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五十九話目~河童の掃除屋さん~

 季節は冬へと変わり、すでに肌寒い風が吹いている。木々は葉のない枝を揺らし、地面では散った枯葉が舞っている。俺はポケットに入れたカイロを握りしめながら川辺へと向かっている。

 別に泳ごうというわけではない。確かに水中はそこまで温度の上下がないが、ただの人間である俺が泳げば風邪をひくことは必至である。それは避けなければならないことだ。

 ややスーツの襟を立て寒さに対して微弱ながらも抵抗を試みる。大して効果はないが、しないよりはずっとましだ。俺はなるべく早く用事を済ませようと足を速める。

 幸い、川辺まではそう遠くない。あっという間に視界に映る距離までやってきた。耳を澄ませてみれば、誰かの話し声が聞こえる。おそらく、すでに誰かがいるのだろう。やや小走りになりながらそちらへと向かう。

「おい! 手伝ってくれ!」

 徐々に声が大きくなってきた。どうやら、彼らはもう作業を開始しているようだ。

 俺は川辺まで来るや否や、一旦足を止めてゆるやかに流れる川を見やる。そこには、緑色をした人型の生物が数名立って何やら話し込んでいた。

「だからそれは……ん? あ、夏樹の旦那!」

 こちらに気づいたのか、リーダー格と思われる人物――『河童』族のガタロワが手を振ってくる。それにつられてか、彼の傍にいた者たちも俺に向かって満面の笑みを向けてくれる。

「お疲れ。ずいぶん頑張ってるみたいだな」

「そりゃあ、もちろん! 自分たちの住処は自分たちで守らなきゃ!」

 ガタロワは熱い胸板をドンと叩く。彼の緑色の肌は濡れてつやつやと輝き、頭頂部の皿も太陽の光を反射している。その背に背負った甲羅は傷だらけだったが、そこからにじみ出る哀愁のようなものがあった。

「ところで、今日はこれだけか?」

「へい。なにせ、最近はちょいと物騒ですから」

 ガタロワは肩を竦めながらそう告げる。その言い草に、俺はわずかに眉根を寄せた。

「物騒? もしかして、何かあったのか?」

「いや、特にウチの身内が被害にあったわけじゃねえんですが……おい、おめえら! ちょっと作業してろ! 俺は旦那と話してくる!」

 ガタロワは配下の河童たちに怒鳴りつける。彼はこの地一帯のボスだ。曰く、河童の中ではそれなりに高位の存在らしい。なんでも、かつては神童とも呼ばれていたとか。

 そんな彼は川から上がり、俺の元まで歩いてくる。彼は今までに見たことがないくらい真剣そうな顔になって、ゆっくりと口を開いた。

「……実は、最近川の様子が変なんでさぁ」

「変? いや……いつも通り綺麗に見えるが」

 俺はチラリと川を見やる。確かにゴミこそ時折流れてくるが、それでも綺麗な川だ。水は澄んでいるし、生き物もたくさん住んでいる。今も、川の中央辺りでは複数の鯉たちが隊列を組んで遊泳していた。

 けれど、ガタロワはフルフルと首を振る。

「旦那は人間ですから、わからないでしょう。けど、俺たちにはわかるんでさぁ。あの川には、穢れがある」

「穢れ?」

 ガタロワは神妙そうな顔つきで頷き、そっと俺に耳打ちしてきた。

「穢れってのは、生物が死んだときに出るものです。まぁ、自然界には一定数存在するんですが、今回は異常なんでさ。なにせ、川が持つ自浄作用を超えて穢れが流れてきている」

「……つまり、どこかで殺人が起こっている、とか?」

「そうまでは言いやせん。ただ、実際にこの近辺でも魚が大量に変死している。人数を少なくしてるのは、そのため……弱い河童じゃ、穢れに負けちまう。女子供なんざ、あっという間にお陀仏だ」

「じゃあ、他の奴らは?」

「今は、内地の池に非難してやす。あそこは川と繋がっていないから、比較的安全なんでさ」

 彼の言葉に俺は深く頷く。確かに、ここ最近は変なことが多く起きている。

 例の迷い家のこともそうだし、少し前には流れの人外たちが多数やってきていた。これと無関係、とは少しばかり考えにくい。もしかしたら、彼らはここに非難してきたのだろうか?

 ……いや、その線は考えにくい。もしそうであるなら、別のコーディネーターから連絡が入るだろう。それがないということはつまり……。

「旦那」

 と、俺の思考を遮るようにガタロワが言う。彼は川の方をビッと親指で指した。

「とりあえず、俺たちはあっちを何とかしますが、旦那には他の人外たちに呼びかけてほしい。間違いなく、何か変なことが起ころうとしている、と」

「……わかった。とりあえず、川の件についても専門の業者を呼んでみる。なるべく首は突っ込まないように。万が一、ってことがあるからな」

「へぇ。そりゃあ、もう。ただ一つだけ助言を。穢れは川上の方から流れてきている。そっちを調べることをお勧めしやすぜ」

 俺はガタロワの言葉にしっかりと首肯を返す。ともかく、今はこの現状を何とかしなければ。

 以前として冷たい風が吹きすさぶ。ひゅうひゅうと、風を切るような不気味な異音を立てながら通り過ぎていくそれは、何かの前触れのようにも感じられた。


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