二十五話目~人間のコーディネーターさん~
「食べ過ぎたわ」
ピティは腹を撫でさすりながらそう言っていた。大食漢の彼女がそこまで言うのだから相当だ。実際、いくらでも肉が出てくるので彼女は遠慮というものをまるでしていなかった。その様相にウォードさんたちも感心していたほどである。
来ていたのが人外ばかりだから、量も相当用意してくれていたのだが、それでも足りないのでは、と思えるほどだった。念のため用意していたストックも使い切り、野菜に関しては足りなくなるとすぐに牧場から採集していたほどである。流石に肉は無理だったが。
ピティは満足げにため息をついて空を見上げる。彼女の横顔はとても幸せそうだった。
「にしても、日本はいい所ね。色んな人外がいて」
「かもね。世界からたくさん来ているらしいし」
「そうじゃないわよ。ハーフやクォーターがいるのが珍しいって言ってるの」
彼女は一呼吸置き、二の句を続ける。
「私たちの故郷では、あまりいないのよね。そもそも、そういった人たちに偏見の目が向けられるし。純血主義……とでも言うのかしら? 確かにそんな考え方はあるわね」
「もしかして、ピティもそういう差別に?」
俺がためらいがちに問うと、彼女はクスリと笑った。
「ううん。私たちにはないわよ。人間から人外になったとはいえ、力があるもの。厄介なのは、力がない人外たちへの差別よ。難しいところよね」
ピティはそこまで言ったところでパンパンと手を打ち合わせた。
「って、せっかく楽しむために来ているのに、これじゃダメよね。はい、この話は終わり。それより、一つ聞いていいかしら?」
「何だ?」
「夏樹。よかったら、あなた私たちの国に来ない? 短期でもいいわよ。日本に来たがっている子たちもいるから、できればその子たちに教えてあげてほしいの。この国について、ね」
「それは……嬉しいお誘いだね」
ちょうど俺も考えていたことだ。実際にあちらに行った方がいいこともあるだろう。自分の国以外の情報を仕入れていくのは非常に重要である。それに、ピティの後輩たちに日本のことを伝えて興味を持ってもらうのもいいと思う。が、俺は静かに首を振った。
「ごめん。それは、無理だな。今は。俺にはここでやるべきことがある」
ピティはそれに対し少しばかり機嫌を損ねるかと思ったが、以外にもあっさりと引き下がった。彼女はなぜか満足げに鼻を鳴らす。
「まぁ、そうよね。わかってたわ。そう返されることは」
「……悪いな。でも、いつか行こうと思う。それこそ、ちゃんと休みを取って」
「それがいいわ。その時は歓迎するから。あ、そうそう。リリィもちゃんと連れてきてあげてね?」
「もちろん。あいつもピティに会いたがるだろうからね」
彼女はふっと微笑み、それから瞑目した。
「正直なことを言うけど、私はここに来れてよかったと思っているわ。それ以上に、あなたやリリィに会えてよかった。もちろん、他の人にもよ。ここに来てであった人たち全員にとても感謝をしているわ」
「急になんだよ、らしくない」
「茶化さないで。だって、そろそろ帰国だもの」
「あ……」
そうだった。彼女たちは一週間の滞在の後、本国に帰還する。彼女がここに滞在できるのは、明後日までだ。明後日の朝に出る便で、彼女は帰ってしまう。俺はそれをすっかり失念していた。
俺の心を読んだかのように、ピティはニッと口角を吊り上げる。
「やっぱり、忘れていたのね」
「ごめん。だって……ピティはずっと俺といたからさ。もう俺の家族みたいに思っていたし」
「夏樹のそういうところ、好きよ。私」
彼女はこちらに淡い笑みを寄越し、それからポツリと呟いた。
「私もそう。あなたのことを家族みたいに思っている。だから、いつか絶対に来て頂戴。その時は絶対に歓迎するから」
「ああ。それより、ピティの方が先にこっちに来るんじゃないか?」
「それもそうね。その時は、また一緒にご飯でも食べましょう」
と、彼女はそこで翼を広げ、それを使って俺の体を引き寄せた。その後で、彼女は快活そうな笑みを持って告げる。
「さて、そろそろ行きましょう。もうテレシアたちもバスの方に移動しているわ」
よくよく見れば、留学生たちはすでにバスの方へと移動していた。もう自由時間も終わりらしい。俺は慌てて腰を上げ、それから彼女に手を差し伸べる。
「行こうか、ピティ」
「ええ、行きましょう」
彼女が手を握り返してきて、俺を引っ張っていく中で俺はあることを考えていた。
それは、明日の計画だった。
さて……明日がピティといられる最期の日。果たして、いかに過ごすべきだろうか?
俺の脳内には、そのような考えがずっと渦巻いていた。




