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二十七話目~リザードマンの着物屋さん~

 さて、それから数十分後。俺たちは映画館へと向かっていた。俺の手には数枚のチケットが握られている。先ほど何でも屋から受け取ったものだ。一応、まだやることがあるので待機してもらっている。

 ピティはリリィと楽しげに談笑していた。彼女は心底映画を楽しみにしているようだが、同時に不安でもあるようだ。

 ピティは日本語が達者とはいえ、それでもまだ完ぺきとは言えない。たまに言い間違えや聞き間違えもするのだが、映画館だとそれがどうなるのかわからない。日本語字幕はついていないし、かなり早口で喋るシーンもある。正直、彼女はそこが気がかりなようだ。

 けれど、そこはリリィが上手くフォローしている。彼女は元が人形ということもあってか、人間の感情の機微に敏感だ。その上、それを癒すことにも長けている。彼女はピティを安心させるように微笑んでいた。

 と、しばらく歩いたところで巨大なショッピングモールが見えてくる。あそこが俺たちの向う場所だ。日本でも有数の大型ショッピングモールであり、色んなものが揃っている。ピティは故郷にお土産も買っていきたいそうだし、最適だろう。

 彼女は目を輝かせながら歩を進める。どうやら待ちきれないようで、羽がピコピコと動いている。彼女たちのようなタイプは感情がわかりやすい。今さらながら、彼女が俺の担当でよかったと思う。

 俺たちはそのまま進み、建物の中へと足を踏み入れる。まだ夏休みということもあってか人は多い。が、昼時でないことが幸いしたのかそこまでの混雑はない。これなら、大丈夫だろう。まぁ、人外向けに改装されているから混雑してもそこまで窮屈ではないのだが。

 俺たちはエレベーターに乗って三階まで向かう。映画館はこの中に併設されており、エレベーターから出たすぐのところにある。数分もしないうちに到着するなり、ピティは感嘆の声を漏らす。

「……すごいわね。この映画館は相当大きいわ」

 どうやら気に入ってくれたようだ。一応チケットは買ってある。だから、後は入場時間を待つだけだ。その間、俺たちはポップコーンを買うことにしたのだが……ピティは愕然としていた。

 なぜなら……そう。ポップコーンとドリンクのサイズが小さすぎたからだ。いや、日本では一番大きいサイズである。が、彼女にとっては物足りないものらしい。ピティはわずかながらショックを受けているようだった。

「大丈夫ですよ、二人とも」

 と、声をかけるのはリリィだ。彼女は笑みを作りながら店員の方に歩み寄り、そっと三つ指を立てる。それを見て、店員は頷き厨房へと消えていった。かと思うと、しばらくしてまた戻ってくる。バケツのような容器に入れられたポップコーンとドリンクを持って。

 唖然とする俺たちをよそにリリィは代金を払い、重そうにしながらもそれをピティへと渡す。

「なぁ、リリィ。あれは?」

「あぁ、人外向けのサービスですよ。全部で十のサイズがありまして、調節できるんです」

「そんなのあったのか。知らなかったよ」

「夏樹。あなた、コーディネーターじゃなかったの?」

 グサリとくることをピティから言われてしまった。けれど、リリィはそんな俺に優しく微笑みかけてくれる。

「しょうがないですよ。夏樹さんは人間ですから、これは知らなくても当然です。私だって、つい最近お店に来た人から教えてもらったんですから」

 なるほど。リリィは人外の中でも体躯が人間に近いタイプだ。俺と一緒に行った時はそこまで大きいものを頼んでもいなかったし、だと考えれば納得である。ただ、やっぱり勉強不足だったなぁ……もっと調べなくては。

「まぁ、いいわ。それより、入りましょう。受付やってるわよ」

 ピティがドリンクを啜りながら言う。俺はそれに笑みを寄越し、二人にチケットを渡す。先に入っていく二人を見送った後で、俺は今一度売店に寄った。無論、俺とリリィの分を買うためだ。


 さて、劇場に入るとそこはかなり広々としていた。ここは巨大な人外でも楽しめるように設置されたものであり、評判はかなり上々である。俺たちはチケットの番号を確認しながら歩いていき、ある列に入る。ちょうどど真ん中だ。何でも屋もいい仕事をしてくれたものである。

 ピティは劇場を見渡して、またしても感嘆のため息をついた。

「すごいわね。私の国のものとは違うわ。綺麗だし、椅子もふかふかで客への気遣いが感じられるわ」

 ピティはここにも感銘を受けているようだ。カルチャーショックというものだろうか?

