三十九話目~キキーモラのSPさん~
美月から事実を聞いた、その翌日だった。
「な、夏樹さん! 外に怪しい男の人たちが!」
ゴミを出しに行ったはずのリリィが血相を変えて家に飛び込んできたのは。
俺は慌てふためく彼女の元へ寄り、そっとその肩に手を置いてやる。それから、視線を椅子に座るグリの方へと向けた。
「リリィはここにいろ。あの子から離れるな」
彼女はしっかりと頷き、グリを抱き寄せる。彼女は真剣そうな眼差しをこちらに向けていた。一方で、グリは何がなんだかわからないようでキョトンと首を傾げている。
俺はそんな彼女たちを一瞥した後で外へと歩み出る。すると、リリィの言う通り家の周囲に大勢の黒服がたむろしているのが見てとれた。彼らは俺の存在に気づくなり、一斉に視線を寄越す。
が、俺は逃げない。それは別に恐怖で足が竦んだからでも、彼らと戦うためでもない。
ただ単に、その人たちが俺の顔見知りだったからだ。
「お前ら、何やってるんだ?」
俺は眼前に控える黒服集団――もとい、SPの面々に声をかける。彼らは皆一様に困ったような笑みを浮かべていた。
昨日、チュリオから受けていた護衛というのが彼らだ。一応、俺は何人かと面識がある。それこそ、人外が人間の生活に馴染もうとしていた初期はよく会っていたものだ。最近は平和になってめっきり顔を見なくなったけど、元気にしているようで何よりだ。
「お久しぶりです、夏樹さん」
ふと、俺の眼前にスラリとした細身の少女が現れる。褐色の肌を持つ、快活そうな子だ。
彼女はナターシャ。種族は『キキーモラ』だ。ロシアに住む妖精の一種であり、家に憑くと言われている。また、姿や気配を消す能力も有しており、それがこの部隊に引き込まれた要因だとも聞いている。
ナターシャはニコニコと笑みを浮かべながら後ろにいる黒服たちを指さす。
「昨日、色々と事情は聴きました。お世話になった夏樹さんのためです。私たちも、全力で警護に当たらせてもらいます!」
普段とは違う凛々しい一面を見せるナターシャに俺は苦笑を向ける。気持ちはわからないでもないが、これは大丈夫だろうか?
彼女たちの部隊には、人外と人間が混ざっている。いわゆる混成部隊だ。というのも、犯人が人外だった場合には人間だと太刀打ちできないからである。無論、穏便に事が済むに越したことはないが。
などと考え込む俺をよそに、ナターシャは黒服たちに指示を飛ばす。
「一班は家の裏に。二班はここで待機。三班は、ここの周囲を捜索してきてください」
『ハイッ!』
一目散に駆け出していく黒服たちを見送りながら、俺はポツリと呟く。
「ナターシャもずいぶん偉くなったな」
「はい! 今回は部隊長を任されております!」
なるほど。だから、気合が入っているわけか。たぶん彼女が選ばれたのはその実力もあってだろうが、俺の知り合いで気心が知れているからというのも大きいかもしれない。リリィもナターシャとは友人同士だし、これは名采配だろう。
「では、夏樹さん! ご安心を。私たちが見ておりますので、ごゆっくり!」
と言って、彼女はそそくさとどこかへ走り去ってしまう。相変わらずそそっかしい奴だ。元来キキーモラは内気な奴が多いらしいが、彼女はどうもその中では浮いている。かなりのテンションの高さだ。職務中でこれだから、プライベートの時はもっとひどい。それは俺もよく知ることだ。
「……っと、とりあえずは飯食わなくちゃな」
俺はひとまず家に入る。まぁ、ナターシャたちなら大丈夫だろう。
――この時、俺はそんな楽観的なことを思っていた。
数分後。
「な、夏樹さん。窓の外で黒服の人が木に登ってるんですが」
「気にするな。監視をしているらしいから」
「で、ではあちらの茂みから顔を出している方は?」
「あれも、監視だ」
「あの、あれってナターシャさんですよね? どうしてよその家の屋根に上ってるんですか?」
……と、まぁ終始こんな具合だった。
いや、俺も最初は捜査のためだと思った。思い込もうとした。でも、ダメだった。
あいつらが露骨に怪しい行動をしまくっているせいで、リリィが動揺してる。グリは楽しげに笑っていたが、それでも異常事態であるということはわかっているようでリリィの傍を離れようとはしていない。
もうこれは完全にアウトだと見ていいだろう。
俺はすぐさま家の外へと飛び出し、ナターシャの元へ寄った。彼女は屋根から飛び降りて器用に着地し、ビッと敬礼を寄越してみせる。
「どうかしましたか? 夏樹さん」
「どうかしましたか、じゃない! 怪しすぎるだろ!」
俺は精一杯の反論をした。が、ナターシャはやれやれ、と言わんばかりに首を振る。
「夏樹さん。いいですか? 私たちがあえてあのようなことを取るので犯人の注意を引いているのです。この家には近寄れない、と」
「いや、違うよな? 引いているのは住人たちの注意だよな? てか、別の意味で引かれているよな?」
俺はナターシャの頭をぐりぐりといじくってやる。この楽観少女はそんな状況下でもへらへらと笑みを浮かべていた。
いや、ある意味この楽天主義は仕事をやるには必須のスキルかもしれないが、いかんせん状況が悪すぎる。苦悩する俺をよそにナターシャは満足げに胸を反らして告げた。
「大丈夫。私たちのメソッドに間違いはありません!」
「……頼むから穏便にしてくれ。てか、最初の張り込みからしても怪しすぎたんだよ。リリィとか、ガチで怯えてたぞ」
俺は盛大にため息をつき、ガリガリと髪を掻き毟る。このまま続けても進展はないだろう。なら、ここは譲歩するのが筋だ。
と、そんなことを思った時だった。
「あ、一応明日以降も張り込む予定ですから、お覚悟を」
「はぁ!? てか、今覚悟って言ったよな? もうその気満々だよな!?」
「ハハハ、ご冗談を」
こいつこそが一番の害悪なんじゃなかろうか?
ご近所さんにもこのままでは多大な迷惑がかかる。
こんな絶望的な状況を受け、俺が頭を抱えた時だった。突如、俺のスマホがけたたましい着信音を立てたのは。その相手というのは――チュリオさんだった。
何か進展があったのかもしれない。俺はぐったりとしながらも通話を開始した。
「もしもし?」
『朝早くに失礼します。四宮さんですか?』
「チュリオさん? どうかしたんですか?」
『えぇ、ご報告があったので。実は、ブローカーたちが今しがた逮捕されたらしいのです。ですので、もう狙われる心配はないかと』
「……は?」
あまりにもあっさりと告げられた事実に俺は肩を落とす。それは、チュリオさんも同じようでやや声に張りがなかった。
『申し訳ありませんが、そちらにいる方たちにも伝えておいてください。もし何かあれば、すぐにご連絡を。私でよければ、いつでも対応しますので』
「は、はぁ……」
『それでは、失礼しました』
すぐさま切られる通話。俺は頬をひくひくと動かしながら、ナターシャへと向き直った。
「今連絡が入った。犯人は逮捕されたらしいぞ」
「……え?」
まぁ、そうなるよね。本当にすぐに見つかるもんだ。
普通ならここで犯人たちが襲ってきて一悶着あるものだが、現実はフィクションとは違う。
予想とはかけ離れすぎた結末に、俺たちは苦笑を浮かべることしかできなかった。




