五十二話目~バンシーのアイドルさん~
「私、これからどうなるんでしょう……」
俺の眼前に座る少女がぽつりと呟く。中学生ほどのややあどけなさを残す子だ。彼女はアイドルが着るような服を着てちょこんと椅子に座っている。そんな彼女の横には眼鏡をかけた優男が立っていた。彼も彼女と同様に不安げな表情を作っている。
この状況を見てもらえばわかると思うが、俺の依頼人はこの二人だ。しかし、本来ならば俺の正式な管轄内にいる人たちではない。
実を言うと、彼女たちはこの街に巡業でやっていたアイドルとそのマネージャーなのだ。ゲリラライブというのを行っていたところ、ある事件を起こしてしまったのだ。
俺はやや目を細めながら少女を見やる。ピンク色の髪に、驚くほど白い肌。驚きなのは、これが作り物ではなく彼女の自前だということだ。
彼女は『バンシー』族のアイドル――エイトワースだ。バンシーとは、大声で泣き叫び相手を死に追いやるという能力を持っているのだが、彼女の場合は少し違う。まだ子どもということもあってかその能力はまだ弱く、せいぜい気絶させる程度の力しか持っていない。だが、それを行使してしまったのが問題なのだ。
「……すいません。私が調子に乗ったばかりに……」
「いやいや、そんなことはないよ。トワはよくやってくれたさ」
マネージャーが咄嗟のフォローを入れる。トワ、というのは彼女の愛称だろう。その温かな言葉を受けてか、彼女の表情がわずかに和らいだ。けれど、その瞳にはまだ悲壮な色が浮かんでいる。
聞いたところによると、ライブ中にテンションが上がって声を張り上げたところ、その声を聞いた人たちが数名ほどだが倒れてしまったらしいのだ。つまり、能力に当てられたのである。
別段これは珍しい事態ではない。人外が人間と違う能力を持っているのは周知の事実だし、不可抗力とはいえそれの巻き添えを喰らうことはある。俺もそれはキチンと説明したのだが、彼女はしょんぼりと肩を落としたままだった。
外傷はないとはいえ、人を傷つけてしまったわけだからそれも当然と言えばそうなのだが、いかんせん気にし過ぎだと思ってしまう。これは、俺が職業柄そういったケースを見慣れているからかもしれない。
「芸能界、引退ですかね?」
マネージャーがびくびくと問いかけてくる。彼が息を呑んで見守る中、俺は静かに首を振った。
「大丈夫ですよ。今回は被害も軽微でしたし、トワさんだってまだ子どもです。能力を誤って行使したことは確かに問題ですが、そこまで厳しい処分はないと思いますよ?」
「ファンの方々は大丈夫だったんですか?」
その時、これまで黙り込んでいたトワさんが口を挟む。彼女は酷く辛そうにしており、その美しい顔は歪んでいた。そんな彼女を安心させるべく、俺はしっかりと頷いてやる。
「もちろん。全員無事ですよ。能力を喰らった自覚はないみたいで、ライブ中に興奮しただけ、と言ってるらしいです」
これは先ほどクーラから聞いたことだ。ファンの人たちはクーラが勤めている病院に搬送されたらしく、そこで精密な検査を受けたところ、元々ライブで興奮していたり、徹夜明けで疲労していたりと健康状態において万全というわけではなかったそうだ。こういった人たちほど、能力に当てられやすい。バンシーの叫びは抵抗力が弱いものほどその効果は増すのだから。
トワさんは胸を撫で下ろしつつ、瞑目した。
「……よかった。でも、いつか謝罪に行かなくちゃいけませんね。今度、病院に寄りたいので住所を教えてくれませんか?」
「もちろん。どうぞ」
万が一のことを考えてクーラたちの病院の住所などはメモに書いてある。俺はそれを彼女たちに見せてやり、二の句を継げた。
「とりあえず、上からの報告待ちです。それまで、あまり勝手な行動はなさらないように」
俺はここで一拍置き、わずかに声のトーンを落として告げた。
「それと、ゲリラライブなどはもってのほかです。ご存知でしょうが、人外というのはまだ世間では全面的に受け入れられたわけではありません。そんな時に問題を起こしては、他の方々にも迷惑がかかりますし、こちらとしてもその問題の対応に困ってしまいます。今度からは、あらかじめ連絡を」
我ながら、珍しくコーディネーターらしいことを言っていると思う。ここ数日はグリの子守が主だったからなぁ……。
「本当にすいませんでした。以後、気を付けます」
トワさんがぺこりと頭を下げる。年齢に似合わずしっかりとした子だ。だとすれば、あのゲリラライブはマネージャーの意向か。まぁ、気持ちはわからなくでもない。最近は人外のアーティストなども出てきているので差別化を図りたかったのだろう。それで気がはやったと言われたある種納得できそうだ。
俺は今一度二人を睨みつけて強い口調で言い放った。
「今回は幸いにも死者がいなかったので大目に見ます。でも、自覚してください。勝手な行動をしては、アイドルを続けることすらできなくなる、と」
「……すいませんでした」
「本当に、申し訳ありませんでした」
同時に頭を下げてくるトワさんとマネージャー。俺はしばらく彼らを睨みつけた後で、ニッと口角を吊り上げた。
「ただ、お客からの評判は良かったようですね。ですので、次に来るときは私に是非連絡を。色々と調整しますから」
「あ、ありがとうございます!」
トワさんは一瞬だけ呆けた表情を作った後でぺこりと頭を下げてきた。これまでは厳しい表情を作っていた俺がこんなことを言うと思わなかったのだろう。ていうか、普段はいつもこんな感じだと思う。今回は人命がかかっていたかもしれないので厳しめに言っただけなのだ。
俺は二人に笑みを向けながら名刺を渡――そうとしてあることに気づく。その名刺に、何やらクレヨンで書いたと思わしき落書きが描いてあったからだ。
これをやった犯人はもうわかっている。グリだ。彼女は最近お絵描きにハマっており、隙あらば壁や服にまで描いてくる。その余波を受けたのだろう。名刺はほとんど判別できないほど塗りつぶされていた。
おそるおそる眼前の二人を見ると、互いにポカンと口を開けていた。これまで偉そうな態度を取っていた俺がこんなものを出してきたからだろう。俺は顔を真っ赤にしながら別の名刺を取り出して彼女たちに渡す。
気のせいか、先ほどよりも軟化した視線を向けられているような気がした。