 なんにせよ、結果オーライだ。俺はそんな彼女を視界の端に納めてから、映画が上映されるのを待つのだった。


 ――それから約二時間後。ピティは大興奮で鼻息を荒くしていた。

「すごいわ! 日本の劇場は! 何、あれ!?」

 彼女が驚くのも無理はない。なぜなら、俺が注文したのは今はやりの4DXという体感型のシアターなのだから。上映されていたのはアニメだったが、彼女は酷く気に入ってくれたらしい。その大迫力に彼女は驚きまくっていた。

「夏樹。ちょっと売店に寄ってもいい? 買いたいものがあるの」

「アニメのグッズ?」

「わかってるじゃない」

 彼女はニコリと笑みを返す。何というか、影響されやすい子だ。まぁ、それだけ楽しんでくれたということだからよしとしよう。

 ピティは売店でグッズを物色し、いくつかを買ってみせる。サウンドトラックやパンフレットを買っているところを見るに、故郷でも布教しようとしているようだ。彼女にはつくづく感心する。まるで抜け目がないのだから。

「ピティ。持つよ」

 俺はピティが買った大量のグッズが入ったビニール袋を受け取る。すると、ピティはまるでお姫様のように恭しく礼をしてきた。なので、俺も執事のようにして礼を返す。リリィは俺たちを交互に見ては頬を綻ばしていた。

「……っと、そろそろお昼か。何かリクエストはあるか?」

「和食がいいわ」

 ピティは即答する。彼女はよほど好きになってくれたようだ。それは非常に嬉しい限りである。俺は彼女に笑みを返し、スマホを開いて場所を確認した。

「ここの中にもあるみたいだね。行こうか」

 スマホで場所を確認しながら歩いていく。その間、ピティはリリィと共に立ち並ぶ店を見ていた。どうやら食べた後で寄ろうとしているらしい。なるほど。ちゃんと考えられているようだ。

「あ、待って」

 ふと、ピティが声を上げる。何事かと見てみれば、彼女の視線はある一点に向いていた。そこは……着物屋である。ただ、彼女が見ているのはその奥に控えている女性だ。

 身長はかなり高く、すらっとしている。目鼻立ちはくっきりとしていてかなりの美人だ。が、彼女の体からは太い尻尾が生えている。おまけに、鱗も生えているのだ。間違いなく人外である。

 だが、龍人やドラゴニュートではないようだ。おそらく……リザードマンだろうか?

