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十八話目~龍人の旅芸人さん~

 翌日。俺とピティは隣の市の図書館へと赴いていた。今日は一日自由行動であり、街の雰囲気を知ることが最優先事項だと伝えられている。その旨はしっかり伝えたのだが、彼女は頑として図書館に来たいと譲らなかったのだ。

 ピティは動きやすそうなワンピースを着て、麦わら帽子を被っている。元々暑さには耐性があるそうだが、かといって日光を浴びすぎるのもよくないらしい。特に、彼女たちドラゴニュート族は長いこと地下で暮らしていたせいで、日光にはあまり強くないそうなのだ。

 ピティは俺の隣に着くなり、チラリと俺の方を見てくる。

「ところで、夏樹。リリィはどうしてこなかったの?」

「まぁ、来たがっていたんだけどな。急な仕事が入ったらしくて」

 実際、リリィもここに来てピティと遊びたいと言っていたのだが、急患――と言ってもぬいぐるみだが――が、運ばれて来たらしく、それを聞くなり一目散に行ってしまったのだ。リリィは人形が命を持った種族だ。ぬいぐるみは、つまるところ同胞のようなものである。心優しい彼女がそちらを優先してしまうのは、ある意味しかたのないことなのだ。

 ピティもそれがわかっているのだろう。困り顔になりながら頬を掻いていた。

「にしても、リリィも大変ね。あなたの手伝いや、他のお店の手伝いまでやっているんだから。感謝しなさいよ」

「もちろん。俺もずいぶん助けられたしな、あいつには」

 思えば、あいつがいてくれなかったら俺はこうしていなかったかもしれない。リリィと一緒にいて退屈したことも、彼女の存在を疎んだことも一度もない。むしろ、彼女はすでに俺の家族のようなものだと思っている。

 俺は口角を吊り上げつつ、ピティに語りかけた。

「あいつとは結構長い付き合いだからな。この仕事を初めて、しばらくしてから出会ったんだけど、それからずっと付き合っている」

「それは、男女的な意味で?」

 その言い分に、俺は思わず吹き出してしまう。ピティもまだ日本語が不十分なところがあるらしい。言葉通りの意味で受け取ってしまったようだ。

「違うよ。あいつとは、兄妹みたいなものかな?」

「ふぅん……まぁ、リリィは可愛いものね」

「ピティもな」

「あら、ありがとう」

 ピティはまんざらでもなさそうに笑んだ後で、ごほんと咳払いを寄越す。

「ところで、夏樹。図書館はあとどれくらいなの?」

「大体十分くらいで着くさ。すぐだよ」

「いっそ、飛ぼうかしら? そっちの方が早く着きそうだわ」

 ピティはむっと唇を尖らせた後で、自分の翼をはためかせてみせる。だが、俺はそこで制止の声をかけた。

「ダメダメ! 飛んだらみんなビックリしちゃうだろ? ルールは守らなくちゃ」

「わかってるわよ。冗談。にしても……徒歩がこんなに辛いとはね。国では使用人が送迎してくれていたし、自分でどこかに行く時は空を飛んでいたもの」

「え、絵に描いたようなお嬢様だな……」

 その言い分に、俺は思わず目を剥いてしまう。漫画や小説の中でしか見ないようなお嬢様が目の前にいるのだ。それもしょうがないというものだろう。

 ピティは大きくため息をつきながらも、それでも決意を込めたまなざしで前を見据えた。

「でも、これも大事よね。私がここに留学してきたら、当然こうしなくちゃいけないんだから」

「うん。いい心がけだと思うよ」

 ピティはその態度から傲岸不遜でわがままな性格だと思われがちだが、実は違う。思いやりがあり、それに礼節を重んじている。意外に真面目だし、昨日も帰ってくるなり聞きかじったことをメモして自分の知識にしようとしていた。

 それに、図書館に好んで向かうのもそれの表れだろう。彼女は知識欲の塊のようなもので、興味があることはどんどん吸収しようとする。これは俺も見習うべきところだ。

「何よ。ニヤニヤして。気味が悪いわ」

 ……まぁ、たまに毒を吐くときはあるが。俺はそんなことを思いながら、小さく頭を垂れた。


「……すごいわ。国立図書館よりもたくさんの書物があるなんて」

 図書館に着くなり、ピティは開口一番そう呟いた。彼女が向かった図書館はここら辺でも特に大きいところだ。その蔵書数は、かなりのものである。ピティはそれらに圧倒されているようだった。

