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二十四話目~リビングデッドの農場主さん~

「さて、皆さん。今日は満喫できましたか?」

 ネイアさんがそんなことを言ってくる。すでに籠はいっぱいになっており、もうこれ以上は入らないほどだ。ピティも満足げに鼻を鳴らす。どうやら十分楽しんでくれたようだ。これなら俺も嬉しいというものである。

 ネイアさんも嬉しそうに頬を綻ばせていた。やはり、彼女も農業に従事しているというだけあって楽しんでもらえるのが一番の喜びなのだろう。だとすれば、今回のツアーは大成功だったといえるだろう。

 ネイアさんはチラリと後方を見やる。そこでは、ちょうどウォードさんが戻ってきているところだった。彼女はそれを見た後で、俺たちを見渡す。

「では、皆さん。そろそろ撤収しましょう。あ、重いと思いますけど、籠は持ってきてくださいね?」

 言われるがまま、俺たちは彼女の後を追う。俺の籠は相当の重量になっているが、それでもマシな方だ。体が大きい人外のコーディネーターは自分の身体よりも大きな籠をひぃひぃ言いながら持ち歩いている。まぁ、流石に留学生たちもサポートをしているが。

 先ほど合流した場所まで戻ると、ネイアさんは俺たちに向かって微笑みかけた。

「では、籠はこちらにおいて、あちらに行きましょう」

 彼女が指差したのは、ここから近い建物だ。そこには、二つの人影が見える。一つは尾形さん、そして彼女の相方である『足長』族の少女。彼女たちは……どうやらバーベキューの準備をしているようだった。煙が上がっており、その近くには山のように野菜や肉が置かれている。

「ご飯はこちらでご用意していますので、存分に召し上がってください」

「遠慮するなよ。腹が破裂するまで食っていきな」

 ネイアさんたちは快活な笑みを浮かべながらそう言ってくれる。ピティはすぐにでも行きたいようで体をもじもじさせていた。俺は彼女の手を引き、そちらへと向かっていく。すると、それにつられて他の人たちもついてきた。

 と、その時だった。ふと地面が不自然に盛り上がったのは。

「……ん?」

 俺が首を傾げると、そこから人の手のようなものが出てくる。その様に俺はギョッとしてしまうが、構うものかと言わんばかりにその手は蠢き、やがてその全貌を露にする。

 そこから出てきたのは、ひどく顔色の悪い女性だった。土気色の肌をしているが、それは土の中にいたからというわけではない。元来そのような肌なのだろう。これだけでも彼女が人外であるということがわかる。

 その女性は俺たちを見渡すなり、ぺこりと頭を下げた。

「あ~……どうも。ここの牧場主の長内真紀おさないまきです。今日は皆さんの様子をずっと観察していました。地中から」

「あ、あの、あなたの種族は?」

 ふと、コーディネーターからそんな声が上がる。彼女はそれを受け、だるそうに頷いた。「『リビングデッド』。一応、元人間です」

「――ッ!」

 この人も、ピティと同じタイプか。元人間で、今は人外になっている。こういうケースがいるのは知っていたが、まさか身近に二人もいるとは夢にも思わなかった。

 彼女はニマリと微笑み、それから後方を指さした。

「今日はうちで採れた野菜と肉を食べていってください。あぁ、そうそう。日本独自の考え方かもしれませんが……命に感謝を。命があることに感謝して命を頂いてください」

 なぜだろう?

 この人に言われると異常なほどの説得力があった。

 彼女は盛大な欠伸を寄越してから、ウォードさんとネイアさんに視線を寄越す。

「まぁ、わかると思いますけど、ウチははぐれが多いです。ハーフ、クォーター、元人間……こういったものばかりですが、上手くやれています。ま、この中にもしそういう人がいるなら、安心してください。人生何とかなりますから」

 真紀さんは気だるげに言った後で、首をゴキゴキと鳴らしてみせる。その様子を見て、ウォードさんとネイアさんはため息をついた。

「しゃちょー。もうちょっとシャキッとしましょうや」

「そ、そうですよ。せっかくお客さんが来てくれてるんですから」

「あ~? まぁ、それもそうだけど……上辺だけ取り繕った対応なんざしても所詮記憶の片隅にうずもれちゃうよ? だったらさぁ~このくらいだらけてもいいんじゃないの?」

「それはあんたの性格だろ……」

 ウォードさんはやれやれといった様子で額に手を当てる。まぁ、言っていることはわからないでもないんだけどね。

 変に律儀にするよりは、こうやってフランク……と言っていいのかわからないけどそう接してもらった方がありがたい。留学生たちも、色んな人に出会っておく必要がある。こういう人がいてもいいだろう。

 真紀さんは再び大きな欠伸をしてから、後方を指さした。

「まぁ、今日は楽しんでいってくださいな。できれば、また暇がある時はウチにでも来てください。本格的に留学した時は。あ、そうだ。お金に困ったときにでも。仕事文をやってくれれば売り物にならない野菜とかは差し入れるのでね」

「まぁ、ウチは人手不足ですからねぇ……」

 確かに、見た限り従事者は両手で足りるほどしかいない。ここにいる三人を含めてもそれなのだから、相当だろう。一応人外であり力は人間よりは強いとはいえ、それでも人出は多いに越したことはない。彼女たちがここのツアーを引き受けてくれたのは、そういった魂胆もあったのかもしれない。

 ま、結果的オーライだろう。実際に興味を持ってくれた留学生たちもいるみたいだし、聞けば実家が農家の子もいるという。将来的には海外進出も考えているらしいから、ちょうどいいタイミングだったといえばそうか。

「さて、難しい話は抜きにして……どうぞ、食べていって。楽しんでくれるのが、私たちにとっても嬉しいから」

 彼女はそう言って眠そうに目を擦り、それからウォードさんとネイアさんを指さす。

「あ、二人ともご苦労さん。最後まで監督役よろしくね。私はちょっと……眠るから」

 彼女はそう言ってまた地面に潜っていってしまった。その様を見て、ピティは軽く笑みをこぼす。

「変わった人ね」

「だな。でも、いいことは言っていたな。命に感謝、これは日本では重要な考えだ」

「覚えておくわ……」

 彼女はそこで山積みにされている肉を見やり、

「私が理性を保っていられたらね?」

 いたずらっ子のような笑みを持って告げた。


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