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六十三話目~エルフのお偉いさん~

 画霊と対峙した翌日。俺とレジオはとあるビルの一室へと招かれていた。裏口を通って最上階へと向かいながら、隣にいるレジオは苛立たしげに煙草を咥える。

「煙草、やめたんじゃなかったのか?」

「るせえ。ほっとけ」

「どちらにしてもやめてくれ。密室で吸われるのは勘弁だ」

 レジオは小さく舌打ちしながらも煙草を握りつぶす。俺の記憶が確かならこいつは数年前に煙草をキッパリとやめたはずだったが、それを再開しようと思い始めるほど苛立っているらしい。

 気持ちは痛いほどにわかる。だが、だからといってそれは間違った解決の仕方だ。大事なのは、これからどうするかである。それをこれから話すのだから。

 数秒ほどして、チーンッというチープな電子音が鳴り響く。それから間もなくしてエレベーターの扉が開き、俺たちは外へと歩み出る。前方には木製の豪華そうな扉が控えている。あそこの奥にはもうお偉いさんたちが揃っているだろう。俺はスーツの襟を正した。

「相変わらずだな。お前のその癖」

「しょうがないだろう。もう染みついてんだから」

 レジオはわずかながら微笑を浮かべてみせる。その後で、キッと眼光を強めた。ようやくスイッチが入ったらしい。俺は扉に手を開け、ゆっくりと開く。

 すると、その奥にいたお偉いさんたちがこちらに視線を寄越してくる。彼らの中には人間も人外も存在している。ここに集められたのは、対人外犯罪の関係者だ。無論、俺の上司も顔を連ねている。無精ひげを生やした彼はこんな時にも笑顔を絶やさず、こちらに向かって手を振ってくる。だが、目だけはまるで笑っていない。相当頭に来ているのだろう。そう感じ取ることができた。

「失礼します。人外対策コーディネーターの四宮夏樹です」

「同じく、レジオ・ボーネンベルグ」

「よろしい。よく来てくれた」

 俺たちの眼前に座っているひげを生やした初老の男性と、長い耳を持つ男性――彼は『エルフ』族の生まれである。この二人が、組織のトップだ。彼らは互いに穏やかな笑みを浮かべながら俺たちを見やっている。

「それで、君たちが掴んだ情報の開示を頼みたい」

 初老の男性が言う。その言葉に俺は頷き、一歩前へと歩み出た。

「首謀者は画霊の老人。曰く、リアリティの追求のために生物を殺しているのだとか」

「いかにもやりそうなことだね。僕たちが言えた義理じゃないけど」

 エルフ族の男性が肩を竦めながら言う。彼は俺よりもずっと年上のはずなのに十代の美貌を保っている。そんな彼は目を細めながら、今度はレジオに語りかけた。

「君は交戦したようだけど、どうだったかな?」

「……ハッキリ言って、強いです。まるで歯が立ちませんでした」

「なるほど。援軍を退避させたのもそのせいかい?」

「はい。悪いですが、こいつ……いえ、四宮が呼んだ援軍のほとんどは人間です。おそらく、人外でなければ対策には向かないかと」

 その判断は正しい。本調子ではなかったとはいえ、戦闘経験もあってかなりの実力者であるレジオでさえ勝てなかったのだ。ただの人間たちでは一方的に殺される可能性だってありうる。

「ふむ。なるほど。では、どんな編成がいいと思うかね? 四宮さん」

 初老の方――俺のボスが声をかけてくる。俺は数拍間をおいてから、静かに答えた。

「画霊は紙が尽きるまで……いや、地面にも絵を描けることを考慮すれば、持久戦は避けるべきでしょう。短期で攻めるべきです。ですので、攻撃力に長けた人外を派遣するのがよいかと」

「俺も同意見です。少なくともオーガ……いや、巨人クラスのパワーがあればなおいい。それと、小技を使える奴らがいれば戦略に幅が出るかと」

「貴重な意見をありがとう。ただ、うちも人材不足でね。期待に添う人外は見つけられそうにない」

 エルフが肩を竦めながら言う。それはわかっている。だが、見過ごせばどうなるかはわからない。とにかく、何かしらの手を打たなければ。

「私としては、奇襲をかけられれば一番だと思うがね」

 ボスの言を、数名の人外たちが笑った。まるで「そんな卑怯なことは臆病者のすることだ」とでも言わんばかりに。それがわかっているのか、ボスは元々鋭い眼光をさらに強めた。

