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十一話目~コボルトの宝石屋さん~

 眼前に広がるのは、煌びやかな色とりどりの宝石たち。目もくらむばかりの輝きに、俺は思わず目を細めてしまう。

 ここまで言えばわかると思うが、俺は今宝石店の中にいる。別に誰かにプレゼントを買いに来たというわけではなく、今日も仕事だ。俺は目を凝らしてカウンターの奥にいる女性を見やる。

 青色の髪をした小柄な女性だ。しかし、その体からは気品が溢れており、どことなく威厳を感じさせる佇まいだ。それだけで彼女がこの仕事にどれだけ真摯に取り組んでいるのかがわかる。

 その女性は朗らかな笑みを浮かべながら着ているスーツの襟を正す。そこにも彼女の几帳面さが現れ出ている。

 彼女は『コボルト』族のフレアだ。今は、この宝石店で勤務している。

 コボルト族というのは元来鉱物の扱いに長けた種族であり、その目利きは人間など足元にも及ばないほどだ。さらには、鉱物の加工や装飾もお手の物である。そのおかげで、こういった業種には彼女たちの様な種族が選ばれやすいのだ。

 俺は彼女の方に歩み寄り、ぺこりと頭を下げる。

「どうも、こんにちは」

「はい。いつもご苦労様です」

 彼女は温厚な口調で答える。本来、コボルト族は活発な人が多いのだが、彼女は職務柄か穏やかな物腰で話すのだ。元々おっとりした方で種族では浮いていたそうだが、このように人間と交わるようになってからは多少マシになったそうである。

 彼女は笑みを浮かべながら俺に着席を促した。

「どうぞ、おかけください」

「はい。ありがとうございます」

 俺は椅子に腰掛けつつ、手元のショーウインドウに飾られている宝石に目をやる。その額は、俺の給料三か月分などでは到底まかなえぬものだった。

 俺は若干頬をひくつかせながら、改めて彼女に向きなおる。

「最近、調子はどうですか? コボルト族の方々にとって、ここはあまりいいところではないと思うのですが」

 基本的に、彼女たちの種族は鉱山に住みつく。だが、ここにそんなものはないし、自然なんて概念も希薄だ。だからこそ困っているのではないかと思ったのだが、その心配は杞憂に終わった。

 フレアは不思議そうに首を傾げながら頬に手を当てる。

「困っていること……特に、ありませんねぇ。ここは鉱山に住んでいた時と違って食料も豊富ですし、何より面白いものがたくさんありますから」

 やはり、彼女はステレオタイプなコボルト族とは一線を画している。かつては異端と呼ばれていたかもしれないが、この状況ではそう呼ばれることも少ないだろう。むしろ、彼女の方が柔軟に物事に対処できている。

 まだ俺の管轄内にはいないが、都会の生活に適応できず田舎に帰ってしまった人外もいるらしい。それは人間と人外の相互理解を目標とする俺たちにとっては喜ばしくないことだ。

 だから、できることならば彼女のようにこの世界を満喫してほしい。もちろん俺たちコーディネーターはそのためならどんなこともやる覚悟だし、その準備もできている。

 まだ彼女たちも人間と言う異種族の俺たちに苦手意識、とはいかないまでも遠慮があるのだろう。彼女たちと人間が交わってからもう数年が経つが、それでもうまくいかないことは多い。俺も、もっと頑張らなくては……。

「夏樹さん? どうかしましたか?」

「ッ!」

 フレアから呼びかけられ、俺はハッとする。

 いけないいけない。彼女のことを放っておいて浸るなんて、それこそコーディネーター失格だ。

 俺は咳払いを一つ寄越した後で、彼女に語りかける。

「すいません。で、ですね。他に苦労していることはありませんか?」

「特には……あ、そうですね。一つ、ありました」

「それは?」

 俺の問いに、彼女はわずかに頬を染めてみせた。その反応を見て、俺はあることを思い浮かべる。

「もしかして、恋煩いって奴ですか?」

「ふふ、違いますよ」

 存外あっさり返された。彼女はわずかに頬を染めたまま、宙に指を走らせる。

「最近、運動不足を気にしているんです。ここら辺で、どこか運動ができる場所ありませんかね?」

「スポーツジムならあると思いますよ? まぁ……お休みを取ってたまには山に出かけるのもいいのでは?」

「いやぁ、それは……山に出かけると、どうしても掘り起こしたくなって、結果的に自然を壊してしまうんですよ」

 サラリと怖いことを言うな、この人は。まぁ、コボルトの性質を考えれば当然か。

 俺はため息をつきながら、ゆっくりと腰を上げる。それからポケットに手を突っ込み、そこから一枚の紙を取り出した。さらに胸ポケットからボールペンを取り出し、あるアドレスを書きこむ。そこは、人外向けの設備が置いてあるジムだ。

 俺は彼女にそれをサッと渡す。

「とりあえず、ここに行ってみてください。体験もやっているはずですから、体を動かすだけでもいいかと。一応、私の知り合いが勤めていますので、連絡くらいは入れておきますよ」

「まぁ。ありがとうございます。そうだ。よろしければ、夏樹さんもご一緒にどうです?」

「いや、それは……遠慮しておきます」

 俺の脳裏をよぎるのは以前の記憶だ。人外専用メニューに無理矢理付き合わされ、最後の方は意識がなかった。結果、目覚めたのはベッドの上で、どのようになっていたか尋ねても誰も応えてくれなかったのだ。

 以来、俺はあのジムへ行かないようにしている……が、目の前のフレアを見るに、断るのはほぼ無理そうだ。

 俺は半眼になりながら、今日何度目かわからないため息をついた。


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