二十六話目~???の何でも屋さん~
翌朝、俺はリリィと二人で朝食を作っていた。彼女はチラリと後ろを見て、それからほぅっとため息をつく。
「今日で最後ですね。明日、ピティさんは帰ってしまいますから」
「ああ。でも、幸いにも今日は一日自由行動だ。だから、精一杯楽しませてやろう」
「ですね。また、あの子がこっちに来てくれるように」
リリィはニッコリと微笑み、それから味噌汁の味を確かめて深く頷く。どうやら納得のいく味に仕上がったようである。
「リリィ。俺はそろそろあの子を起こしてくるよ」
俺は彼女に一旦断りを入れてから、ピティの元へと向かう。リリィは首肯を返し、それから味噌汁を注いでいく。俺はその間にピティの部屋へと向かった。
俺は一旦ドアの前で身だしなみを整えてから、そっとドアをノックした。
「ピティ。起きてるかい?」
「えぇ。ちょっと待ってて頂戴。すぐに向かうわ」
どうやら彼女は起きていたようだ。俺はピティが出てくるまでドアの傍で待機する。それから数分もしないうちに出てきた彼女は俺の顔を見るなり、ギョッと目を見開いた。
「びっくりした。どうしてこんなところに立っているのよ」
「いや、女性をエスコートするのは男の役目だろ?」
「あら、ずいぶん冗談が上手くなったわね」
彼女は俺の言に対しクスリと笑いを漏らす。それに対し、俺も笑みを返した。
俺たちは二人並んで居間へと向かう。すると、すでに食卓には朝食が並んでおり、リリィはエプロンを外しかけているところだった。
「おはようございます、ピティさん」
「おはよう、リリィ。今日も美味しそうなごはんね……でも、ちょっと豪勢じゃない?」
「それはもちろん。今日はピティさんが好きなもので固めましたからね」
確かにその通りだ。彼女が好んでいるものがたっぷりと食卓に並べられている。しかも、その量が半端じゃない。大食い選手ですら怯んでしまうのではないかというほどだ。が、ピティは嬉しそうに舌なめずりをする。
「よかった。正直、お腹がペコペコだったのよ。ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、いただきましょう」
リリィの号令を受け、俺たちは着席し朝食に手をつける。いつもながらすごい腕前だ。これだけの量を調理したというのに汗一つ掻いていないのも驚きである。ピティも彼女の様子を見て感嘆のため息を漏らしていた。
「できれば、故郷に帰ってもリリィの料理は食べたいわね」
「ふふ、ありがとう。よかったら、いくつか送るわ」
彼女が自分でビーフジャーキーなどを作っているのは知っている。保存食なら送れるし、大丈夫だろう。海外からの輸入物はダメだが、輸出は大丈夫……だったはずだ。たぶん。
ピティはご飯を頬張りながら、チラリと窓の外を見やった。そこではセミたちがせわしなくわめきたてている。彼女はそれにすら、感慨深そうな視線を向けた。
「ピティ。今日はどこに行きたい?」
俺が問いかけると、彼女は静かに頷いた。
「そうね……できれば、二人と一緒に遊びたいわ。どこかに行ってもいいし、家にいてもいい。二人との思い出を作りたいの……って、なんかダメね。ちょっとセンチになってるみたい」
彼女は意外にそういうところがあるみたいだ。普段は飄々としているのに、いや、だからこそだろう。そのギャップに戸惑ってしまう。
けれど、リリィはそんな彼女を安心させるかのように静かに告げた。
「大丈夫ですよ。ピティさんの新しい一面が見れて私は嬉しいです」
「できれば、これは見せたくなかったけど……まぁ、いいわ」
「じゃあ、気晴らしにどこかに出かけようか。そうだ。ピティは映画館に行ったことがないだろう? 日本の映画館を見ておくのもいいんじゃないか?」
俺の提案はどうやら賛同を得られたようで、二人とも首肯を返してくれる。
「それじゃあ、飯を食べたら行こうか。俺はちょっと席を外すよ」
俺は箸をおいて自室へと向かう。その後で、ポケットからスマホを取り出し、電話をかける。
『はい、もしもし』
数秒もしないうちに聞こえてきた声に、俺は口元を歪めた。
「俺だ。今日はよろしく頼むぞ?」
『あぁ、わかっているともさ。僕にできることなら何でもするよ。コーディネーターくん』
「ありがたい。いつも悪いな、何でも屋さん」
受話器の向こうから鼻を鳴らすような音が聞こえてくる。どうせ皮肉げな笑みでも浮かべているのだろう。俺はそんなことを思いながら、胸元からメモを取り出した。




