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第五話~薬屋のラミアさん~

 空が赤く染まるころ、俺はまたしてもある人物の元へと向かっていた。すでに人だかりは少なくなってきており、学校帰りの高校生や会社終わりの会社員なども見られる。

 基本的にコーディネーターは相手方の時間に合わせるので、普通の勤務体系とは違う。人外に会いに行く時間以外にも資料をまとめたりしなくてはいけないし、ヘルプに出なければいけない時もある。存外大変なのだ。

 俺は嘆息しながら前方を見やる。夕焼けに照らされる道は幻想的で、どこか不気味だ。俺の影は異常に伸びており、まるで巨人のようである。子どものころはこのように長いものが怖かった時期がある。まぁ、今はそれは治っているが。

「あれ? 夏樹さんじゃないですか?」

 ふと、そんな声が聞こえてくる。見れば、俺の眼前には一人の女性が立っていた。

 上半身には反転のようなものを羽織っている、若い女性だ。髪はピンク色で、染めているようにも思えるが地毛だ。しかも、かなりのナイスバディだ。胸は出ているし、腰はしっかりくびれている。

 が、その下半身が問題なのだ。その下半身は蛇のものになっており、しかもかなり長い。アナコンダ以上の太さと長さを誇っており、彼女は蛇行しながら進んでいた。

 彼女は『ラミア』族のアーミラだ。この近所で漢方薬を売っている。ちなみに、今日俺が会うべき人外である。

 アーミラは大きな紙袋を抱えたまま微笑んでいる。その笑みはまるで聖母のように穏やかだった。

「いいところでお会いしましたね。これから、ウチに来ますか?」

「えぇ。それ、持ちますよ」

「あら、どうもありがとうございます」

 彼女は俺と同年――まだ二十五なのだが、その落ち着きかたから年上に思われがちなこともあるのだ。それはわからないでもない。俺も彼女は姉のように思えてならないのだ。おそらく、その母性溢れる体型もあると思うが。

 彼女は俺の横を歩きながら、チラリとこちらの顔を覗き込んできた。それと同時、花のような甘い香りが俺の鼻孔を貫く。おそらく、これが仕事だと思っていなければ即刻彼女を口説いていただろう。そう思ってしまうほどだ。

 やがてしばらく歩くと、さびれた商店街に入った。そこの近くにある場違いに思えるほど大きな薬局が、彼女の職場兼自宅である。アーミラは人外の中でも特に体の大きい部類だから、国の補助金を受けて自宅を改装している。

 アーミラは俺より先に進み、それからドアを開けた。その先には店が広がっており、薬が大量に置かれている。これらはすべて、彼女が調合したものらしいのだ。

 曰く、ラミア族は薬と毒の調合に長けている種族らしいのだ。アーミラが言うには『薬と毒は表裏一体であり、加減を間違えれば薬も毒となり、適切に扱えば毒も薬となる』らしい。こればかりは流石と言わざるを得なかった。

 俺は紙袋を近くにあったテーブルに置いた後で、そっと椅子に腰かけた。一方でアーミラは体を中に仕舞うため一旦奥に進み、それから戻ってきた。長い蛇の体はこれだけでも十分大変だと思う。子どものラミアはせいぜい数メートルらしいのだが、大人になると最大数十メートルを超す個体もいるらしい。この文明化社会では中々に難儀する種族だと思う。

 と、アーミラは紙袋のほうまで手を伸ばし、そこから一本の缶ジュースを取り出してみせた。かと思うと、それを俺の方に寄越してくる。

「冷えていませんが、よろしければ」

「どうも」

 俺はそれを頂き、グイッと煽る。フレッシュジュースのさわやかな味わいが口内に広がるのを感じながら、俺は彼女に語りかけた。

「アーミラさん。日常生活で困ったことはありませんか?」

「うふふ、見ての通りよ」

 流石にこれは野暮な質問だったか。彼女の体に合う施設はまだ少ない。だから、色々と大変なことも多いだろう。かと言って、彼女のために街全体を改装するわけにもいかない。これは彼女だけの問題でもないのは確かだが、いかんせん予算と時間が足りないのだ。

 俺は大きく息を吐いた後で、ガリガリと頭を掻いた。

「……すいません。まだ対策が追い付いておらず……」

「いえいえ。夏樹さんたちが頑張っているのは知っていますもの。責めるつもりはありませんよ」

 彼女の優しさが痛い。いっそ責めてくれたらどれだけよかったことだろうか。

 俺は再び深く頭を下げた。

「……申し訳ないです。ただ、もし私たちにできることがあったら何でも言ってください」

「えぇ、もちろん。最近は街の人とも仲良くなったおかげでだいぶ楽になりましたから、大丈夫ですよ。ただ……そうですね。一つだけ、いいですか?」

 彼女はピッと人差し指を立てて言葉を継げた。

「お暇なときがあれば、ぜひ来てください。このお家は広いんですけど、寂しいんです。住んでいるのが私だけですから」

「なら、いずれ来ますよ。リリィも連れて」

 アーミラは、なぜか眉根を寄せながらこちらに体を伸ばしてきた。彼女はこちらの体をぎゅっと抱きしめ、俺の耳元でそっと囁く。

「貴方だけで、来ていただけますか?」

「なっ!?」

 クスクスと笑う彼女。アーミラは俺から身を離し、目尻に浮かんでいた涙を拭った。

「ふふ、冗談ですよ」

「……ビックリしましたよ。あまり俺をからかわないでください」

「あら、ラミア族は男をたぶらかす一族なのよ」

 アーミラは長い舌をべろりと出してみせる。その様に、俺は軽く戦慄した。

 蛇に睨まれた蛙、という言葉があるけれど、あれは恐ろしくて動けなかったのではなくもしかしたら――その美しさに見惚れていたのかもしれない。

 俺は――心の中からそう思った。


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