「奇襲の何が悪い? 幸い、こっちにはレジオ君のように追跡能力に長けるものがいる。考えられる限り最善だと思うが」

「私もだよ、久慈翁くじおう。奇襲には大賛成だ。笑った者たちは、もっといい案があるのかな?」

 エルフの言葉に場がしぃんと静まり返る。彼の言葉は穏やかだが、秘めたる迫力があった。

「賛同してくれてありがとう。イレンタルさん。さて、だがここで一つ問題が出てくる。奇襲するとすれば、巨人やオーガは向かないということだ」

「ですね。彼らは力はあるが鈍重だ。かと言って、決定打に欠ける編成になっては元も子もない」

 エルフの男性――イレンタルはそう呟く。ボスも難しい顔になって机をコツコツと指で叩いていた。

「画霊の弱点はないのかい?」

 イレンタルの言葉に、俺は首を振る。

「対峙した際、そのようなものは見られませんでした」

「俺もです。術者であるあいつを倒せばいいんですが、そもそも守りが固すぎる」

 俺たちの言葉に室内は一斉に静まり返る。けれど、そんな中でイレンタルさんだけが手を上げた。

「ふむ。術者を倒せば消える類の能力か。それだけわかれば十分かもね」

 エルフは人外の中でも特に知力に秀でた種族だ。彼なら、何かしらの打開策を見出してくれるかもしれない。

「ともかく、だ。君たちに問いたい。これからも調査に参加するか、否かを」

「参加します」

「もちろん。決まってるぜ」

 ボスの言葉に即答した。続けて、レジオも好戦的な笑みを浮かべながら答えた。それを受け、ボスはニッと口角を吊り上げてみせる。

「それでこそ、だ。さて、では四宮君」

「はい」

「君はまず近隣の人外たちにこのことを知らせたまえ。遭遇して戦闘になったら、彼らの命が危ない」

「承知しました」

「レジオ君もだ。君も自分の担当地域にいったん戻りなさい。同時に、準備も整えてくるといい」

「わかりました」

 と、ボスの命を受けたところで、イレンタルさんがそっと胸を撫で下ろした。

「……とりあえず、現状は画霊の逮捕が最優先ですね。まだ動物に留まっているが、いずれは人間や人外にも手を出すかもしれない。早めに捕まえるのが得策でしょうね」

「しかし、編成は?」

「ご安心を。すでに考えてあります」

 彼はそう言って自分の額を叩き、ゆっくりと静かな口調で説明を開始する。

「編成としては、混成部隊がよいかと。人間と人外の。ただし、人外が前衛で人間は後衛だ。それに、警察やその他の組織にも声をかけておきましょう。これはもはや、ここだけで済む問題ではない。そこの二人は仕事柄、コネクションはたくさんあるでしょう。なら、それを活用して人材を集めなさい。実力や能力を考慮して」

「承知しました」

「了解」

「ただし、その時に注意してほしいのが、できるだけ事を荒立てないこと。ごく内密に。下手な情報を流して不安感をあおるような真似は好みませんから」

「……だ、そうだ。画霊の討伐は明後日の深夜に行う。できるだけ身辺の整理をしておきたまえ。何があるかわからないのだからね」

 イレンタルさんの言葉にボスが重ねる。そうして、ようやく会議が終ろうとした時、手を上げるものがひとり。俺の上司だ。彼は無精ひげを撫でさすりながら、イレンタルさんたちに視線を向ける。

「あ~……すいません。一つだけ、いいですか? 上司として、あいつらに俺からも命令を」

「どうぞ」

 イレンタルさんから促され、彼は俺たちの方を見やって真剣そうな眼差しをもって告げた。

「お前らに重大な任務をやる。絶対に死ぬな。死んだら減給だ。それと、地獄の果てまで追い回してケツ蹴りまくってやるから覚悟しとけ……以上です」

 彼は口元を不敵に歪めながら言ってみせる。

 あぁ、言われなくてもわかっている。

 少なくとも、今の俺には帰る場所があるのだから。


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