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百話目~旅路~

「いやぁ、馬子にも衣装とはこのことだなぁ、おい!」

 それが、控室で聞いたレジオの第一声だった。彼は顎に手を置きながらニヤニヤと俺を見つめている。その横では同様のリアクションをしているシュラとヴェルディたちの姿があった。

「うるさいな。茶化すなよ」

 軽くレジオの頭を小突こうとしたが、ひらりと躱されてしまう。彼はクスクスと笑いながらシュラたちと共に出口の方へと向かっていく。彼らも今日だけは珍しく正装している。ただ、シュラに限っては花魁風の衣装なのでちょっとばかり露出が激しいが。

「夏樹ぃ。あんた、リリィを大事にしてやりなよ?」

「わかってるって。今さら言われるまでもないさ」

「にしても、今日はずいぶん集まっているね」

 ヴェルディがポツリと呟く。俺も先ほどホールを見せてもらったが、すでに大勢の人外たちや人間たちが集まってきていた。俺とリリィの顔見知りに連絡しまくったら、このような大所帯になってしまい、結果的に会場も人外向けの巨大なものへと移されたほどだ。

「で? お前らは何しに来たんだ?」

『冷やかし』

 全員同時に答えられた。俺は頬をひくつかせながら、彼らに向かって手近にあった雑誌を投げつける。レジオはそれを手で払いながらゲラゲラと下品な笑いをあげた。

「いいじゃねえか。それと聞きたかったんだが、リリィはどこだ?」

「別の控室だよ。言っとくが、手を出すなよ。俺の嫁だ」

「ハッ! 言うじゃねえか! いや、本当にめでてえな。おめでとう」

 レジオにしては珍しく物憂げな顔になった。それを見て、わずかながら怯んでしまう。

 が、彼はすぐに調子を取り戻し、ニヤリと口角を吊り上げた。

「さて! 今日はたっぷり飲ませてもらうぜ! 行くぞ、お前ら!」

「おうともさ! 飲み比べながら負けないよ!」

「ちょ、ちょっと待て! 僕はお酒は……」

 慌ただしく去っていった三人組を見て苦笑する。あいつら、地味に仲がいいんだよな。たぶん、それなりに有名な人外だから何かしら通じるところがあるのかもしれない。メディアさんがいればレジオとヴェルディで何か見覚えがあるトリオになりそうだが、彼女はそんな柄じゃないしな……。

 コンコン。

 などと思っていると、不意に扉を叩かれる音が耳朶を打った。

「入ってくれ」

 次の瞬間入ってきたのは綺麗なドレスに身を包んだフレアさんとこちらはやや古びた着物を身に着けたかずらだった。フレアさんはにこやかな笑みを浮かべながら俺の方に歩み寄ってくる。

「ご結婚おめでとうございます。それと、指輪はどうでしたか? 喜んでいただけましたか?」

「もちろん! どうも、ありがとうございました」

 指輪はフレアの店で売っているものを買ったのだ。しかも、超格安で。流石にそれは申し訳ないと思ったのだが、半ば無理矢理な形で割引されてしまった。まぁ、それはいいが。

「ふふ、馬子にも衣装だね」

「お前、レジオと同じこと言ってるぞ、かずら」

 その言葉にかずらは妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、ひょいと肩を竦めてみせる。

「しょうがないじゃないか。こういう時はそう言うのがお約束だろう? それにしても、君。またスーツかい? いつも同じ服を着ているように思えるのは気のせいかな?」

「まぁ、そういうお仕事ですものね。仕方ないですよ」

 かずらの言葉にフレアがフォローを入れてくれる。確かに、俺はいつも仕事に追われていたからスーツしか着ていなかった。特に人外たちと会う時は仕事の時が多いのでそういった印象がついてしまうのは仕方ないだろう。

「さてさて、私たちはそろそろお暇しよう。そろそろ始まるころだろうしね」

 去っていくかずらとフレアに頭を下げ、俺は今一度スーツの調子を確認する。卸したての服はパリッとしていていい調子だ。これなら、どこに出ても恥ずかしくない。

「さて、そろそろ行くか」

 と言っても、そのままホールに向かうのではない。俺が行くのは、リリィの控室だ。俺はすぐさまそちらに向かい、コンコンとドアをノックした。すると、数秒せずに扉が開かれる。

