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二十三話目~コロポックルの新人さん~

「む……難しいわね」

 あれから数十分後。ピティは牛の乳しぼりを体験していた。ピティは鼻息も荒く乳を搾っている。だが、それも当然だろう。彼女の体は、人間のものとは違い牛を傷つける可能性がある。だから、慎重にならざるを得ないのだ。

 それは他の留学生たちも同様である。彼女たちは人間とは違うから、やり方もそれに応じて変わってくる。逆に、コーディネーターである俺たちが自然にできているくらいだ。

「焦らない方がいいぞ。こいつらにもそれは伝わるからな」

 ウォードさんは近くにいた牛の頭を撫でながら俺たちに語りかける。彼女は巨躯であるとはいえ、身体的特徴はほとんど人間と同じである。だから、そこまで気を配る必要がない。巨人族は怪力でも有名だが、彼女はハーフだ。そこまで苦労することでもないらしい。

 ピティは大きくため息をつき、それから首を振った。

「やっぱり、難しいわね。私には荷が重いかも」

「まあ、向き不向きがあるさ」

 実際、彼女は羊の毛刈り体験の時はとても良い手際を見せていた。元来手先が器用なのだが、乳搾りは家畜たちの体にダイレクトに触れるためデリケートにならざるを得なかったのだろう。そればかりはどうしようもないことだ。

「……よし。そろそろ移動するからな。遅れるなよ」

 ウォードさんは周囲を見渡し、サクサクと先へと進んでいく。俺たちも牛たちに別れを告げ、彼女の後を追う。本来なら乗馬体験もできるそうだが、ここに来ている留学生たちはほとんどが馬よりも大きい子たちばかりだ。だから、今回は延期ということになったらしい。

 ピティはがっかりしているのかと思ったが……。

「別にいいわよ。乗れなくても飛べるから」

 と、返すばかりだった。まぁ、そうなんだけどね。できれば体験したかったんじゃないかと思ったんだけど、そうでもなかったようだ。

 俺は嘆息しながら辺りを見渡す。ここは郊外の中でも特に開けた場所だ。まだ東京にこんな場所が残っていたのか、と驚いてしまう。ただ、人外が来てくれたおかげでこういった土地開拓がされたのも事実である。

 共生するために、人間たちも最大限の努力をしているのだ。人外たちもそれに応えようとしている。身体的な問題は数あれど、それでも改善されつつあるのは事実だ。

 日本のみならず、海外でもそのような改革がなされつつある。が、日本はその中でも一番力を入れている。日本人はこういった人外についての逸話が数多く残されている国でもあり、かつ彼らに好意を持っている。古来では人外は神の使いとも呼ばれてもいたそうだ。

 考えてみれば、ドラゴニュートや龍人なんて龍神様なんて逸話も残されているくらいだからな。かつ、日本人はそれらの祟りを恐れてもいる。それがこの結果を産んだかもしれない。なんにせよ、友好の道が開けているのは確かである。

「おっと、そうだった。あたしは次のグループの案内をしなくちゃだから、ここからはポルネイアに任せるよ」

 ウォードさんは前方からやってきているポルネイアさんたちを指さす。彼女はこちらに気づいたのか、満面の笑みを浮かべながら手を振っていた。

 ウォードさんもそれに手を振り返した後で、俺たちに視線を戻す。

「それじゃ、楽しんできな。あぁ、そうそう。帰り際には土産もあるから、楽しみにしといてくれよ」

「……卵、もらえないかしら」

 ピティが俺だけに聞こえるように呟く。彼女は卵の試食をさせてもらった時異常なまでに目を輝かせていた。どうやら、ずいぶん気に入ったようである。俺はそんな彼女を微笑ましげに眺めていた。

 ポルネイアさんは俺たちのところまで歩いてきたところで、ぺこりと頭を下げた。

「はじめまして! 私は『コロポックル』族のポルネイア……気軽にネイアと呼んでください。見ての通り、純粋種ではありません。正確に言うなら、クォーターです」

 マジか。ハーフの巨人に、クォーターのコロポックル。この農場には、ずいぶん少数派の人外がいるようだ。

 基本的に、ハーフやクォーターの人外は少ない。それは人間がまだ人外の存在を知らなかったというのもあるが、異種間では子どもができにくいというのがその理由だ。

 体格差の問題もあるし、何よりある種の危険も伴う。性交を行う時には人外はその本能を露にするのだ。だから、仮にカマキリ族の少女と人間の男性が成功をした場合、本能に則って、少女は男性を捕食する可能性がある。無論、理性で抑え込むことも可能だが、それでも危険なのは変わりない。だから、まだまだそこは改善できていないというのが現状だ。

などと思う俺をよそに、ネイアさんは笑みを作りながら意気揚々と足を進めていく。

「さぁ、収穫の手伝いをしてもらいますよ! もちろん、試食は大歓迎ですからね!」

 彼女はまだ新人らしく、胸元にそれらしきワッペンをつけていた。ウォードさんのことも『先輩』と呼んでいたし、間違いないだろう。バリバリのフレッシュマンといった感じだ。

 数分もしないうちに、前方に大きな畑が見えてくる。そこには、いくつもの作物が植えられていた。キュウリや、なす。トマトにトウモロコシ。ここにいるのは大半が肉食系の人外ばかりだが、彼女たちも感嘆のため息を漏らしているほどだった。

「さて、皆さん。自由に収穫してください。あ、コーディネーターの方はこれを」

 彼女は一旦農場の脇に置いてある巨大な籠を取って俺たちに渡していく。つまり、これに入れてくれということだろう。ウォードさんが言っていたことから判断するに、取ったものは自分で持って帰られるのかな?

「夏樹。張りきっていくわよ」

 ピティは拳を打ち合わせている。その瞳には炎が宿っていた。彼女は意外に凝り性だから、こういうのは願ったり叶ったりだろう。俺は苦笑を浮かべながら、彼女の後を追った。

 他の人たちも次々と収穫に入っている。ネイアさんは丁寧な取り方を指導してくれたり、食べごろの野菜を率先して採って俺たちに渡してくれていた。

 コロポックルは自然の中に潜む人外である。だから、植物の見極めには自信があるのだろう。彼女がここを任されているのも、納得がいくというものだ。

「どうですか? 調子は」

 と、ネイアさんがこちらに歩み寄ってくる。彼女は人当たりのよさそうな笑みを浮かべながら俺が持っている籠を見やって、ハッと口元を覆った。

「すごいですね。こんなに採ったんですか?」

「ごめんなさい。だって、美味しそうだったんだもの」

 ピティの言葉に、ネイアさんは心底嬉しそうに頬を綻ばせる。彼女は近くにあったトマトを二つもぎ、それらを俺たちに突き出してきた。

「そう言っていただけるとここを任されているものとして嬉しい限りです。どうぞ。これは美味しいですよ」

 言われるがまま、トマトにかじりつく。食べてみると瑞々しく、かつ新鮮な甘みがある。そこにわずかな酸味が加わり、それが一層食欲をそそるようだった。

「美味しい!」

 カッと目を見開くピティに対し、ネイアさんは優しく微笑みかけた。

「よかった。この野菜たちは、私にとって子供みたいなものです。だから、褒めてもらえると自分のことのように嬉しいんですよ」

「本当に美味しいわ。肥料とか、何を使っているの?」

「それは……秘密です」

 そう返されるのがわかっていたのか、ピティは軽く肩を竦めてみせトマトを齧る。俺も頷きながら、トマトを頬張っていった。


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