三十四話目~フランケンシュタインモンスターの科学者さん~
翌日の昼。俺はリリィの部屋の隅で彼女とその傍にいるスライムを見守っていた。そんな彼女たちの前には、全身つぎはぎだらけの女性が座っている。
白衣を着た白髪の女性だ。肌の色は土気色で、どことなく顔色も悪い。医者……というよりも科学者然とした彼女はカルテのようなものに何かをガリガリと書きこんでいる。
彼女は本部からやってきた人外専門の医師――メディアさんだ。種族は『フランケンシュタインモンスター』。元々が人間に作られた種族だということもあってか、こういった研究分野に秀でている。彼女はスライム――今はグリという名で通っている――を注意深く眺めていた。
どうやらあの子が恐れているのは人間、ではなく男性らしい。なぜ恐れているのかはわからないが、何かしらの事情はありそうである。放浪していたことにも関係があるかもしれない。
「ふむ……ありがとう。ごめんね。怖がらせただろう」
メディアさんは愛おしげな眼差しをグリへと向ける。グリはプルプルと震えながらリリィの腕の中にすっぽりと納まっていた。
「あの、先生。この子、どこから来たんでしょう?」
これはリリィの問いだ。彼女は不安げに眉根を寄せている。どうも彼女はグリのことをいたく気に入っているらしく、まるで自分の子どものように扱っていた。
「悪いが、それはわからない。夏樹くん。君には連絡が入っていないんだよね?」
メディアさんの言葉に俺はしっかりと頷く。昨日から色々資料も漁っていたし、スライムのことに関して以前ピティが参加していた留学プログラムで顔見知りになった人たちを中心に聞きまわったのだが、手掛かりはつかめなかった。つまるところ、グリがどこから来てどのような目的を持っているのかが全くわからない状態だ。
メディアさんは大きなため息をつき、額にそっと手を置いた。
「なるほどねぇ……君たちに連絡が入ってないとすると、いよいよもってわからないな。私たちは管轄外だからね」
「……すいません」
「謝ることじゃないさ。君の評判はよく聞いている。中々できる子だってね」
「恐縮です」
俺は、メディアさんが少しだけ苦手だ。どこかつかみどころがないし、食えない人なのである。彼女もそれがわかっているのか、皮肉ったような笑みを寄越してきた。
「ふぅむ、それにしても、だ。この子は面白いね。激レアなスライムだ」
「激レア?」
「あぁ。彼女は――」
「ちょ、ちょっと待ってください! 彼女? この子、女の子なんですか?」
リリィの言に、メディアさんはひょいと肩を竦めてこう述べる。
「そうだよ。彼女は女の子だよ。あ、そうだ。ちょっと見せてあげよう」
メディアさんはそう言って鞄の中をごそごそと漁り始める。一方で、俺とリリィは困惑した表情を浮かべながら互いに見合っていた。
「あ、あったあった。ほら、グリちゃん。これをよく見て真似てごらん?」
メディアさんが取り出したのはスケッチブック。そこには女の子の絵が描かれている。大体、小学生くらいだろうか? 彼女はそれをグリへと見せつけている。
そうして数分模した頃、変化が起きた。グリの体が、不定形から徐々に形を成してきたのである。手が生え、足が生え、目らしきものが出現し――そうして気づけばリリィの膝の上に小さな女の子が座っていた。
その変わりぶりに、俺もリリィも目を剥いている。グリはそんな俺たちを見渡してキャッキャと楽しげに笑っていた。
「わかったかい? 彼女は激レアな『ミミックスライム』。人間にでも何でも化けられるんだよ。無機物にも、有機物にもね。ただ、今はまだ子どもだから制御が難しいようだ」
確かに、大まかな形は人間と同じだが、細部は少しばかり異なっている。完全に指になっているわけではなく、曖昧で、なんとなく指だとわかるくらいだ。けれど、ここまで化けられるのは正直すごいと思う。俺は素直に感嘆した。
「連絡が入っていないんだよね? なら、十中八九拉致されて来たんじゃないかな?」
「拉致、ですか?」
メディアさんの言うことも一理ある。希少な種族は特に高値で取引されることもあり、こういった扱いを受けることがある。無論、そうしないように俺たちコーディネーターは走り回っているわけだし、政府の方でもそれに関する方を敷いている。が、穴があるのも事実だ。グリはそれの犠牲者というわけか。
なるほど。むかっ腹が立つ話だ。せっかく人外と人間がわかり合おうとしているのに、それを邪魔する奴がいる。その事実は俺の頭を悩ませるには十分すぎる要素だった。
メディアさんは俺の顔を見て、なぜか口角を吊り上げた。
「聞いていた通りだ。やはり、君ならこの子を預けても大丈夫そうだね」
「いいんですか? 俺が預かって。確か、行き場がない子たちを収容する施設もあると聞きましたが」
「いいさ。あそこには帰る場所が『一応』ある子たちが集められているからね。グリちゃんにはそれがない、というのはおかしいかもしれないけど、とりあえずは身元不明だ。だから、それまでは君が預かってくれ。それに、ここなら安全だろう。まぁ、君が嫌ならいいけど」
俺はブンブンと首を振って否定した。今の話を聞いて、追い返すことなんてできるはずがない。俺はしっかりとした眼差しを持って言ってやった。
「俺がちゃんと責任を持って育てますよ。それに、リリィもいますし」
「えぇ。私もお手伝いしますから、大丈夫です」
メディアさんは俺たちを交互に見渡した後で、グリの方に寄って彼女の粘性の髪を撫でた。
「よかったね。今日からここが君の家だ。ただ、夏樹くん。わかっていると思うけれど、この子の身元を探るのも忘れないでくれよ」
「当然ですよ。念のため、もう一度同業連中にあたってみます」
「わ、私はこの街の方々にも聞き込みをしてみます」
リリィもグリの親探しに乗り気のようだ。改めて、彼女がいてくれてよかったと思う。当初は住み込みで家事をするだけの契約だったのに、今ではもう俺の家族のようになっている。
……って、なんだかグリまで加わるとまさに疑似家族ここに極まれりって感じだな。
まぁ、いいけど。
俺はふっと口元を緩めながら、メディアさんに頭を下げる。彼女はへらへらと笑いながら俺に向かって言った。
「礼儀正しいね。まぁ、そう固くならなくていいよ。もし、また何か進展があったら呼んでくれ。私も文献なんかを漁ってみるからさ」
「ありがとうございます、メディアさん。恩に切ります」
「いいさ。これも仕事だからね。さて、私はそろそろお暇しよう。あ、そうそう。忘れるところだった。これ、一応注意書き」
と言って彼女が渡してきたのは、殴り書きのメモだった。そこには、ミミックスライムを育てるにあたって注意すべきことが事細かに書かれている。
「ミミックスライムはデリケートだからね。気をつけるように。もしまずいと思ったら、すぐに連絡を。素人判断は命取りだ。さ、説教臭くなってしまったが、これで本当に終わりだ。頑張って」
メディアさんはまた笑いながら部屋を後にしていった。そんな彼女の後姿を見送った後で、俺は人化したグリに向きなおる。彼女はまだ俺に警戒しているらしく、怯えた様子でリリィにしがみついていた。
「大丈夫ですよ。きっと懐いてくれますって」
「だといいな」
リリィの優しさが痛い。俺は目尻に浮かんだ涙を彼女たちにばれない様にそっと拭った。




