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二十二話目~ハーフジャイアントの農家さん~

 翌日、留学生と俺たちコーディネーターはバスに揺られてある場所へと向かっていた。そこは、俺たちにすら場所は教えられていない。いわゆる、ミステリーツアーと言う奴だ。ただし、日帰りの。

 ピティは興味深そうに窓の外の景色を眺めていた。徐々にビルは見えなくなっていき、山や田んぼが見えてきている。どうやら、山の方へと向かっているようだ。それがわかるだけでも十分である。

「へぇ……ここは私たちのところと似ているわね」

「ピティの故郷にもこんなの田んぼがあるのか?」

「まぁね。いくらドラゴニュートでも、肉ばかり食べているわけじゃないわよ。まぁ、大豆を特に栽培しているけど」

「……畑のお肉だもんね」

 やはり肉好き……というより、たんぱく質を好む傾向にあるらしい。わかってはいたけれど、国を挙げての栽培とは恐れ入った。いつしか、人外たちの故郷にも赴いてみたいほどだ。

 一応人間の留学生たちもいるけれど、それは俺の担当外だから情報はそこまで入ってこない。だから、いつか休みが取れたら個人的に訪問しようと画策している。おそらくその方が自由度も高いはずだ。

 と、しばらくすると前方にあるものが見えてきた。巨大な……農場だ。牛たちが放牧されているのが見える。どうやら、あそこが目的地らしく、バスはそちらへ針路を向けた。

 やがてバスが止まったころ、前方の座席に座っていた案内役の尾形さんが立ち上がった。彼女はマイクを持ち、俺たちを見渡して声を上げる。

「皆さん。到着しましたよ。ゆっくりと下りてくださいね」

 基本的に体の大きい種族たちは後方に座らされている。彼女たちが前方にいると後が使える恐れがあるからだ。また、このバスというのも巨大で人外向けに作られている。だからこそ、ピティたちも安全に乗っていられるのだ。

 俺たちは比較的前の方だ。前の人たちが降りていくのにつれて降りていき、それから車外へと歩み出る。都会とは違う澄んだ空気が肺の中に満ちていった。

「気持ちいいわね。将来は、こういうところに住むのもありかも」

 案外ピティはこういったところの方が好きなようだ。彼女の容姿は人目を引くし、それもわからないでもない。

 やっぱり、人とは違う見た目をしている人外はどうしても偏見の目にさらされる。これをどうにかしたいのは山々だが、いかんせん難しいのだ。こればかりは、法律で規制することもできない。長い目で見ていくしかないかもしれないな。

 と、そうこうしているうちにいつの間にか全員が降りてきていた。彼女たちは狭い車内が窮屈だったのか、体をぐ~っと伸ばしている。よくよく考えたら、個人集合でもよかったのではないだろうか?

「はぁ~い、皆さん! それでは参りますよ! 今日はここで農場見学をしたいと思います!」

 これはよい判断だ。都会ばかりでなく、こういうところを見ておくのは確実にいい経験になる。事実、ピティたちも到着してからはずっとうきうきしている。街中は自由見学などでもだいぶ見て回ったし、むしろこういうところを見ていなかったのは事実だ。

 尾形さんは笑みを作り、それから後ろに見える農場を指さす。

「これから私たちが行くところでは、実際に人外の方々が働いています! ですので、聞きたいことがあればご自由に聞いて構わないとのことです!」

 彼女はそこまで言って、ニッと口角を吊り上げた。

「ただし、作物や家畜たちには手を出さないように……だそうです」

 彼女の冗談めいた言い方に笑いが起こる。ピティもクスクスと楽しげに笑っていた。

 尾形さんは満足げに頷いた後で、旗を掲げて歩いていく。俺たちもゆっくりとその後を追った。そうしていると、やはり家畜たちの姿が見てとれる。鼻をひくつかせれば、特有のにおいまで漂ってきた。が、悪くはない。俺も実家が農家だったので、こういうのには慣れっこだ。

 実際、ピティも平気そうにしている。だが、露骨に顔をしかめている人外たちもいた。気持ちはわからないでもないが、あれは農家の人に失礼では……。

「夏樹。よく見てごらんなさい。あの子たちには共通点があるわよ」

 ピティは俺にだけ聞こえるように呟いた。それを受け、俺は顔をしかめている人外たちを見やり――ハッと目を見開いた。

 顔をしかめていたのは、肉食系の人外ばかりだ。彼女たちが顔をしかめ、鼻を押さえているのはおそらく食欲に耐えるためだろう。この動物特有の匂いが野生が色濃く残る種族にとっては耐え難い誘惑となっているのかもしれない。

「わかった? 事情があるのよ。コーディネーターさん」

「……悪い」

「気にする必要はないわ。実際、これはあまり知られていないものね」

 ピティは肩を竦めながらそう告げる。彼女は俺を馬鹿にするでもなく、ただ冷静に口を開いた。

「まぁ、大事なのは学ぶことよ。これは、私のおじい様のお言葉だけどね」

「いいおじいさんだね」

「もちろん。私の自慢よ」

 えっへんと胸を張ってみせるピティ。ややおどけてみせる彼女に、俺はつい笑ってしまった。

「あんたら、例の留学生かい?」

 ふと、そんな声が耳朶を打つ。何者か、と視線を巡らせれば、俺たちのちょうど前方に一人の少女が立っていた。

 彼女はかなりの巨体をしており、二メートル以上ある。体つきはがっしりとしていて、けれど女性的な丸みも合わせ持っている。精悍な顔つきをしていて、肌は軽く日焼けしている。いかにも健康的な少女、といった感じだ。