「よう、ピティ。ありがとう。綺麗だな」

「それはリリィに行ってあげなさいな。ほら、見なさい」

 言われて、俺はリリィの方を見やる。彼女は純白のレース付きドレスで着飾っている。髪はピティか誰かがセットしてくれたのだろう。いつもよりも輝いて見える。

 こんな美人とこれから式を挙げるのかと思うと、夢じゃないかと疑ってしまうくらいだ。

「夏樹さん? どうしてほっぺをつねっているんです?」

「いや、なんでもない。とっても綺麗だよ、リリィ」

「えぇ、とっても素敵ですよ、夏樹さんも。それに、見てください。グリちゃんたちとお揃いなんですよ?」

 彼女はその場でダンサーのようにクルリとターンしてみせる。そこで俺はリリィと同じ服を着ているピティとグリを交互に見て、にこやかにほほ笑んだ。

「あぁ、みんな可愛いよ。俺は最高に幸せだ」

 グリの体をひょいっと抱き上げてみせる。粘着質な彼女の体を密着させたせいで、スーツがやや濡れたが気にするものか。俺はますます強く抱きしめると、グリは苦しそうに手足をばたつかせた。

「本当、面白い家族よね。結婚する前に養子を取っているなんて」

「まぁ、ほとんどなりゆきだったがな。後悔はないよ。むしろ、こうしてよかったと思っている」

「はい。私たちのところにこんないい子が来てくれるなんて最高に幸せです」

「えへへ、グリもね、パパとママが大好き!」

 そう言ってもらえると、泣きそうになる。

 グリは、かつて親から捨てられた過去を持つ。そして、人間にもトラウマを持っている。人身売買されそうになり、そこを俺が保護したのだ。今の姿からは想像もできないが、かなり波乱万丈の人生を送っている。それも、まだ生まれた間もないころにだ。

 だからこそ、俺はこの子を愛すんだ。それまでの不幸がチャラになるように。

「さぁ、いちゃつくのはそれくらいにして。もう時間よ」

「あぁ、そうか。そうだよな。じゃあ、その前に」

「え? きゃっ!」

 俺は力強くピティを抱き寄せた。彼女は戸惑いを隠せないようだったが、それには構わず言ってやる。

「ありがとな、ピティ。お前も俺の……俺たちの家族だ」

「や、やめてよ。照れるじゃない……」

「もちろん、リリィもさ。いや、最初にお前を抱きしめるべきだったか」

「大丈夫ですよ。今から埋め合わせをしてもらいますから」

 言いつつ、リリィは俺とピティたちの体をこれでもかと抱き寄せてくれる。胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じながら、俺も彼女たちを精一杯抱きしめた。

「さ、ほら! もう行かないと。みんな待ってるわよ! 行った行った!」

 ピティは強引に俺たちを引きはがし、入口の方に追いやった。彼女はグリの手を握りながら、ふっと優しく微笑んでくれる。

「行ってらっしゃい、二人とも。本当に、おめでとう」

「あぁ、ありがとな。ピティ」

「ありがとうございます。ピティさん」

 俺たちは彼女の声援に押されながら控室の扉を開け、ホールへと向かっていく。すでにそちらにはもう全員が揃っているようだった。

「あの、夏樹さん」

「ん?」

 ふと、リリィが語りかけてきた。

「私、まだ信じられません。まさか、こうやって、おままごとじゃなくて、本当に誰かと結婚する時が来るなんて」

「俺だってそうさ。こんな綺麗なお嫁さんをもらえるなんて、思いもしなかった」

「もう……恥ずかしいことを言わないでくださいな」

 リリィは顔を真っ赤にして俯いてしまう。俺はそんな彼女を尻目にホールの扉に手をかけ、大きく息を吐いた。

 そうして、扉を開くと――待っていたのは、大勢の招待客と割れんばかりの喝采だった。見知った顔たちが俺の名を呼び、中には涙を流しているものまである。おもちゃ屋の店主に至っては、まるで娘の門出を祝う父親のように号泣していた。それを見ているリリィも泣きそうにしていたが。

 俺はそんな彼女の手を引っ張り、席に着く。すると、すぐさま進行役である麗春さんが口を開いた。

「さて、皆さん。今日はお忙しい中お集まりくださりありがとうございます。それでは、これより四宮夏樹様とリリアナ・ローゼンバルト様の結婚式を始めさせていただきます」

 そうして、式が始まった。

 俺の友人代表であるレジオがぎこちない挨拶を述べていく。その時のあいつの顔ときたら、これまでにないくらい緊張している様子だった。冷や汗をたらしまくるレジオなんてレアすぎて思わず笑いそうになったほどだ。

