二十話目~クー・シーのガードマンさん~
さて、翌日の昼ごろ。ピティは学校に行って講習を受けていた。一方で、俺たちコーディネーターは一か所に集められてある説明を聞いている。それは、留学生たちの身の振り方についてだ。
彼女たちが本格的に留学するとなった時、どこの地域に振り分けられるかというものだ。基本的には今回担当しているコーディネーターの担当地域に寄越されるそうだが、中には例外が存在する。
例えば、体が大きい種族だとできるだけ学校に近い方が望ましい。仮に公共機関を利用して通学するとなったら、他に影響が出るかもしれないからだ。
逆に、比較的自由度が高い人外たちに対しては学校から遠めの場所に来るかもしれないということだ。
無論、留学生たちも見知った俺たちが近くにいた方がやりやすいだろう。だが、だといって自分の担当地域から出ていつでもフォローしてあげられるわけではない。こればかりは、どうしても仕方のないことなのだ。
最初からある程度の見立てはしているものの、実際に住んでみて初めてわかることがある。それに、今回はコーディネーター一人につき留学生は一人だった。考慮はしているものの、それでも不十分なところがあったことは否めない。
俺の隣にいるテレシアの担当コーディネーターの男性――松木剛というらしい――は眉根を寄せていた。というのも、彼の担当地域にはかなりの留学生たちが寄せられることになっているからである。
彼の担当地域は比較的ここから近く、土地も大きい。体の大きい種族たちでも十分なほどの施設もあるそうだ。という理由から、テレシア以外の留学生たちも担当地域に来るかもしれないということが告げられている。
一応、俺の担当地域に来る予定なのはピティだけだ。彼女はいわゆる中型種族であり、体もそれなりに大きい。俺が住んでいる場所には彼女向きの物件もあるし、何ら不思議ではないことだった。
前方に立つ学長は俺たちに笑みを向けるばかりである。彼女も中々に苦心してくれているが、まだ難しいところは多い。人外と人間が本当の意味で共存できるのは時間がかかるだろう。
けれど、悲観的になっていても何も変わらない。とりあえずは、これをどうするかが重要なのだ。
俺はもらった書類をまとめ、部屋を後にする。それから、ピティが講習を受けているであろう教室へと足を向けた。
その間も、周囲に視線を配ることを忘れない。窓の外では夏季休業を使って校舎の建て替え作業が行われている。それは、人外を迎え入れるための準備だ。
体躯の大きい種族たちは、どうしても入れる教室が限られる。彼女たちが来る前にも応急処置的に改装を行っていたそうだが、それでも不十分だった。実際、巨人族の女の子などは講堂か、それに類する大教室でしか授業を受けられていない。彼女に合わせて他のみんなも同じ教室に移動させられているが、実際に留学してきた時もそうでは困るだろう。
しばらく歩くと、どこからともなく声が聞こえてきた。尾形さんの声だ。俺はそちらへと足を向ける。すると、大教室で講習を受けているピティたちの姿が目に映った。どうやら、日本に留学してきた時の準備などを聞いているらしい。学部の振り分けも行われるようだ。
ピティは考古学専攻に振り分けられるらしい。彼女が勉強したいと言っていたことだし、これは願ったり叶ったりだろう。
他の留学生たちも自分の興味がある分野、学部に分けられている。誰もが期待に胸を膨らませているようだった。それを見ているだけで、俺もだいぶ気が楽になる。
彼女たちが少しでも楽しめるように、俺たちも尽力しなければ。未熟なのは理解している。だからこそ、全力を出さねば彼女たちに申し訳が立たないだろう。
「あの、すいません。あなた、何をしているんですか?」
「ひっ!?」
不意に聞こえた声に俺は思わず飛び上がってしまう。恐る恐るそちらに視線をやるとそこには……犬耳を生やした凛々しい顔つきの女性が立っていた。
ピンと立った犬耳に、ふわふわの茶色い尻尾。間違いなく、人外。おそらく……『クー・シー』だろう。
クー・シーとは犬の妖精である。猫の妖精である『ケット・シー』とほぼ同じだと思ってくれて構わない。