 彼女は被っていた麦わら帽子を取り、ぺこりと頭を下げる。

「こんにちは。あたしはここの農場で働いているウォードってものだよ。一応種族は『巨人』だけど、正確に言うならハーフかな。人間との」

 彼女の言葉に俺たちはギョッと目を剥いた。人間と結婚した人外は少なくない。が、それが認められたのは最近になってからだ。ということはつまり、彼女の両親は人外の存在が認められる前に出会って結婚していたということになる。

 俺は留学生の中にいる巨人の少女と見比べてみても、やはり大きさに差がある。人外と人間のハーフは、両方の性質が薄まることがあるのだ。だから、彼女は純粋な巨人ほど巨大ではないのだろう。これは科学的にも解明されていることだった。

 彼女は白い歯を輝かせながら、持っていた麦わら帽子を頭に乗せる。

「さて、今日はようこそ。一応あたしはここで雇われている身だけど、案内くらいはしてあげられるよ。まず、やってみたいことはあるかい?」

 まず手を挙げたのは、ピティだった。彼女はいつも率先して動いてくれる。実質、彼女が積極的だから他の留学生たちもつられている節があるのだ。

 ウォードさんはピティを指名する。彼女はゆっくりと、かつよく聞こえるように告げた。

「あの、できれば農業の体験がやってみたいです」

「あぁ、構わないよ。何がいい? 畜産系かい? それとも、農産系? いや、どっちもやっちまうか。よし。班を二つに分けよう。おい! ポルネイア! お客の案内を頼むよ!」

 ポルネイアと呼ばれた小柄な少女――おそらく、小人族の少女はこちらへと歩み寄ってくる。彼女もウォードさんと同じような服装をしていた。ひょっとしたら、制服代わりのようなものかもしれないな。

 ウォードさんは俺たちを指さしで数え、それから頷く。

「とりあえず、畜産系に来たい奴らはこっち。農産系に来たい奴らはポルネイアの方に行ってくれ。どっちみち別の方にも行くから、人数がちょうど別れるようにしてくれよ」

 ウォードさんの言葉を受け、俺たちは二つに分かれていく。基本的に留学生たちの意向を最優先し、ちょうど人数が半々になるように調整した。ちなみに俺とピティは畜産系。テレシアたちは農産系だ。

 ウォードさんは満足げに頷き、バッと手を挙げた。

「じゃあ、行くよ。ポルネイア。よろしく頼むよ!」

「はい! ウォード先輩! 任せてください!」

 ポルネイアさんはウォードさんに別れを告げ、トウモロコシ畑の方に向かっていく。逆に俺たちは建物の方に向かっていった。おそらく、あちらに動物たちがいるのだろう。

 ピティは口角を吊り上げながら、進んでいく。他の者たちも楽しみにしているようだった。

「ここは家畜だけじゃなく作物も育ててるんだ。家畜の糞尿はいい肥料になるからね」

 ウォードさんは歩きながらも丁寧な解説を寄越してくれる。粗暴な人かと思ったが、口調だけで実は責任感が強い人らしい。やはり、見かけで判断していけないのは人間も人外も同じことだな。いい勉強になった。

 ウォードさんは笑みを作りながら、俺たちを見渡す。

「あんたら、留学生ってことは余所の国から来たんだろ? もしわからないことがあったら何でも聞いてくれ。農業は人手が足りないんだ。卒業後に来てくれるなら、いつでも歓迎するよ」

「人手が足りないの?」

 ピティの言葉に、ウォードさんは頷いた。彼女は遠い目になりながらため息をつく。

「まぁね。あたしたちも頑張っているんだけど、やっぱり農業に就こうとする奴らは少ないんだよ。きついし、泥臭いってイメージがあるんだろうけど、あたしはそうは思わない。これほど素晴らしい仕事はないさ。だって、自分の作ったものがみんなの笑顔になるんだよ? これほど誇らしいことはない」

 この人は、仕事に誇りを持っているんだ。俺もこの人のように、自分の仕事に堂々と胸を張れるようになりたい。そうなるためには、まず今の仕事を完璧にこなすことだ。それが一番の近道だろう。

 ウォードさんの言葉に秘められた熱意を感じたのか、留学生の子たちも真剣に聞き入っている。彼女たちの中には目を輝かせてうんうんと頷いている者までいた。おそらく、ウォードさんと同じく実家が農業に従事しているか何かだろう。その気持ちはよくわかる。

 ウォードさんは笑みを作り、前方を指さし、ニッと口角を吊り上げた。

「さぁ、着いたよ! ここが農場さ! ここにいる動物たちの世話を、今日は体験してもらおうかね!」

 彼女の視線の先にいるのは牛や馬……それから、豚や鶏などだ。ウォードさんはバッと両手を突き出し、そして――

「ただし、実食はやめてくれよ」

 やや含みのある笑顔を持って告げた。


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