
「赤が主力部隊。青が偵察部隊。黄色が陽動部隊。緑が遊撃部隊です。すぐに分かれて、出発しましょう」
言うが否や、彼女は背中に生えている羽を羽ばたかせて空へと舞いあがっていく。俺は彼女を見送った後で、近くにいた青色のバッヂを持つ者たちと合流する。
「さて、行きましょうか」
その中にいた夢魔族と思わしき女性が呟き、俺たちはしっかりと頷き合う。この部隊にいる人外は、偵察に向くように飛行能力や機動力を兼ね備えた者ばかりだ。その中でも特にレジオは能力的に向いている。
「ついて来い。こっちだ。野郎の匂いは覚えてる」
一度相対した時、すでに匂いを覚えていたらしい。彼は迷いのない足取りで路地を通っていく。その間も、俺たちは周囲への警戒を忘れない。念のため持ってきた新品の警棒を持ちながら、俺はごくりと息を呑んだ。
「……余裕だな。あの場所から一歩も動いていやしねえ。そのくせ、匂いだけは強まってやがる。殺しまくってるな」
レジオが憎々しげに言う。そんな中、上空からは鳥や虫の羽ばたきが聞こえてきた。上空からも偵察を行っているらしい。後方から続く主力部隊は体格が大きく路地は通り辛いのか、ビルの屋上を移動しているのが見えた。
「気を引き締めとけよ、夏樹。お前は死ねねえんだからな」
「お前もだろう。レジオ」
「まぁな。ボスから蹴りを喰らいたくねえしな」
彼はカラッと笑い、スマホを開く。そろそろ近くなってきているのだろう。戦闘態勢に入りつつある彼を押しのけ、俺は先頭を歩いた。
が、素人の俺にもわかるほど空気がよどんでいる。何か、見えない何かが潜んでいるようだ。事実、一寸先は闇という言葉通り視界は黒で埋め尽くされている。
本能的な恐怖を感じてか、膝ががくがくと震え始める。気のせいか、寒気までしてきた。警棒を持つ手に力が入らなくなってくる。呼吸も荒くなって、視界も狭く……。
「おい、しっかりしろ。穢れを浴びたか」
レジオの声にハッとする。彼は俺を笑うでもなく、ただただ不安そうにしていた。
「人間は耐性がねえからな。他の奴らも気をつけろよ。まともに浴びると精神を汚染されるからな」
レジオは俺を庇うように立ち、ポケットから取り出した丸薬を渡してくれる。薬剤師が調合した特殊な丸薬で、精神の安定を図るものだ。俺はそれを一息に飲みこみ、大きくため息をつく。
「すまない。助かった」
「気にすんな。それより、見ろよ」
レジオが前方を指さす。と、そこで闇が蠢いていた。
いや、違う。闇ではない。闇に紛れた黒い獣たちだ。地面や壁に張り付いており、俺たちの方を睨みながら獰猛な唸りを上げている。
「てめえら! 覚悟決めろ!」
レジオは拳をパンッと打ち合わせ、声を張り上げる。
刹那、黒の大群が俺たちめがけて殺到してきた。