「何か、見たいものはあるかい?」

 俺は彼女に図書館のパンフレットを渡してやる。彼女はそれに目を通した後で、わずかに首を傾げた。その後で、チラリとこちらの顔を覗き込んでくる。

「ねぇ、文献を漁りたいんだけど、日本の伝承に関するものはどこにあるのかしら?」

「オッケー。ちょっと待ってな」

 俺はすぐさまカウンターに座っている司書さんの元へ向かい、場所を聞き出す。そして彼女に礼を言ってから、ピティに告げた。

「三階だってさ。案内するよ」

「そこは、スマートにやってもらいたかったわね」

「……悪い」

 俺の言い方が面白かったのか、ピティはぷっと吹き出し、それからハッと口を押さえた。彼女はどこか怯えた様子で周囲を警戒している。俺は彼女を刺激しないように優しく声をかけた。

「どうした?」

「……いえ、ちょっとね。故郷ではちょっとでも騒ぐと司書から叩き出されたものだから」

 なるほど。ドラゴニュート族の中には激情家も多い。その司書さんも、その部類だったのだろう。ちょっとやり過ぎかもしれないが、静寂を是とする図書館に置いては必要な人材かもしれないな。

 俺はそんなことを思いつつも、彼女の手を引いて三階へと向かっていく。その間、ピティは他の来館者を眺めていた。

「人外もいるのね」

「あぁ、そうだよ。結構いるんだ。ここは人外でも来れるようになっているから」

 俺もチラリと辺りを見渡しながら呟く。今見ただけでも、かなりの人外たちがいた。中には、俺と面識がある奴もいたほどである。今日はオフだったのか来館していたアラクネ族のクーラは俺に向けて手を振ってくれていた。

 彼女に手を振る俺とピティ。クーラは俺たちに淡い笑みを向けた後で本を探す作業に戻った。

「夏樹って、意外と顔が広いわよね」

「まぁね。この仕事をやっているからさ」

 俺は自分のスーツの襟を立ててみせる。ピティも「それもそうね」と返してくれた。

 ――と、そうこうしているうちにいつの間にか目的地へと到着していた。俺は先ほど司書さんから教えてもらった情報を頼りにその場所へと向かいつつ、ピティに尋ねる。

「一つ聞くけど、何を調べるんだ?」

「前も言ったと思うけど、龍人についてよ。日本にいる同族たちについても知っておきたいから」

 やはり、か。ピティは目をキラキラと輝かせている。よほど楽しみのようだ。これは、俺もちゃんと答えなければならない。

 目的の棚まで衝くと、そこには大量の資料が並べられていた。分類的には、民俗学になるらしい。妖怪に関する本や、西洋の人外たちに関する本もズラリと陳列されていた。

 ……が、残念なことに、龍人の資料は見つからない。ピティもそれには眉根を寄せていた。

「……ない……いや、見つけてみせるわ」

 彼女は決意を込めたまなざしで棚を凝視している。俺も彼女を見習うべく、棚の本に目を走らせた……けれども、それらしきものは見当たらない。

 龍人信仰を題材にした本は、そもそもの数が少ないのだろう。蔵書数が多いここならば、とも思ったが、これは難しそうだ。

 これは、無理なのではないか――そんな考えが頭をよぎったその時だった。

「お困りですか? 何を探しているんです?」

 綺麗な鈴の音のような声が耳朶を打ったのは。ピティは棚を凝視したまま答えを返す。

「ちょっとね。龍人伝説についての本を探しているのよ」

「まぁ。そうだったんですか。私でよければ、お力になりますけど」

「本当?」

 と、ピティが顔を上げた――直後、彼女の顔がピキリと固まる。

 だが、それも当然だろう。

 なぜなら、彼女の目の前に立っていたのは……彼女が探し求めていた、龍人の女性だったのだから。

 緑色の鱗に体を覆われており、頬の一部まで侵食されている。それが彼女の白い肌と見事な対比をなしていた。さらに、髪はピティのものとは違って黒い。日本由来だからだろう。角が生え、翼は生えていない。いかにも東洋の龍、といった感じだ。

 雅な和服を身に纏った彼女は、ぺこりと頭を下げてみせる。

「お初にお目にかかります。『龍人』族の綾瀬川志野あやせがわしのと申します。この街では、一介の旅芸人として名を馳せております。もしお困りのようでしたら、お助けしますよ? 同族さん」

 彼女はそう、どこか含みのある笑顔で告げるのだった。


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