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十九話目~(元)人間の罪人さん~

 自称龍人の志野さんと俺たちは、近くの喫茶店に訪れていた。彼女は依然として穏やかな微笑みを讃えたまま、ピティを――より正確に言うならば、彼女の翼を見やっている。ピティはそれが不満であるのか、わずかに眉をひそめていた。

 ただでさえ、彼女は人外で人の注目を引いてしまうのだ。同族の彼女からも好奇の視線を向けられてはたまったものではないだろう。

 と、志野さんは俺の視線に気づいたらしく、やや申し訳なさそうに頭を垂れた。

「申し訳ございません。私としても、同族のあなたが珍しかったもので」

「……私もよ。でも、できるならそうジロジロと見ないでもらいたいわね。あまりいいものではないから」

「えぇ、ごめんなさい。では、ピティさん……でしたよね? あなたは龍人について知りたがっていたようですけど、私に何かお手伝いできることはありますか?」

 それを受け、ピティはわずかに視線を上にあげる。彼女の綺麗な瞳が志野さんをまっすぐ捉えていた。

「そうね。あなた以外に、龍人はいるの?」

「もちろん。ただ、私はちょっと訳ありで、今はこのように各地を遍歴しております」

 訳あり、というのが気になるけど違和感はなかった。彼女はどこか裏がありそうな雰囲気を醸し出している。いや、もちろん悪い人ではないというのは見たらわかるのだが、腹に一物を抱えていそうな人なのだ。たぶん、ピティからしたらやり辛い人物なのだろう。彼女にしては珍しく、後手に回っているのだから。

 志野さんはやはり含みのある笑みのままコーヒーを啜る。やはり、龍人だからだろう。その眼光は鋭く、思わずドキリとしてしまうものだった。

 が、俺は小さく首を振り、それから問いかける。

「一つ聞きますが、あなたはどうして私たちに声をかけてきたんです?」

「そうですねぇ……ただ、同族さんが困っているように見えましたので。それだけです」

 嘘……ではないようだ。同族を助けようとしたのは確かだが、それだけで助け舟を出したのではない、というのが正しい答えだろう。

 ピティもそれがわかっているのか、志野さんにはバレぬよう、こっそりと視線を送ってくる。俺もそれに微かに頷きを返しつつ、目の前にあるウーロン茶を口にする。冷たい茶が俺の頭までも冷やしてくれるかのようだ。

 俺はため息交じりに、志野さんに語りかけた。

「なるほど。それは承知しました。が、あなたは今、どちらに滞在しておられるのです?」

 俺は、サッと自分の名刺を見せてみせる。彼女はそこでようやく俺がコーディネーターであったと知り、その目をカッと見開いてみせる。が、すぐにいつものニコニコ顔になってしまう。なかなか手ごわい相手だ。

 志野さんは軽く微笑み、コーヒーのカップを置いた。刹那、彼女の瞳が一層ぎらつく。

「ふふ、ずるいお方。そんなカードを持っていたとは。別に、違反はしておりませんよ? 私は人を害してもおりませんし、キチンと帰るべき場所もあります。ただし、今は日本を飛び回っているだけなのですよ」

「引っかかる言い方ね。あなた、いかにも龍人って感じだわ」

「それはあなたもでしょう? 異国の龍さん?」

 ピティと志野さんの間で火花が散り、二人から言いようもないオーラが漂う。

 そもそも、ドラゴニュート族も龍人族も元来他を嫌う種族だ。プライドが高く、自分が一番だと思ってはばからない。そんな彼女たちからしたら、目の前にいる同族が憎くてたまらないだろう。ピティは口の端から炎をちらつかせ、志野さんはゴキゴキと指の骨を鳴らしていた。まさしく一触即発の空気が流れる中、俺は喫茶店の中に視線を巡らせた。

