十二話目~ハーピーの郵便屋さん~
気持ちのいい朝、俺はリビングでリリィが作ってくれた朝食を口にしていた。今日は仕事もないので、ゆっくりできている。リリィもたまの休日を満喫できるようにと尽力してくれている。
俺は大好物の煮物をぱくつきながら、テレビを見やる。そこでは、獣耳を生やした少女が楽しげにカメラに向かって語りかけていた。
人外がテレビに露出することも珍しくなくなった。当初はまだ抵抗もあったのか、人外はテレビやその他のメディアを避ける傾向にあったのだが、今は積極的に出演してくれるものも存在する。聞いたところでは、人外のみで構成されたアイドルグループが結成されつつあるらしい。
人間たちも彼女たちに対しての抵抗感というのは徐々になくなってきているし、いい傾向だろう。このままの調子で事が進めばいいと、いつも願っている。
俺はコップに入れられた水を煽り、ほぅっとため息をつく。すでに太陽は上っており、眩い光を放っている。こんないい陽気の日に家でゴロゴロするというのもなかなか乙なものである。まぁ、リリィには怒られそうだが。
と、そんなことを思っていると、不意に玄関先でチャイムが鳴る音が聞こえた。俺は持っていたコップを置いて、リリィの方を見やる。彼女は肩を竦めながら持っているお玉を掲げてみせた。どうやら、俺が出る必要があるらしい。
俺はそっと腰を上げ、玄関の方へと向かった。どうやら相手は気が短いらしく、チャイムを何度も連打していた。
「はいはい。今行きますよ」
俺はポツリと呟き、それからドアを開けた。すると、そこにいたのは小柄な少女。だが、その体には制服のようなものを身に纏っている。肩からは鞄をかけており、ニッコリと笑みを作っている。胸元と鞄につけられているワッペンを見るに……どうやら、郵便会社の人らしい。
ただ、普通の郵便局員とは違う。彼女は、人外だ。
両腕は翼で、足にはかぎづめがついている。おそらく、飛行系の人外だ。
彼女はピッと礼儀正しい敬礼をしてみせる。
「はじめまして! 私、ハーピーズの職員であるピラハと申します!」
「あ、どうも……」
やはり、ハーピーだったか。
それにしても、ずいぶん若い。おそらく、まだ十代くらいだろうか?
顔つきは幼いし、何よりその肌は素で湯上りたまご肌と言っても差し支えないレベルだ。髪は飛行の邪魔にならないためか、短くまとめられている。清潔感に満ち溢れているが、それも職場ゆえかもしれないな。
彼女はやや上ずった声音で続ける。
「この度、私はコーディネーターである四宮夏樹様にあるお手紙をお届けに参りました!」
「手紙? 誰からだ?」
「詳しくは、こちらをどうぞ!」
彼女は鞄の中に手を突っ込んで茶色の封筒を渡してみせる。俺はそれを受け取り、丁寧に包装を破いて中にある手紙を取り出した。そこに描かれていた内容を見て、俺はわずかに眉根を寄せる。
「……ホームステイの申請?」
そう。そこに描かれていたのは、夏休みの期間だけ日本に来る人外をホームステイさせてあげてほしい、という旨の内容だった。封筒をよく漁ってみれば、その人外のプロフィールが書かれた紙などが同封されている。
俺は目の前にいる彼女に一旦断りを入れ、それから本部に連絡を入れる。数分もせずに帰ってきた上司の声にかぶせるように、俺は問いかけた。
「あの、すいません。いきなりホームステイの申請についての手紙が寄越されたんですが」
『あぁ。それか。まぁ、上層部の命令でな……俺もよくわかっとらんのだ』
「そんな……」
『まぁ、上もお前に期待しているんだよ。実際、人外たちからの評判もいいしな』
基本的に、人外たちはコーディネーターの処置が適切であったかなどを図るためにアンケートなどを取られているらしい。そこで相性の判断などが行われて、最悪の場合交代させられることもあるのだが、にしてもこれは例外中の例外だ。
俺はたまらず尋ねる。
「ちょっと……だいたい、相手には承諾は取れてるんですか?」
『その点はな。ただ、ちょっと気をつけた方がいいぞ。あっちは、なんでも王族らしいからな』
「はぁ!?」
言われて、俺は改めて書類に目を通す。すると、確かにそこにはそれらしき記載があった。唖然とする俺をよそに、上司は告げる。
『決定事項だ。やってくれ』
「あ、ちょっと!」
すぐさま電話を切られてしまった。俺は大きなため息をついた後で、目の前の少女へと向き直る。彼女は軍隊顔負けの綺麗な姿勢で立っていた。俺はそんな彼女に笑みを寄越す。
「どうもありがとう。お仕事、頑張って」
「はい! そちらもどうぞ、頑張ってください!」
言うなり、彼女は空の彼方へと飛び去ってしまった。その後ろ姿を見送った後で、俺は今一度書類に目を通しため息をついた。
とりあえず、わかったことが一つある。
今日の休みはなくなった、ということだ。




