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六十一話目~ワーウルフの捜査官さん~

 暗く、静かな夜道。月は雲に隠され、灯りを届けてはくれない。かろうじてチカチカと点滅する街灯によって道は照らされている。けれど、それだけでは心もとない。

 俺は念のため持ってきていたライターをつける。それを見ていた俺の隣にいる巨漢の男性はニッと口角を吊り上げた。

「ふん。そんな灯りでどうかなるかよ」

「まぁね。俺にはあんたみたいな鼻もないもんで」

 俺は彼に皮肉げな笑みを返す。それを受け彼――レジオは口元を不気味に歪めた。

「だろうな。人間ってのは非力でいけねえ」

「その分、知恵で補っているけどな」

 互いに皮肉を言い合う俺たち。レジオは俺の旧友だ。俺が人外対策のコーディネーターなら、レジオは人間向けのコーディネーターだ。仕事としては、人外の世界に入ろうとする人間たちのサポートをしているらしい。やっていることは違うが、昔はチームを組んでいたこともあった仲である。

 そんな彼は、鼻をひくひくと動かし眉根を寄せる。

「さて、冗談はここまでだ。行くぞ。夏樹」

「あぁ。わかるのか?」

「誰に言ってやがる。今もぷんぷん匂ってくるぜ……穢れの匂いがな」

 レジオは『ワーウルフ』族であり、嗅覚は俺たち人間の数兆倍はある。彼がここに呼ばれたのも、その能力を使って調査を行うためだ。

「で? どうだよ。協力者から連絡は?」

「さっき入った。とりあえず、人払いは済ませたようだよ。それに、別の協力者も追跡を行っているらしい。今のところは無事だそうだ」

 協力者というのは人外に関係する者たちばかりである。以前俺が出会った者たちも協力を申し出てくれている。こればかりは、感謝するしかないだろう。

「にしても、変わったな、お前。表情が柔らかくなったっつうか」

 歩きながらレジオが言う。確かに、彼が知っている頃の俺とはずいぶん違うだろう。この仕事を始めた時は思い通りにならない現実に四苦八苦していたのだから。

「ま、色々あったんだよ。たまには遊びに来い。リリィも会いたがってる。それに、俺の娘もな」

「はぁ!? お前、ガキ作ったのかよ!?」

「極秘任務だぞ。声を押さえろよ。それに、あの子は俺の本当の子じゃない。養子だ」

「……なるほどな。例のスライムか」

 レジオはガシガシと銀髪を掻き毟りながら呟いた。こういううっかりしたところは変わらない。脳筋はこれだから困る。

「ま、いいんじゃねえの? お前が満足してんなら。それより、今回のターゲットは?」

「何とも。よくわからん。不確実だ。ただ、裏で何かをしているのは確かだがな」

「一応他のコーディネーターにも聞いてみたが、流れの奴らはそもそも裏で動いているからな。仕方ねえか」

 レジオが苛立ったように舌打ちする。俺もそれには同意見だ。

 流れの人外とは、特定の地に留まることがない人外である。だから、住所登録もしていないので足跡をたどることすらできない。こればかりは、まだ法の整備が不十分だと言わざるを得ないだろう。

「悲観しても仕方ないさ。とりあえず、行こう」

「ああ。ついてこい」

 レジオが俺を先導していく。その間も、周囲に気を配ることを忘れない。闇に紛れて襲ってこられる可能性も無きにしも非ずだからだ。

 闇が支配する世界では距離感も時間間隔も奪われてしまう。あてのない道を行くのは相当精神に来るものだ。徐々に足に乳酸が溜まってきた。その時だった。

「止まれ」

 レジオが制止の声を上げたのは。彼はこれまでに見たことがないくらい真剣な顔になっている。その両手はぴくぴくと動き、臨戦態勢に入る直前だった。

 俺もすかさず胸元から護身用の警棒を取り出す。ないよりはマシだ。人外には対抗できるとは思えないが。

「夏樹。ちょっと時間稼げ。俺の変身までな」

 そう、レジオが告げた直後、ふと前方から何かが襲ってきた。黒い、犬の姿をした獣だった。

 俺は咄嗟にレジオの前に躍り出て、警棒で奴の横っ面を叩く。その衝撃で吹き飛ぶ奴を横目で見ながら、レジオに問いかけた。

「あいつは、なんだ!」

「知るか。ただ、人外じゃねえ。けど、ただの獣でもねえ」

「この役立たず!」

 俺は悪態をつきながら再び向かってくる獣を打ちのめす。確かに、感触が変だ。肉の感触ではない。ぐにゃりとしていて、まるで手ごたえが感じられない。それを示すかのように、その獣は何度でも立ち上がって向かってきた。

 次第に警棒の方にガタが来た。傷が入っていき、先端は軽く曲がっている。

 このままでは……。

「よし、どいてろ」

 と、内心で毒づいたその時だった。

 二足歩行の狼となったレジオが俺を押しのけて前に出たのは。

「ウォオオオオオオオオオオッ!」

 彼は大地を震わさんばかりの方向を上げ、眼前の獣を見やった。おそらく、奴には感情という概念すらないのだろう。まるで怯んだ様子すらない獣は、レジオ目がけて一直線に駆けてきた。

「ほいっと」

 が、レジオは獣の頭部を容易くつかみ、天高く持ち上げた。その直後。

「おらっ!」

 すさまじい勢いで地面に叩きつける。獣はしばらく四肢を痙攣させていたが、数秒ほどすると完全に動きを止め、霧散した。

「あ? 消えちまったぞ」

「たぶん、人外の能力だろうな。全く、厄介なことこの上ない」

「同感だ……っと」

 レジオはグッと背伸びをしてみせ、変身を解除してみせる。再び人間の姿に戻った枯葉、俺の肩にポンと手を置いた。

「行くぞ。穢れの匂いが遠ざかっていく。早めに行った方がいい」

「あぁ。頼む」

 俺は先ほどの獣がいた場所を一瞥して先へと進んでいく。レジオが言う通り、穢れというものは確かに充満しているんだろう。俺も、人間の身でありながらそれを実感することができた。


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