 彼女はカッと目を見開いて歩み寄ってくるなり、ピティの手を握りしめた。

「いらっしゃい! どう、見ていかない!? リザードマンでも着やすい着物が揃っているわよ!?」

「い、いや、私ドラゴニュートだし」

 証拠を示すように羽を動かしてみせるピティを見て、その女性はがっくりと肩を落とした。その顔は悲痛に歪んでおり、ある種の悲壮感を漂わせていた。

「そうかぁ……ごめんなさい、早とちりして。私日本に来てお店を開いたまではいいんだけど、同族に出会えなくて寂しくて……」

「な、泣かないでよ。ほら、ここじゃ人目を引くわよ」

 おぉ、珍しくピティが狼狽している。なるほど、こういう対応をされると弱いのか。

 その女性は頷き、店の奥まで俺たちを案内してくれた。その場にあった椅子に腰かける俺たちに、彼女は改めて頭を下げる。

「さっきはごめんなさい。見ての通り、私は『リザードマン』族。一応ここの店主をやってるものよ。ユーと呼んで」

「よろしく。ところで、あなたはどこの出身?」

「私? あぁ、一応イギリスよ」

「残念。同郷じゃなかったのね」

 それを聞き、ピティは肩を落とした。が、すぐに調子を取り戻して彼女に問いかける。

「ところで、このお店は人外向けの着物を売ってるの?」

「えぇ。ほら、私たちって着れるものが限られるじゃない? だから、少しでもおしゃれができるようにってこのお店を立てたの。まぁ、ぼちぼち繁盛しているわ」

「わかるわ。特に私たちって着れるものが本当に少ないのよね」

 確かにそうだ。ピティは羽が生えているのでそれを出しておかねばならない。だから、いつも背中が空いた服を着ているのだ。

「大変そうですもんねぇ。私は、そこまで不便ではありませんが」

 リリィはそうこぼす。やはり、人間に近い体をしている奴の方が何かと過ごしやすそうだ。

 ピティはリリィに笑みを向けた後で、店内をぐるりと見渡した。そこには色とりどりの着物が飾られている。鮮やかで、見ているだけで心まで洗われるようである。それほどの美しさがあった。

「あ、そうだ。よかったら着てみない?」

「いいの? でも……高いんじゃないの? 私、買うほどのお金はないわよ」

「あはは、そうじゃなくて、写真撮影。着物をレンタルしてるから、やってみない? 日本の思い出に」

「本当!? それなら、是非やってみたいわ!」

 ユーさんはゆっくりと頷き、彼女を店の奥に連れていった。その後で、俺はリリィに視線を移す。

「せっかくだから、一緒に着てきたらどうだ?」

「いいんですか?」

「もちろん。遠慮はしなくていいって前から言ってるだろ?」

「……ありがとうございます、夏樹さん」

 リリィはぺこりと頭を下げてユーさんたちの後を追っていった。

 それから大体、数十分ほどたった頃だろうか。奥の方からユーさんが顔を出してきたのは。

「彼氏さんもこっちに来てください。一緒に写真を撮りましょう」

「いや、俺は彼氏じゃ……まぁ、いいや」

 適当に返し、奥へと入る。するとそこに待っていたのは――すっかり見違えたリリィとピティだった。

 リリィは水色の美しい着物を着ている。髪までそれらしくまとめられており、花のかんざしをつけている。それが一層彼女の儚さを強調しているかのようだった。

 一方で、ピティは藤色の着物を着ている。職人技というのか、鮮やかな紋様が描かれている。彼女は唐傘を持ちながら妖艶な笑みを湛えていた。

 俺はそんな二人を見て思わず目を瞬かせる。

「……参ったな。すごく綺麗だよ」

「ありがとうございます、夏樹さん」

「そう言ってもらえると嬉しいわね。ねぇ、リリィ」

 と、そこでユーさんが割って入り、手を打ち合わせる。

「さぁ、写真を撮りますよ。並んでください」

 俺は言われるまま、ピティとリリィの間に入る。二人は俺の方にズィッと体を寄せてくるのだが、普段と違う姿をしているせいかドキリとしてしまう。けれど二人はそんな俺に気づかずに思い思いのポーズを取っている。

 数泊おいて、シャッター音。出てきた写真を持って、ユーさんは俺に笑みを向けてきた。

「どうぞ。よかったらお持ち帰りください」

「ありがとうございます。あ、そうだ。あの……ここってカード払い大丈夫ですか?」

「? はい。大丈夫ですけど……」

「よかった。じゃあ、二人が着ているものと同じものを見繕ってくれませんか?」

「買ってくれるの?」

 ピティの問いに、俺は深く頷いた。

「当然。だって、気に入ったんだろ?」

 その言葉に二人は困ったような笑みを浮かべてみせる。なら、答えは一つだ。俺はユーさんにクレジットカードを渡し、それから注文を入れる。

「できれば、郵送してもらえますか? まだ回りたいところがあるので……すいません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。お買い上げありがとうございます。それと、よかったらうちの宣伝もお願いしますね」

 ユーさんはそれだけ言ってレジの方へと向かっていった。やっぱり抜け目のない人だ。人外っていうのは、みんなこうなのか?

「ありがとうございます、夏樹さん」

「本当、感謝してるわ。買ってもらえるなんて思わなかった」

 頭を下げてくる二人。だが、当然だろう。何より彼女たちが楽しそうだったし、これは一生ものの思い出になるはずだ。ここでケチってはきっと後悔する。そう思ったからに他ならない。

 金は……後で申請しよう。たぶん下りるはずだ。

 そんなことを思いながら、俺は静かに二人の艶姿を見守るのだった。


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