 続くのは、リリィの友人代表であるフィリアさんだ。彼女はとても慣れた様子であり、時折ユーモアを交えるくらいの余裕もあったほどだ。元々妖精族は祝い事には呼ばれやすいので、そのような理由もあったのかもしれないな。

 彼女は言葉を閉めた後で、俺にウインクを寄越してきた。なので、小さく会釈を返しておく。何とも愉快な人だ。

「さて、お次は恩師からのご挨拶です」

 歩み出てきたのは俺の上司とおもちゃ屋の店主だ。

 柄になく緊張している二人を見て、俺のみならずリリィまでも笑ってしまう。当の二人は俺たちに気を留めている余裕もないのか、顔を真っ青にしてカンニングペーパーを見つめていた。


 さて、こうして順調に式は続けられ、とうとう終わりに近づいてきた。最後に春麗さんは俺たちを見やり、マイクを口元へと持っていく。

「さて、皆さん。名残惜しいですが、そろそろお時間になってきました。本来なら、ここでお二人のお姿を写真に収めてもらいたいのですが……その前に、少しだけサプライズがあります」

「?」

 俺はリリィの方を見たが、彼女も同様に首を傾げている。ということは、彼女の差し金ではないということだ。

 何事だろう? と思っていると、ふと俺たちの方に二人の人影が歩み寄ってきた。それは……ピティとグリだ。二人は俺たちの前に歩み寄ってきて、後ろ手に持っていたらしき何かをサッと差し出してくれる。それは……手紙と絵だ。

 手紙はピティが書いたのだろう。表に描かれている俺たちの名に彼女独特の字癖が出ていた。また、絵はグリが描いたのだろう。俺とリリィ、そしてグリとピティが仲良く揃って描かれている。それを見た瞬間、俺の目からぶわっと涙が溢れてきた。

「その……口じゃ上手く言えないけど、私だって二人のことは家族だと思っているんだから。これからも、えと……よ、よろしく」

「……あぁ! あぁ!」

「パパ、ママ、大好きだよ」

「えぇ。ママもあなたのことが大好きですよ」

 こんなサプライズを用意しているなんて、泣けてくるじゃないか。

「さて、みなさん! この素晴らしき家族たちに大きな拍手を! そして、どうぞこちらをご覧ください!」

 刹那、扉がバンッと開けられた。何事かと涙で潤んだ目で見やると、建物のちょうど前にクラシックカーが停められている。まさか、これも用意済みだったとは。

「では、お二人……いえ、四宮様のご家族たちは、あちらへどうぞ! そのまま空港に向かっていただければ、ハネムーンに直行できます!」

「いや、待ってくれ。まだ俺の準備が……」

「大丈夫よ。行くのは私の故郷だから、着替えなんかもあっちで用意してあげるわ。ほら、行くわよ!」

 ピティからグイッと背中を押される。やはり彼女も照れているのか、顔が真っ赤に染まっている。俺は彼女に押されるままクラシックカーに乗り込み、隣に座ってきたリリィと顔を見合わせた。

「じゃあ、行くぞ?」

「えぇ、行きましょう」

「ゴーよ、ゴーッ!」

「ご~!」

 家族たちの声を聞きながら、アクセルを踏み込み空港へと向かっていく。その時、ピティがそっとチケットを渡してくれた。

「もう準備はいいわよ。さ、家族サービスの時間ね」

「わかってるって。全く本当に……いい家族たちだよ」

 言いつつ、口元が緩んでいることに気づく。それを隠すために、俺はリリィを無理矢理抱き寄せて唇を重ねた。彼女の大きな瞳に俺が映りこんでいる。しかししばらくして、その目がとろんと潤んで閉じかけた。

「あああああぁっ! ちょっと前、前!」

「え? うぉおおおおっ!?」

「きゃっ!?」

「あはははは、おもしろ~い!」

 ギリギリで前から来ていた車を避け、俺はそっと胸を撫で下ろす。が、すぐに笑みを浮かべて耳を澄ませた。聞こえてくるのは、ぎゃあぎゃあと喚きたてるピティの声と、楽しげに笑うグリの声。そして、その二つに混じって隣で聞こえるリリィの優しそうな声だ。

 嗚呼、本当にいい家族だ。

 これから、俺の人生はずっと続いていくだろう。しかし、大丈夫だ。彼女たちと――家族たちと一緒ならば。

 そんなことを思いながら一層アクセルを強く踏み込み、一本道を行く。

 嗚呼、願わくば――彼女たちとこうやって笑い合える日々がいつまでも続きますように。


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