彼女はこちらの顔をジロジロと覗き込んでくる。元来、彼女の種族は体躯が小さいことで有名だが、彼女は俺よりもわずかに高い。何事にも例外はある、ということだ。
彼女は鼻をひくひくさせていた後で、ポンと手を打った。
「なるほど。あなたはコーディネーターの方ですね?」
彼女の視線が向いているのは、俺が首から掲げている来校証だ。彼女はふっと頬を緩ませ、ピンと背筋を伸ばして敬礼をしてみせる。
「これは失礼をしました。私、クー・シー族のコメットと申します。てっきり不審者かと思い、大変失礼な対応をしてしまったことを謝罪します」
「い、いやいや、俺の方こそすいません。挙動不審でしたよね?」
「えぇ、少し」
彼女は苦笑交じりに言った後で、ドアを手で示した。
「入らないのですか?」
「まぁ……ちょっと。ここで入ると邪魔になりますし」
コメットは中を覗き込み、それからクスリと笑った。
「それもそうですね。では、私はここら辺で」
「あ、ちょっと待ってください」
なぜ呼び止めたのか、自分でもわからない。だが、自然と口が開いていた。
歩き出そうとしていた彼女は不思議そうに俺の方を見た後で首を傾げてみせる。俺はそんな後ろにある自販機を指さした後で、彼女に語りかけた。
「よかったら、少しだけお話しませんか? ここで働いている人に聞いておきたいこともあるので」
「そうでしたか。私でよければ、お力になりますよ」
コメットは快く承諾し、自販機の横にあるベンチに腰かけた。俺は自販機でお茶を二つ買って、その内の一つを彼女に渡す。
「ありがとうございます」
「コメットさん。少し聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「コメットでよろしいですよ。何です?」
「この大学に、もうすぐ人外の留学生たちが来ます。率直に聞きますけど、あなたから見てこの学校は人外にとってどうですか? 過ごしやすいですか? それとも、何か不満がありますか?」
コメットは唇を尖らせた後で、小さく唸った。彼女の尻尾は振り子のようにゆらゆらと揺れている。それはまるで、彼女の心を映す鏡のようだ。
しばらく置いた後で、コメットは答えを述べる。
「私は雇われの身ですから、文句を言うことはできません。が、贔屓目抜きにしてもこの学校はいい所だと思います。私の外見を見て差別する人もいませんし、過ごしやすい環境づくりを心掛けてくれています」
「……本当ですか?」
「もちろん、もろ手を挙げて学校を讃えているわけではありません。私の立場から見ても、至らない点は数多くあります。が、同時に改善しようと努力しています。ですので、私からすればここほど人外向けの大学はありませんよ」
……なるほど。不満がないわけではない。が、それに対して対策を打ってくれているので安心できる、ということだろう。
コメットは満足げに息を吐いた。
「私はここに努めてもう一年ほど経ちますが、入った時とはだいぶ変わりました。施設も、ルールも、何より人の態度も。たったの一年でこれです。ですから、そう考え込む必要はないと思いますよ? きっと、彼女たちは上手くやっていけるはずです。私のような人外も多くいますしね」
コメットは無邪気な笑みを向けながらそう答えてくれる。それは今の俺にとって、何よりも頼りがいのある言葉だった。
そうだ。彼女たちをサポートするのは何も俺たちコーディネーターばかりではない。ここにいる学生、先生、そしてコメットのような人たちもいる。何を恐れる必要があったのだろう?
学校側のバックアップもある。俺たちは、最初から一人で戦っているわけではなかったのだ。
俺は持っていたお茶を一気に煽り、それからコメットに頭を下げる。
「どうもありがとうございました。おかげで、気持ちが少し軽くなった気がします」
「私でよければ、いつでも相談に乗りますよ。私は、人を守るのがお仕事ですから。身体的にも、肉体的にもね」
彼女は尻尾を振りながら言う。俺は笑みを浮かべながら、その茶色い尻尾を撫でた。
この後、俺がどうなったかは言うまでもないだろう。
危うく、通報されるところだった。




