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第十話~ガーゴイルの警備員さん~

 基本的に、人外の逸話というのは人間と争ったりするイメージが強いだろう。だが、中には人間に尽くしてくれる存在も存在する。

 ただ、一方的にやってくれるというのは案外少なく、ギブアンドテイクを所望する場合が多い。まぁ、当然といえば当然なのだが、中には反感を抱く人間もいるそうだ。

 そういった人間に対しては容易に牙をむくのもまた人外なのだが……。

 まぁ、いい。俺が今日会うのは、そういった事情を持った人外だ。


 電車に揺られること数十分。都内某所の高層ビルの元まで俺は赴いていた。ちなみに言っておくが、ここはギリギリ俺の活動範囲外である。だが、こうやってここに呼ばれた理由は一つ。向こうが、俺を希望しているらしい。

 それは嬉しくもあるのだが、できるだけこっちの管轄で上手くやってほしいというのが俺の本音だ。以前会ったことがあるコーディネーターも優しそうな女性だったし、悪い印象は持たれないと思うのだが、やはりまだまだ分からないものである。

 俺はもらった地図を頼りにそちらへと向かう。

 まだ平日の昼間だからか、人ごみはそれなりに多い。その中には人外たちがいるのも見て取れた。

 と、そうこうしているうちに目的地が見えてきた。ひときわ大きい、空にまで届くのではないかと思うほどのビルだ。その入り口付近に立っている女性を見て、俺はふっと頬を緩める。

 どうやらあちらも俺に気づいたらしく、ビッと敬礼を返してくる。俺は近づきながら、改めて彼女を観察した。

 大体、二十代くらいの女性だ。背丈は俺よりも少し高く、スレンダーなモデル体型だ。が、華奢というわけではなく、どことなく活動的な印象を受ける。さらに、灰色の髪は短くまとめられ、邪魔にならないようにされている。それが彼女の纏っている警備服と非常にマッチしていた。

 俺は彼女の傍まで歩み寄り、ぺこりと頭を下げる。

「こんにちは、イルベシオさん」

「もう、イオでいいって言ったじゃないですか」

 彼女はぷくっと可愛らしく頬を膨らませてみせる。その様に苦笑しながら、俺は訂正を入れた。

「すいません、イオさん。お仕事は順調みたいですね」

「えぇ。ガーゴイル族の誇りに懸けて、ここは死守してみせますよ!」

 その言い分に、思わずクスリと笑ってしまう。

 彼女は『ガーゴイル』という、いわば門番を司るモンスターなのだが、いささかワーカホリック気味なのだ。

 定時になって交代する時間だからと言っても聞かず、挙句の果てに入り口付近に座り込みを始めたのだ。思えば、それが彼女との初めての出会いだった。

 ここのコーディネーターはまだ若く、人外と会った経験も少ない。ということで、場所も近くキャリアもある俺が選ばれたのだが、まぁ、それが大変だった。

 ガーゴイルというのは石の体を持っているのだが、そのせいで動かそうとしてもびくともしなかった。かと言って、話し合いに乗ってくれる性質でもない。仕方なく食事に誘うことで家まで帰したのだが、結果数時間以上を費やしてしまった。

 俺がここに呼ばれたというのは、つまりそういうことなのだろう。

 俺は努めて笑顔を作りながら、ゆっくりと語りかけた。

「えぇっと……イオさん。早速ですが、今日で何日くらい働きました」

「はい! 私は二十四時間フル営業がモットーですので、ちょうど前回の休みから六十日間連続勤務です!」

「働き過ぎじゃないですか!?」

 やばい。これは彼女を雇っている会社がブラック企業と思われてしまいそうである。実際はそんなことはないだろうに、ほぼ毎日働いている彼女を見たらそう思ってしまうだろう。

 俺は頬をひくつかせながら尋ねた。

「あの、よろしかったら休みに行きませんか?」

「それは無理です! 私がいない間に侵入者があっては……」

「いや、それはないですよ。他の警備員の方々もしっかりしていますし、何より日本は安全ですから」

 と、そこで彼女の表情が曇った。

「確かに、他の警備員の方々もしっかりしています。そこは認めましょう。ですが、安全だからといって職務を疎かにしていい理由はありません。油断一秒、怪我一生。私たちガーゴイル族の鉄の掟です」

 またこれだ。前回もずっとこの問答が続けられたのだ。

 が、俺には秘策がある。懐から財布を取り出しながら、ふと問いかけた。

「わかりました。なら、日本のことわざを教えましょう。腹が減っては戦はできぬ、です。ちゃんと食べて、休むことも仕事の内ですよ」

「むぅ……」

 彼女はしばらく考え込んでしまう。悪い子ではないのだが、いかんせんまじめすぎるのだ。もっと肩の力を抜いていいと思うのだが、中々難しそうである。

 彼女は何度か頷いたのち、大きく息を吐く。

「わかりました。休みを取らせていただきましょう。そして、また明日から全力で職務に当たらせてもらいます」

「それが一番です。何か、食べたいものはありますか?」

「それでは……えぇと……食べ放題のお店がいいです」

 こうやって相手に遠慮してくれるのもガーゴイル族の美徳である。ここは彼女の意思を尊重したい。まぁ、別に大きな出費になっても経費で落ちるからいいのだが。と言うか、そっちの方が俺もありがたかったかもしれない。

 イオは俺に微笑みかけた後で、服に手をかける。

「なら、ちょっと待っていてください。着替えてくるので」

「……? ちょっと待ってください。イオさん。もしかして、いつからお風呂入ってません?」

「お風呂、ですか? いえ、雨が降っていたので、それで汚れは……」

「ダメです!」

 俺は思わず叫んでいた。意表を突かれたのか、イオの方もギョッと目を見開いている。だが、俺は構わず続けた。

「イオさんは女の子なんですよ!? あぁ、もう! どうしてそう仕事しか見えていないんですか……身だしなみを整えるのも大事なんですよ!?」

「で、ですが私たちガーゴイル族は元々こういう性質なので……」

「だとしても、です! ここに来た以上、ある程度のことはやってもらいます!」

「ひ、ひぃ……」

 俺はスマホを取ってリリィに連絡を取る。数秒もせず、彼女の声が返ってきた。

『もしもし?』

「リリィか!? 今からちょっとお客を連れていくから、風呂の準備を頼む!」

『え!? ちょ、ちょっと夏樹さ……』

 俺はスマホを無理矢理切り、それからイオの方に向きなおる。彼女はプルプルと震えていた。俺はそんな彼女の手をサッと取る。

「さぁ、行きますよ! タクシーに乗っていきましょう。電車より速いはずですから!」

「な、夏樹さん、キャ、キャラが変わってませんか?」

 知ったことか。女の子がこんなに色々と無頓着になる。

 後でここのコーディネーターにも言っといてやろう。職務以前に、こういうところを徹底させろと。


 ――この日から数日間。イオは家から出てこなくなったらしい。今までの休みが取れたのは幸いだったが、後であちらのコーディネーターが家に押しかけたところ、うわ言のように「お風呂怖い。人間怖い」と呟いていたそうだが、それはまた別のお話。


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