二十八話目~百鬼夜行~
さて、それからしばらくして昼食を終えたころ、俺たちはショッピングモールの中を見て回っていた。ピティは基本的には自分の金でお土産などを買っている。が、彼女が気にいったものは俺が買ってあげている。彼女はそのたびに自分で払うと言っていたが、それは一蹴した。せっかくだから、何か形に残るものをプレゼントしてあげたいと思っていたからである。
ピティは渋々ながらもそれに同意してくれており、リリィも賛同してくれた。ちなみに、買ったものはほとんど郵送している。持って歩くと大変だし、何より万が一なくしたり壊したらそれこそ洒落にならない。そういったこともあり、そういった形式を取っているのだ。
おかげで今は心置きなくお土産を見て回ることができている。今日は意外にも人が少ないのが幸いだ。ピティの体はどうしても場所を取るし、混雑は苦手らしい。これは予想外だったが、結果オーライだろう。
「ねぇ、夏樹」
ふと、ピティが語りかけてくる。彼女は時計を見ながら呟いた。
「時間、大丈夫かしら?」
チラリと時計を見てみれば、すでに時刻は六時を指している。楽しい時間とは案外あっという間に過ぎるものだ。
俺は一度隣にいるリリィに目配せをする。念のため言っておくが、彼女は俺の計画を知っている。無論、大まかな流れだけだ。確信まで話してしまうと、万が一彼女が口を滑らせてしまった時に困るかもしれない……まぁ、リリィに限ってそんなことはないと思うが。
「そうですね。そろそろいい時間ですし、切り上げてもいいかもです。あ、でもピティさんが行きたいところがあったら言ってくださいね?」
言いつつ、リリィは先ほど手に入れたばかりのモールの地図をピティに渡す。彼女はそれを眺めた後で、しっかりと頷いた。
「じゃあ……最後に、このゲームセンターに行ってみたいわ。どうしてもやってみたいことがあるの」
「? えぇ、構いませんよ。ねぇ、夏樹さん」
「もちろんだ。全然構わないよ」
「じゃあ、決まりね。行きましょう」
ピティはそう言って足早に進んでいく。俺たちはそんな彼女の後をゆっくりとついていった。
さて、ゲームセンターに到着するなり、ピティはまずクレーンゲームの台に寄った。そこには、巨大なぬいぐるみが置いてある。丸くてピンク色の饅頭のようなキャラクターだ。どうやら、ピティはそれに興味があるらしい。肉食獣らしく目がギラギラと輝いていた。
「それが欲しいのか?」
返されるのは確かな首肯。俺は財布から小銭を取り出そうとする彼女を制し、自分の小銭を台に投入する。
「案外こういうのは得意なんだ。任せてくれ」
「……ねぇ、リリィ。嫌な予感がするんだけど」
「ま、まぁまぁ。ほら、よく見てあげましょうよ」
なんだか、二人して不穏な会話をしている。が、俺はそれをなるべく聞かないようにしながらクレーンを操作する。これはオーソドックスなタイプのクレーンだ。こういうのは昔からやってきている。
ただし……あまり得意ではないが。
案の定つかみ損ねたクレーンを見て、ピティが嘆息する。
「やっぱりね。だと思ったわよ」
「……すいません」
「貸しなさい。この程度、私にかかればお茶の子さいさいよ」
と、勇む彼女を見つつ、俺は半眼でリリィの方を見やる。彼女はまるで俺の考えを読んだかのように口元に人差し指を当てていた。やっぱり、彼女も俺と同じことを考えているのだろう。
「あーッ! あと少しだったのにっ!」
頭を押さえて絶叫するピティ。見れば、ぬいぐるみは落ちそうなところまできていたものの、結局アームの力が弱くて落っこちてしまっていた。彼女は悔しそうに歯ぎしりしている。
俺はそんな彼女を押しのけ、再び小銭を入れた……が、失敗。
負けじとピティもコンティニューし、失敗。
そのループが十回以上続いた時だった。
「も、もうやめましょうよ。ね?」
リリィが制止の声を上げたのは。彼女は困り顔で俺たちを見渡している。が、ピティはそれに首を振った。
「ダメよ。この誇り高きドラゴニュート族が敗走するなんて、故郷に戻った時に笑われるわ」
「そうだ。俺だって、ここで退いたら男が廃る。頼むから、止めないでくれ」
「……でも、このままだとお金が先になくなりますよ? ピティさんも、無駄遣いはいけないんじゃないですか?」