 幸いにも、客は俺たちしかいない。が、だからといってここで暴れられたらたまったものではない。喫茶店のマスターも危険を察知したのか顔を険しくしている。

 これは……非常にマズイ。

 警察沙汰になれば、ピティは間違いなく強制送還される。いや、彼女だけじゃない。テレシアも、その他の留学生たちも本国に返されてしまう。そうなれば、全員の夢が潰されてしまう。それだけは、あってはならない。

 俺は咄嗟にテーブルの上にあったお冷のグラスを二つ取り――ピティと志野さんに思い切りぶちまけた。二人はこちらを見もしていなかったせいか、躱すことすら叶わず全身ぬれねずみになってしまう。

 二人から発せられていた恐ろしいオーラはわずかに薄まった。が、今度はやや怒気が込められた視線が俺の方へと向けられる。肉食獣の目だ。本能的な恐怖からか、俺は身震いしてしまう。

「あらあら……意外に度胸があるお方。好きですよ、こんなことをされない限りは」

 志野さんが明らかな敵意を向けてくる。が、そこでピティがサッと立ち上がり、俺の手を引いた。

「夏樹。行くわよ」

「え、けど……」

「いいから!」

 彼女は声を張り上げ、それから志野さんをキッと睨みつける。

「あなた、いかにも龍人族のステレオタイプって感じね。上辺だけ取り繕っていても、中身は醜い蛇だわ」

「そういうあなたこそ、傲慢で無遠慮なドラゴニュートそのもの。神に牙を剥いた種族の末裔らしい態度ですわね」

 ピティは皮肉げな笑いを返し、それから喫茶店を後にする。彼女はずっと不機嫌そうな表情のまま、歩き続けていた。

 が、人通りが少ない路地までやってきたところで、俺は彼女に問いかけた。

「……ピティ。志野さんが言っていたことって……」

 彼女は躊躇いがちに、けれど確かに告げた。

「……そうよ。私の種族――ドラゴニュートはかつては人間だったの。でも、あまりに傲慢だったから龍へと姿を変えられた。以来、生まれる子どもはずっとこうなのよ。こんな醜い、龍と人間が混じり合った体になってしまったのよ」

 ピティは自分の体を指さしながら悲しそうに言う。それは、俺も知らないことだった。

 基本的に、俺の知識というのは配布された資料によるものだ。だから、それに載っていないことはどうしても知りえない。

 考え込む俺をよそに、ピティはどこか諦観を含めたように呟いた。

「私が、龍人に関しての資料を集めていたのは、一族の呪いを解くためなのよ。つまり……人間に戻ること。私たちは、元は人間だったものが人外になった種族。だから、不可能ではないと思っているの。そう思ってここに来たんだけど……やっぱり、ダメね。あの蛇女。何か有益な情報が聞けるかと思ったけど、時間の無駄だったわ」

「……そんな事情があったんだな。悪い。俺、何も知らなかったよ」

「しょうがないわ。言わなかったんだもの」

 ピティは大きくため息をついた後で、ふっと頬を綻ばせてみせる。

「気にしないで。手がかりは自分で見つけるわ。最初から、誰も当てにしていなかったし」

 彼女としては、こちらをフォローしたつもりなのだろう。だが、その言葉はぐさりと心に突き刺さる。

 気づけば、俺の口は自然と動いていた。

「……俺も、手伝うよ。何ができるかわからないけど、俺は君のコーディネーターだ。少しは、俺を頼ってくれよ」

「私、夏樹のそういうところ好きよ。優しいのね。ありがとう」

 彼女はそれだけ言って、歩き出そうとする。が、俺は咄嗟に彼女の手を掴み、言った。

「それと、さ。ピティは可愛いよ。醜くなんかない。それは、俺が絶対に保証するよ」

 しばらくの沈黙が流れた後で、ピティがクスリと笑う。彼女はこちらに向かってクルリと向きなおり、それからふふっと軽く笑い、

「知ってる」

 満面の笑みを浮かべながら、そう言うのだった。


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