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十七話目~座敷童の大学講師さん~

 翌朝、俺とピティは大学へと向かっていた。今日は、学校で講師の方々や在校生が集まって質問会を開いてくれるらしい。ここで印象を固めておくのが目的だそうだ。ピティ立留学生もここで不安なことなどを聞いておき、実際に数か月後に留学してくるときに役立てるそうだ。

 ピティは大きなあくびをしながらも足を進めていく。彼女は昨日、結局そのまま寝てしまったのだが、そのせいで朝はたくさんのご飯をおかわりしていた。当然、腹がいっぱいになれば眠くなるものだ。彼女は何度も目を擦っている。抗議の最中に眠るような事態にならなければいいが……。

「どうしたの? 私の顔に何かついている?」

 どうやらじろじろと見過ぎていたらしい。ピティはジト目で俺を睨んできた。

「いいや、そういうわけじゃない。ただ、眠そうだなって思っただけだよ」

「当たり前じゃない……もう今すぐ寝たいくらいよ」

 俺はそんな彼女に苦笑を返す。すでに大学は目と鼻の先だ。あと少しだけ頑張ってくれれば、一安心である。ピティもそれがわかっているのか、できるだけ早く学校に着こうとしていた。

 俺は先を歩く彼女をよそに、スマホを開いて今日の予定を確認する。とりあえずは話しを聞いて、それからはまた学校を見学することになっている。昨日は行けなかったところも今日は案内してくれるらしい。

 かなり考えられているとは思うのだが……俺はある不安を抱えていた。

 それは、ピティたちがこの学校でうまくやっていけるのか、ということだ。ここに来てから学校の施設などは教えてもらったが、人とはほとんど接していない。いや、正確に言えば人外には触れているが、それでも彼女たちはこの学校の中のマイノリティだ。できるだけ、留学生の子たちには人外の子だけじゃなく人間とも仲良くしてあげてほしいというのが俺の願いだ。

「夏樹。ぼんやりしていると置いていくわよ?」

 ふと、そんな声が前方から聞こえてくる。ピティはだいぶ眼が冴えてきているのか、いつもの通り厳しめの口調になっていた。俺は口角を吊り上げつつ彼女の後を追っていく。すでに別の留学生たちも、目的地へと向かってきているようだった。


 さて、それから数十分後。俺たちは大きな教室へと集められていた。すでに尾形さんは前の席に腰掛けており、彼女の横には相方と思われる女性が座っている。尾形さんと瓜二つだ。手長足長族の『足長』の方だろう。人間のように見えるが、わずかに足が長い。擬態は日本妖怪の得意分野なので、それを利用しているのだろう。

「皆さん、おはようございます」

 ふと、そんな声が耳朶を打つ。あたりに視線を巡らせてみると……ドアのところにその人物はいた。妙齢の、小柄な女性だ。見たところ、彼女は人間のようである。人外独特の雰囲気のようなものが一切ない。それは、他の留学生たちも感じ取っているようだった。

 その女性は教壇のところまで歩き、備え付けられているマイクに向かって語りかける。

「皆さん、ようこそ私たちの大学へ。私が、ここの学長です」

 その言葉に、俺たちの中でもざわめきが起こる。学長自らが訪れてくれるとは、かなりのビップ待遇だ。が、それも当然かもしれない。人外は未だデリケートな部分を多く抱えている。それはそう簡単に克服できるものではない。だからこそ、俺たち人間は彼女たちと上手く共存できるように最善の手を尽くすのだ。

 学長は、俺たちを見渡した後でニッコリと微笑んでみせる。そこには、人を安心させる何かがあった。

「皆さんはまだここに来て日が浅く、戸惑うことも多いと思います。今回はお試し、ということですが、私たちとしては是非あなたたちに来てもらいたいのです。互いに、よくわかりあうために」

 学長は一呼吸おいて、さらに続ける。

「人外と人間は、まだ完全にわかりあえたわけではありません。その歴史は浅く、関係性もまだ脆いです。ですが、だからこそ私たちはもっと積極的に関わっていくべきだと思っています。相互理解こそが、これからの未来を創る鍵なのです。そう簡単にいく話ではないかもしれません。ですが、私たちの子どもや、孫たちが今よりもっと仲良く歩んでいける未来を創るために、お互い、頑張りましょう」

 数秒後――誰ともなく拍手を送る音が響いた。その音は徐々に大きくなっていく。ピティは目を輝かせながら力強い拍手を送っていた。彼女だけでなく、テレシアやそのほかの留学生たちも同様である。俺から見ても、学長の言葉はかなりの説得力を持っていた。

 と、そこで尾形さんの隣に座っていた女性が立ち上がり、教壇に上る。学長は彼女と入れ替わりで、近くの席に腰掛けた。

「学長、ありがとうございました。さて、留学生の皆さん。ここでお待ちかねの、在校生への質問コーナーに入りたいと思います……が、ちょっとここから移動します。荷物は置いたままで、私たちについてきてください」

 彼女は学長と共にそそくさと外へと出て行ってしまう。それを見送った後で、尾形さんが立ち上がった。

「さぁ、皆さん。今から案内しますので、どうぞついてきてください」

「……また歩くの?」

 ピティは明らかに不満そうだ。まぁ、我慢してくれ。

 彼女はぶつくさ言いながらも席を立ち、尾形さんの元へと向かう。あらかた留学生が集まったのを見てから、尾形さんは笑みを浮かべた。

「では、参りましょう!」

 悠々と歩きだす尾形さんの後をついていく俺たち。他の留学生たちも、歩くのには疲れているようでぐったりしている。というか、このハードスケジュールだ。今回が初めての試みだったということだけれど、色々反省点も多そうである。

