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第二話~眼鏡屋のサイクロプスさん~

 夏の朝。うだるような暑さだというのに、元気の塊のような小学生たちは元気に走り回っていた。俺はその後ろ姿を見ながら、小さく口元を歪ませる。俺にも昔はあんなものがあったものだが、この年になると熱さは耐えられない。しかも、仕事の都合とはいえスーツというのも最悪だ。

 俺は嘆息しながらある場所へと向かっていく。そこにいるのも、当然ながら人外だ。

 目的地はそこまで遠くない。駅に近く、しかも朝早くからやっている。今日の幼児はそれだけだから早めに済ませようとしたのだが、それが裏目に出たようだ。朝の陽ざしは暴力的で、容赦なく俺の体力を奪ってくる。

「はぁ……死ぬ」

 大人しくリリィの言う通りにして夕方、もしくは夜に向かうべきだった。早めに終わらせようという根性が裏目に出るとは思いもしなかった。

 と、そうこうしているうちにいつの間にか目的地が見えてくる。駅ビルの近くにある眼鏡屋――そこに、今日会う予定の人外がいる。

 俺は近くにあった大きめの窓ガラスに映る自分を見て改めて身だしなみを正す。中にいる人から奇異の視線を向けられようが知ったことか。

 最後に髪をわずかに逆立ててからそこへ足を踏み入れた。

「こんにちは」

「あ、どうも。こんにちは」

 中は清潔感に溢れており、白いタイルはピカピカと輝いている。俺は笑みを作りながら奥に座っていた女性に目をやった。

 俺と同じように黒いスーツを身に纏ったおかっぱ頭の女性だ。服を着ていてもわかるほどの胸のふくらみを持っており、非常に女性らしい体つきをしている。彼女を見れば、百人中百人が振り返るだろう。

 それは、彼女の体型が見事だというのもあるが、何より彼女の目が他と違うのだ。

 彼女の目は、顔のど真ん中についている。しかも、二つではなく一つ。大きくパッチリとした目が俺の方を覗き込んできた。

 彼女は『サイクロプス』という種族だ。男性は非常に体つきが大きい種族で主に力仕事をやっているのだが、なぜか女性は人間サイズなのである。

 まぁ、一部は並外れて大きいが。

「……どこ見ているんです?」

 彼女は俺の心を見透かしたように言ってくる。あの大きな目に見られていると、なんだか心の中まで見られそうなのだ。

 俺は内心苦笑しつつ、カウンターに座って彼女に問いかけた。

「お久しぶりです、オーリエさん。日常生活で困ったことはありませんか?」

「えぇ、全く。主人とも仲良くやれていますので」

 彼女の言う主人とは、この眼鏡屋の店主だ。今は体調を崩しており入院しており、その間は彼女がここで切り盛りをしているのだ。ちなみに、旦那さんが入院しているのはクーラのところと同じである。たまに俺も話をするが、中々の好漢だ。だからこそ、彼女も惚れたのだろう。

「あ、すいません。お客様にお茶も出さずに」

 オーリエはそう言って奥の方に消えていったかと思うと、コップにお茶を注いで戻ってきた。俺は置かれたそれをグイッと煽る。この暑い日には嬉しい限りだ。

 俺は息を吐きだし、それから辺りを見渡した。

「最近、ご商売の方はどうですか?」

 彼女はそこで悲しげに目を伏せた。

「それが……あまりよくないんです。私の外見のせいでしょうか?」

 確かに、この日本において一つ目のイメージはあまり良くない。昔から妖怪ではそういう類のものがいたし、本能レベルで苦手意識が染みついているのだ。いくら彼女が優しく気立てのいい人だとしても、やはり人は外見から入る。彼女はお世辞にもよい第一印象を与えるとは言えないだろう。

 こういった問題があるのも事実だ。とはいえ、それを放っておくわけにもいかないのがこの仕事である。俺は頷き、それから続けた。

「……そうですね。確かにオーリエさんが人外だということも関係していると思います。が、すでに人外と人間が出会って三年が経過しています。ですから、一概にそうとも言い切れないでしょう。ただ、もしオーリエさんが気になるなら、こういったものはいかがでしょう?」

 俺は一旦彼女に断りを入れてからスマホを手に取り、それから彼女に見せた。それを見て、オーリエはキョトンと首を傾げる。

「あの、これは何ですか?」

 俺はスマホに映し出された狐の面をかぶった女性を指さす。

「これはお面といって、日本の縁日などで見られるものですね。これには小さな穴も開いているので、視界が塞がれることもありません。流石にマスクでは、オーリエさんの体に合うものがないでしょうけど、これならよいのでは?」

 俺は言いつつあらゆるお面を見せていく。狐の面だったり、おたふくだったり、はたまた鬼だったりと様々だ。が、あるところでオーリエが制止の声を上げた。

「あ、待ってください! 今の、もう一度見せてくれますか?」

 俺はスマホを操作して彼女が示したところまで戻る。そこには、ひょっとこの面をつけた男が映し出されていた。オーリエは目を輝かせながらそれを見やっている。まさか……これが気に入ったのかな?

「えっと……これに興味がおありですか?」

「はい。こんなユーモラスな顔なら、お客さんも寄ってくると思います」

「一応、こういうのもあるんですが」

 俺は最近流行りのキャラ物のお面を見せてやる。が、オーリエは頑として受け入れなかった。もうこれは確定と見ていいだろう。

「このお面で、いいですね?」

「はい。それが、いいです!」

「……わかりました。手配しておきましょう」

 うぅむ……これは彼女が人外だからなのか、はたまたクーラのように海外出身だからか、どうやら俺とは感性が違うようだ。まさかひょっとこの面を欲しがるとは思いもしなかった。

 俺は苦笑しながらもまた問いかける。

「おそらく明日以降に手配されることでしょう。それで、様子を見て下さい。もし、それでもだめだったら対処しますので」

「色々とありがとうございます。助かりますよ」

「まぁ、これが仕事ですから。それに、案外悪くないもんですよ? こうやって人助けをしてみるのも」

 俺は会心の笑みを持っていってやった。すると、オーリエはクスクスと笑い、それからピッと人差し指を立てた。

「私は『人』ではありませんよ?」

 それもそうだ。

 存外まともな答えをされたことに対し、俺は肩を竦めることしかできなかった。


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