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四十五話目~アンドロイドの社畜さん~

「もう帰らせてください」

 そんな生気のない声を聞いたのは、久しぶりだった。その言葉を発した女性――『アンドロイド』のヒューリーは栄養ドリンクを煽りながらパソコンに向き合っている。そこには、俺の理解が及ばないような数式が描かれていた。

 あたりからはキーボードを叩くカタカタという音が響き、鼻に付くエナジードリンクの匂いが漂ってくる。チラリと周囲を見れば、空き缶が転がっているのも見えた。

 今日、俺が来ているのは都内某所にある会社のワンフロアである。そこでは現在数十名ほどの社員たちが残業をしている。

 現在、俺の眼前にいるヒューリーは生気のない声で告げる。

「アンドロイド族は確かに疲れを感じません。が、心がしんどいのです。助けてください」

 ヒューリーの目からは完全に光が消えていた。いや、アンドロイドだから元々ハイライトもクソもないのだが、何となくそんな気がしたのだ。

 アンドロイド族は機械の体を持つ種族だ。特徴としては、桁外れに高い知能と正確な作業をこなす能力である。それゆえに、ヒューリーのように会社勤めをする奴も多いのだが、彼女はどうやらいわゆる……ブラック企業に入社してしまったのだ。

 俺は嘆息しながら窓の外を見やる。空には丸い月が上っており、暗闇が世界を支配している。だが、よく見ればビルの窓にぽつぽつと明かりがともっている……おそらく、あれもヒューリーのように残業をしている者たちによるものだろう。

 ちなみに、現在時刻は夜の十時だ。ここからわかると思うが、明らかに労働基準法違反である。だが、人外にはまだそういった法律が適応されないところもあるので、ヒューリーはそれに翻弄されているというのが本当のところだろう。

 彼女の体は機械でできているので、人間よりもはるかに丈夫だ。だが、だからと言って酷使されるのは問題である。これは現在社会問題になっており、今回俺が来たのも内密な調査のためだ。

 今現在、このフロアにいるのはヒューリーたちアンドロイドだけだ。つまるところ、今日終わらなかった分を彼女たちが肩代わりさせられているのである。こればかりは、俺にも呆れるほかなかった。

「……もう何日定時で帰れていないことか……早くお家に帰ってアニメが見たいです」

「……可哀想に」

 そう言わずにはいられなかった。ヒューリーは泣きそうに唇を歪めているが、もう涙すら枯れてしまったのだろう。彼女は濁った瞳でパソコンと向き合っていた。

 アンドロイド族は、太古の昔に人間に作られた背景がある。だから、本能的に人の命令に従ってしまう傾向があるのだが、それが利用されているのもまた事実。あまり、言っていて気持ちがいい話ではないのだ。

「はぁ……夏樹さん。ここ、お給料はいいんですよ。ただ、やり方がブラックなんですよ。頼みますよ。本当にこんな仕事続けていたらショートしてスクラップ工場行きですよ」

 ヒューリーは淡々と呟きながらタイピングを繰り返していく。だが、あいも変わらず目は死んだままだ。見ていていたたまれなくなり、俺はそっと彼女の前に手を出して制止をかけた。

「ヒューリー。もういいよ。やらなくて」

「……あの、本当に頼みます。給料は上げなくていいですから、残業抜きにしてくれるように指示してください。お願いします」

 ヒューリーの声はわずかに掠れていた。よくよく見れば、体のパーツも傷だらけである。そこまで酷使されたということだろう。やはり、この会社はブラックだ。なるべく早く、本部に連絡をしなくては。

 ヒューリーのみならず、その場にいるアンドロイドたちもうんうんと頷く。皆考えることは同じようだ。

 うぅむ……今まで俺が会ってきた人外で、ここまで酷使されている奴らは初めてだ。大抵は個人経営の店だったり、公共機関に勤めていたからこういった内情に疎かったのは俺の責任でもあるが、これは明らかに違法である。

 俺は持っていたメモをしまい、それから盗聴器の電源を切る。これで言質は取った。後はこれを提出するだけで、この会社は終わりである。

 正直な話、定期的にこうやって内情調査を人外たちと共謀して行ってみるのもいいかもしれない。そうすることで、もう少し労働環境が改善されるかもしれないからだ。

 人外はまだ人間世界では立場が弱い。だから、それを守るのがコーディネーターたる俺たちの仕事だ。

「夏樹さん。もう帰っていいですかね? 心がしんどいです」

「……お疲れ様」

 これがいわゆる社畜、というものだろう。やや自由な職場形態の俺から見れば、彼女たちの姿は非常に悲惨なものとして映るのだった。


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