第六話~グールの保母さん~
眼前に見えるのは、元気な子供たち。彼らは皆楽しげに走り回っている。別に小児性愛者というわけではない。今日、会うべき人外がここで働いているからだ。
俺は少しだけ視線を右に移動させる。そこでは、褐色の肌をした赤髪の女性が子どもたちと遊んでいるのが見てとれた。
彼女が『グール』のイデアだ。グール族の女性はグーラとも呼ばれ、子どもをあやすこともあるという。彼女はまさにその代表格のようなもので、子どもが大好きな人なのだ。日本に来て以来、ずっとこの保育園で働いている。
イデアは子どもたちとしばらく追いかけっこをした後で、円の外にいる俺の方へとやってきた。彼女は額に浮かんだ汗を服の袖で拭いながら、朗らかな笑みを浮かべてみせる。
「こんにちは、夏樹さん」
「どうも。イデアさん。相変わらず忙しそうですね」
「えぇ。でも、嬉しい悲鳴という奴ですよ。子どもたちが元気なら、私はそれでいいんです」
グーラは人外の中でも特に母性が強いとされている。妖怪や人外の中には子どもを育てる者もいると言うが、グーラはその傾向が強いそうなのだ。
イデアはふっと口元を緩め、手招きをしてみせる。
「よかったら、中で涼んでいきませんか?」
「いや、ここで大丈夫です。もう、用事も大体済んだようなものなので」
彼女は見る限り幸せそうにやっている。来た当初は言葉も伝わらず困っていた節があったが、子どもたちと触れ合っているうちにいつの間にか日本語も流暢に喋られるようになり、今では子どもたちの親からの評判もうなぎのぼりらしい。
人外に対して、まだ偏見があるのも事実だが、子どもたちはそういった小難しいことをよく知らない。だから、イデアにも分け隔てなく接してくれたらしいのだ。それが結果的に、人外と人を繋ぐ架け橋になったと言っても過言ではない。子どもたちの話を聞いて、保護者たちも懐疑心を取り払ったそうだ。
イデアは頬に手を添えながら、わずかに目を細めた。
「夏樹さんは、最近どうですか? 疲れていませんか?」
「疲れてますよ。でも、やりがいのある仕事なので辞める気はありません」
この仕事は存外気に入っている。人外は面白い奴が多いし、飽きないのだ。会うたびに面白い話を聞くことができる。
イデアは小さく頷き、それからそっと口を開いた。
「私も同じです。やっぱり、子どもはいいですね。温かくて、小さくて、純粋で」
「ですね。そう思います。保母さんはそんな子どもたちの未来を作ってあげられる、いいお仕事だと思っていますよ」
「ふふ、褒めても何も出ませんよ?」
彼女はクスクスと無邪気に笑ってみせる。曰く、俺よりも年上であるそうだが仕草からか幼く見えてしまう。
イデアは小悪魔的な笑みを浮かべたまま、俺の方に体を寄せてきた。
「ところで、夏樹さん。リリィさんとはどうなんです?」
「別に、どうってことはありませんよ? 仲良くやっていますし……」
俺の言葉に、イデアさんは「やれやれ」といった調子で首を振った。
「違いますよ。仲は進展したんですか?」
「また、それですか」
彼女はこういった色恋沙汰に目がなく、いつもこんなことを聞いてくる。確かにリリィは美人だが、あくまでルームメイト的な意味合いが強い。メイドという立場からか、あいつも俺の生活に過度な干渉はしてこない。オフの日でも、その関係は同じだ。
イデアは、またしても俺の言葉に嘆息した。
「リリィさんも大変ですね……まぁ、お子さんが生まれたら是非ウチの保育園にどうぞ」
「そういうイデアさんはどうなんです? 気になる人とかはいないんですか?」
俺の言葉に、イデアは心底おかしそうに笑い、自分の下腹部を押さえた。
「気になる人はいますよ。でも、私と結婚してくれるかは別です。だって私は……人外ですから。子どもも産めませんしね」
そうなのだ。グーラはアンデッドと同じタイプの種族である。つまりは、肉体がほぼ死んでいるのだ。だから、子どもを宿せない。特殊な儀式を行うことでしか、無理なのだ。
無遠慮な質問であったことを今さらになって後悔しながら、俺は頭を下げた。
「……すいません。出過ぎたことを」
「いえいえ、私こそ。それに、夏樹さん」
彼女は、そこで嬉しそうに両手を羽のように広げてみせた。
「私は子どもを宿せません。が、この保育園にいる限り、子どもたちは私の子どものようなものです。違いますか?」
「……えぇ、そうですね」
きっと、彼女はこれからもここで働いていくだろう。そして、多くの子どもたちを送り出していくに違いない。
願わくば、彼女の子どもたちがこれからもまっすぐに育ってくれるように。