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三十話目~後日談~

 翌日。俺は妙な静けさの中目を覚ました。昨日まで聞こえていたはずの喧騒はすでにそこにはない。一週間もこの家にいたはずの少女は、もう帰ってしまったのである。

 俺は気だるさを覚えながらもベッドから起き上がり、リビングへと向かう。リリィの部屋の前を通ったが、彼女はまだ寝ているようである。だが、それは無理もないことだ。

 彼女は昨日相当疲れていたみたいだったし、何よりピティが帰った後で何度も泣いていた。まだ気持ちの整理がついていないのだろう。俺はとりあえず彼女を一人にしておくことにした。ここで下手に構うよりも、彼女が自分で出てくるのを待つべきだ。

 と、俺はリビングへと向かったところでふとあることに気づく。昨日、ピティからもらっていた手紙のことだ。思えば、昨日は忙しくて見ることができていなかった。なら、今のうちに見ておくのがいいだろう。

 俺は冷蔵庫の中から適当に食材を取り、それから近くにあったパンを持って部屋へと戻る。パンが数枚ほどなくなっていたことから見ても、ひょっとしたらリリィも俺と同じことを思い立っていたのかもしれない。

 そんなことを思いながら俺は部屋へと入り、即席のサンドイッチを取りつつ机の上にある封筒に視線をやる。龍の鱗を象った紋章が描かれている。やはり、ピティは凝り性だ。彼女はこういった形式ばったことが大好きだったのである。

 俺は口角を吊り上げつつ椅子に腰かけ、それから封筒に手をかける。せっかく彼女が送ってくれたものだ。無下にするわけにもいかない。びりびりに破いてしまわぬよう細心の注意を払いながら、俺はゆっくりと封を開けて中に入っていた手紙を取り出した。

 そこには綺麗な筆跡が残されている。思えば、ピティの文字を見るのはこれが初めてかもしれない。案外可愛らしい字を書くものだ。

 もう彼女は帰ってしまったというのに、新たな発見がある。その事実に、俺はクスリと笑みをこぼした。

 それに視線を巡らせていくと……書かれているのは、大半が俺に関する感謝の言葉だった。これは、俺専用に書いたものなのだろう。日本に来て最初にいった喫茶店のことから、何から何までが事細かに書かれている。それだけ、彼女は楽しんでくれていたということだ。

 手紙は全部で三枚。しかもそれらにぎっしりと文字が書きこまれている。そこからは彼女の気持ちがひしひしと伝わってきた。それだけで、俺は彼女を引き受けてよかったと思える。

 後半になるにつれ、筆跡が乱れている。これは、彼女が動揺してしまったからだろう。別れを自覚して辛くなってきたのかもしれない。そういう子だ。

「……あれ?」

 気づけば、俺の眼からは涙がこぼれていた。しかも、それはとめどなく溢れてくる。

 泣くまい、と誓っていたはずなのに。次々と涙が溢れてくる。こんなところを見られたら、ピティに笑われてしまう。俺は目尻に浮かんでいた涙を袖でぐぃっと拭い、それから最後の行に目を走らせる。

 そこには、彼女の連絡先――住所や電話番号が書かれていた。俺は早速スマホを取り、電話番号を入力する……が、出ない。話し中のようだ。

「……まさか」

 頭の中で思い浮かんだ考えに導かれるように、俺はリリィの部屋に向かっていた。ノックをしてみるも、返事はない。ドアノブを捻ってみると、ゆっくりと開き始めた。

 俺が息を潜めて中を覗き込むとそこでは……涙ながらにスマホに語りかけているリリィの姿があった。話しぶりからしても、相手はリリィだろう。どうやら、彼女も俺と同じことを考えていたようだ。

 俺はそっとドアを閉じ、その場を後にする。

 彼女はもういない。けれど、彼女とも思い出は今も俺たちの中に生き続けている。

 そして、彼女とのつながりも。それはきっと、俺たちが死ぬまで残り続けるものだろう――。


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