「これは無駄じゃないわ。未来への投資よ」
言っていることはカッコいいけど、失敗ばかりだからイマイチ説得力に欠ける。リリィは大きくため息をついた後で、バッグの中からがまぐちを取り出してみせた。
「何だ、リリィもやりたかったのか」
「遠慮しないで言ってくれればいいのに」
リリィは珍しく真剣なまなざしになって台へと向かう。彼女はこちらが言っていることなどまるで耳に入っていないかのようだった。
リリィは巧みにクレーンを操り、景品を掴む。安定感のある動きだ。景品は吊り上げられ、そのままピクリとも動かない。完全に極まっていた。
やがて落ちてきたそれを取り出し、リリィはピティの方に差し出す。
「さぁ、行きましょう……その前に、二人とも」
『はい』
「あまり、虐めちゃダメですよ?」
彼女の視線はぬいぐるみの方に向いていた。思えば、取ろうとするあまりいろんな方法でぬいぐるみにアプローチを仕掛け、時折粗っぽいやり方をしてしまった時もあった。彼女はそれが納得できなかったのだろう。
俺たちは黙って彼女に頭を下げ、それからある場所へと向かっていく。
このショッピングモールの最上階にあるレストランだ。今日はそこである催しをするように頼んでいる。無論、何でも屋が一枚噛んでいるのは言うまでもない。
「……ここが目的の場所?」
ピティがそんなことを呟く。彼女の視線は、窓の外から見える夜景に向いていた。
このレストランはこのモールの中でも一番人気のレストランである。いつもなら予約が取れないところだったが、何でも屋が手配してくれていたおかげで難なく入ることができている。しかも、特にいい席だ。改めて、何でも屋には感謝せざるを得ない。
ピティはメニューに目を走らせた後で、キョトンと首を傾げた。
「ここって、どういう料理が出るの? メニューを見てもよくわからないんだけど」
「あぁ、ここは日本の郷土料理を西洋風にアレンジしたものを出してくれるレストランなんだ。メニューに書いてあるのはあえて方言に寄せているみたいだから、わからなくても不思議じゃないよ」
「方言……確かに、それじゃわからないわね。適当にお任せするわ」
「そう言うと思って、あらかじめオーダーしてあるよ」
俺は不敵な笑みを浮かべつつそう返し、窓の外を指さす。そうして、彼女の目をしっかりと見据えながらしっかりと告げた。
「外、見てごらんよ」
「……まさか、ベタな感じで花火が上がるとかじゃないわよね?」
「それよりも、もっとすごいさ」
ピティは不審げにしながらも窓の外を見やる。まだそこでは何の動きもない。が、しばらくして窓の外で小さく灯りが止まった。それはゆらゆらと揺らめき、ピティの目線まで上ってくる。彼女はそこでようやく、それが火の玉であることがわかったようだった。
しかも、窓の外ではさらなる変化が起きている。虚空から次々と異形の生物たちが現れ、様々な術を見せている。まさしく、百鬼夜行。百の人外たちが外で舞い、それに観客たちは歓声を上げていた。
「夏樹、これは……?」
「一応、俺たちからのプレゼントだよ。あの人たちは、日本由来の人外たちなんだ。今回は俺の知り合いに頼んで来てもらったんだよ」
「へぇ……とても賑やかね。お祭りみたい」
「そう。お祭りだよ。ピティが来た時は時期外れだったから、夏祭りに行けなかっただろ? だから、さ。少しでもその雰囲気を味わってもらえればと思ったんだけど……どうかな?」
「……最高よ。ありがとう。絶対に忘れられない夜になるわ」
俺はこっそりとリリィとアイコンタクトを交わす。よかった。彼女もずいぶん楽しんでもらえたようだ。これならば、用意した甲斐があるというものである。
「ねぇ、夏樹。リリィ」
ふと、ピティが声をかける。彼女はこれまで見たことがないくらいの笑みを浮かべて俺たちに向きなおり、それからぺこりと頭を下げた。
「あなたたちに会えてとってもよかった。どうもありがとう……本当に楽しかったわ」
「ふふ、私もですよ、ピティさん。でも、まだ明日もあるんですから。今日旗pp類楽しみましょう? ね?」
リリィの言葉にピティはしっかりと頷く。彼女の眼に涙がうっすらと浮かんでいるのを、俺は見逃さなかった……が、あえて言うまい。
俺は静かに息を吐き、それから椅子の背もたれに体を預けた。