 だが、それこそ先ほど学長が言っていたことにつながるだろう。たくさん失敗をして、しかしそれを無駄にせず後世に伝えるのだ。あの人とは、いい話ができそうである。

 それから歩くこと数分。見えてきた建物を見て、俺はハッと目を見開いた。

 なぜなら、そこは食堂だったからだ。だが、中が見えないように黒い横断幕がかけられている。おそらく、いや、十中八九何かあるだろう。ピティもその様子に困り顔だった。

 尾形さんは扉の前で一度立ち止まり、それから大きな声で告げる。

「さぁ、皆さん! 遅ればせながら、ようこそ私たちの大学へ!」

 そう言って彼女が手を広げると同時、勢いよく扉が開かれ、続いてクラッカーの音が鳴り響く。中には大勢の生徒と講師たちが揃っていた。休みだというのに、おそらくは自由参加だろう。それなのに、かなりの人数だ。しかも、全員が楽しそうにしている。彼らも、留学生たちに会いたがっていたに違いない。

 尾形さんは笑みを浮かべた後で、クイクイと手招きしてみせる。それを受けた留学生たちが入っていくと、割れんばかりの拍手と喝采が起こった。

 ここまでの歓迎だ。嬉しくないはずがない。ピティたちも先ほどまでの態度はどこへやら、心底嬉しそうにしていた。

 そうだ。そもそも、彼女たちは日本に興味があってここに来たのだ。昨日はあっさりしていた説明会ばかりだったが、本来はこうやって日本の人たちと触れ合うことを望んでいたはずである。大学側は、ちゃんとその意図を汲んでいてくれたのだ。

「さぁ、皆さん! 精一杯飲んで食べてはしゃぎましょう! 今日は丸一日空いてますからね!」

 尾形さんとその相方の女性が告げる。彼女たちは持っていたジュースなどを留学生たちに渡していた。まだ未成年もいるし、酒が飲めない種族もいるからだろう。そこら辺もちゃんと考えられているらしい。

「はい、どうぞ」

 ふと、誰かがジュースを寄越してくる。手が伸びている先を見てみると、そこには小学生くらいの少女が立っていた。

 俺はグラスを受け取りつつ、その子の頭を撫でる。

「ありがとう、お嬢ちゃん。頂くよ」

 その子はクスクスと笑いつつ、薄目で俺の方を見つめてきた。

「あのぅ……一応私、大学生ですよ?」

「え!?」

 俺の反応が面白かったのか、彼女は楽しげにコロコロと笑う。唖然とする俺に対し、彼女は優しく教えてくれた。

「私は座敷童です。一応、この大学で民俗学を教えています」

「せ、先生だったんですか!? す、すいません……」

「いいんですよ。慣れてますし」

 彼女はふっと頬を緩めながら、語りかけてくる。

「あなたはコーディネーターの方ですよね?」

「えぇ。ただ……あなたとはお会いしたことがありませんね」

「そうでしょう。私の担当は、彼ですから」

 彼女が指差しているのは、テレシアのコーディネーターの男性だった。またしてもサラダを貪り食っている。見かけによらず、草食系のようだ。

 基本的に、コーディネーターは地域ごとに分けられている。以前俺が別の地域にお邪魔させてもらったことがあるが、あれは特例中の特例だ。普通はその地域だけで活動する。だから、よその人外についてはほとんど知らない場合が多いのだ。彼女も、その類だろう。基本的に名簿をもらっている人外しか、俺は知らないのだから。

 俺は彼女に対し、穏やかな声で問いかける。

「ところで、あなたのお名前は?」

夏野岸早苗なつのぎしさなえです。変な名前でしょう? 私が勝手につけたんですけどね」

 早苗さんはクスクスと笑う。よく笑う人だ。彼女は静かに前方に視線を移し、話し込んでいる生徒たちを観察し始める。

「私たち人外も、だいぶ暮らしやすくなりました。存在が明らかになるまでは、人間として自分を騙して生活していましたから」

「えぇ……存じていますよ。人外の方は、肩身の狭いをしていたと」

「ですが、こうやって公になっても誰も私たちを見世物として扱いませんでした。どころか、対等に接してくれる子がほとんどです。きっと、これからの未来は明るいでしょう。もう、昔とは違いますから」

 ずいぶん含みがある言い方だ。というか、この人……。

「あの、すいません。今、おいくつなんですか?」

「女性に年を尋ねるのは無粋ですよ」

 彼女はキッパリとそう告げる。が、話口からするに相当の年月を生きているらしい。

 人外の寿命は人間とは違う。それこそ、永久に近い年月を生きる人外もいる。座敷童の彼女も、その類だろう。彼女は、きっと見てきたのだ。人外としてばれた者たちが、どうなってきたのかを。だから、今こうやって言えているのだ。

 そう思うと、少しだけ胸が苦しくなる。人間の身勝手さのせいで、彼女たちをずっと苦しめていたのだから。

「気にする必要はありませんよ。もう過去のことですから」

 俺の心を読んだかのような言葉。早苗さんはニコニコと微笑んだまま、俺の背中をさすってくれていた。その温かな感触に笑みを浮かべながら、俺はポツリと言葉を漏らす。

「ところで、早苗さん。どうして、俺に話しかけてきたんです?」

「……好みの男性だったから、ではダメですか?」

 その言葉にぎょっとしてしまい、グラスを落としそうになるが早苗さんはそこで自分の左手を見せてやる。その薬指には、光り輝く銀色の指輪が嵌められていた。

 なるほど……伝承通り、いたずら好きな種族だ。

 俺はお返しと言わんばかりに彼女の頭を撫でてやる。早苗さんはそれで起こるのかと思ったが……意外にも、気持ちよさそうに目を細めているだけだった。


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