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第一話~アラクネナースさんのお仕事~

 数年前、俺たちの世界に変化が起きた。これまでファンタジーの存在だとされていた人外――つまりは妖怪やモンスターたちが現れたのである。曰く、これまで人目に付かない山奥や地下で暮らしていたそうだが、年々変わりゆく俺たちの世界に興味を持ったことが全ての始まりらしい。

 政府も当初は彼らの存在を危惧したのだが、彼らは俺たちに危害を加えるどころか以外にも友好的に接してきたのである。また、彼らはこちらに対して非常に協力的だった。そのおかげで存外あっさりと友好協定が結ばれることになったのである。

 現在、彼らは俺たち人間の生活に合わせて生活している。また、中には人間と結婚したりしているものもいるそうだ。まだまだ法の整備が追いついていないのは事実だが、それでも平和な毎日が続いていた。

 これは、以前より少しだけ変わった俺の日常とそこにいる人外少女たちの物語――。


 俺の目を覚ましたのは静かな木々のさざめきでも美しい小鳥のさえずりでもなくけたたましい目覚まし時計の音だった。

 俺は目を擦りながら枕元のスマホを手に取る。そういえば、今日は用事があるのだった。スケジュールを確認しながら、俺はそっとベッドを後にした。

 俺がリビングに着くと、そこには一人の女性がいた。肌は驚くほどに白く、髪は作り物のように鮮やかな金色だ。メイド服を着ていてもその胸の膨らみやしなやかな体つきは見て取れる。実際、人形のように綺麗な少女だ。だが、その認識は間違っていないだろう。彼女も人外の一種『リビングドール』のリリアナだ。今は俺の家で住み込みのメイドをしてくれている。

 彼女はこちらの顔を見るなり、ニッと微笑みそれから少しだけ頬を膨らませた。

夏樹なつきさん。お寝坊はダメですよ」

「悪かったよ。リリィ。今日の朝ごはんは?」

「ご飯と茄子のお味噌汁。それから、めざしです」

 彼女は洋食よりも和食を好む傾向にある。というのも、リリィの種族『リビングドール』は海外を源流とするものだからだ。無論、彼女自身もイタリアから来たという。なんでも、俺の家に来て初めて口にして以来和食にハマってしまったそうだ。嬉しいのだが、こうも毎日和食続きでは少しばかり飽きてしまう。

 などと思いつつも、俺は味噌汁をすすった。最初はさじ加減がわかっておらず味が濃かったり薄かったりしていたが、今はだいぶ要領が掴めてきたようでかなり美味しく出来ている。

 俺は椀を置き、そっと彼女に微笑みかけた。

「うん、相変わらず美味いよ」

「ありがとうございます。ところで、今日はどちらに行かれるんですか? またお仕事ですか?」

 俺はそれに首を振る。ちなみに、俺の職業というのは人外たちが円滑にこの世界で暮らせるように調査するコーディネーターのようなものである。リリィがここにいるのも、その一環だ。彼女と暮らして少しでも人外のことを知るのが本来の目的だが、それを忘れつつあるのも事実だ。存外に彼女との共同生活を満喫しつつある。

 俺は出されていた麦茶を煽り、それから席を立った。

「美味しかったよ、リリィ。また作ってくれ」

「はい。あ、そうだ。私も今日は行くところがあるので、もしかしたら遅くなるかもしれません。申し訳ないです」

 彼女がやっている副業というのは人形の修理屋――本人いわく、『人形のお医者さん』だそうだ。近くのおもちゃ屋さんでやっている修理を手伝っているらしい。また、彼女はかなり人気があるらしく、店主さんもお客さんも歓迎してくれているそうだ。

 コーディネーターの俺としては、喜ばしい限りである。

 俺はふっと頬を緩め、それから手を振った。

「いいさ。気をつけてな」

「はい。夏樹さんもお気をつけて」

 俺は仰々しく頭を下げる彼女に別れを告げ、それから自室へと戻った。


 さて、それから数十分後。スーツ姿に着替えた俺はある場所へと向かっていた。

 その場所とは病院である。といっても俺が怪我をしているわけではなく、そこで働いている人外をケアするためだ。

 こうして目的地へと向かっている間も、人外たちとすれ違うことができる。パンを加えながら「遅刻、遅刻」と呪文のように呟いている猫耳を生やした少女や、工事現場で持ち前の怪力を披露している一つ目の大男など様々だ。

 彼らは人間の世界を満喫しており、人間たちも彼らによくしている。実際、最初こそ抵抗があったとはいえ、数年も経てば慣れるものだ。これはコーディネーターとしては喜ばしいことだと思う。

 と、歩いているうちにいつの間にか病院が視界に入ってきた。俺は一旦立ち止まり、身なりを整える。やはり、こういった仕事上身だしなみは大事だ。相手にいい印象を与える意味でも欠かせない。

 あらかた整ったところで、俺は病院へと足を踏み入れた。そこにはやはり、人間と人外たちの姿が見える。この病院は人外に対しても有効な薬や医療法を抱えている数少ない病院だ。だからこそ、それなりに繁盛しているようだ。

 俺はチラチラと周囲を見渡しながら、受付に立ち寄った。そこにいたナース服を身に纏った女性は俺の姿を見るなりやんわりと微笑んできた。

「こんにちは。あの子にご用事ですか?」

「えぇ。どこにいますかね?」

「五階のナースセンターにいると思いますよ」

「どうも」

 俺は足早に五階へと向かっていく。階段をゆっくりと登りながら、俺は腕時計を見やった。まだ今はピーク時ではないし、たぶん会ってもらえるだろう。

 そうこうしているうちにいつの間にか五階に到着しており、右の方にナースセンターが見えてきた。が、どうやら彼女はそこにいない。俺はそこまで歩み寄り、近くにいた看護師に語りかけた。

「すいません。あの子はどちらですか?」

「あぁ、クーラちゃんですね? 今は診察に行っていますよ」

 そう言って彼女は右の通路を指さした。とりあえず、あちらに行けばわかるだろう。俺の目当ての子は、非常に目立つ子だから。

 と、その時だった。

「きゃあぁあああああああああっ!」

 病院中に響き渡るのではないかと思うほどの大声が響き渡ったのは。

 その声の主に、俺は心当たりがある。まさかと思い行ってみると……いた。

「あわわわわ! ご、ごめんなさいごめんなさい! ついうっかりしてて……」

「ふ、ふがふが……」

 病室の中には、ナース服を着た少女がいた。髪は青く、肌の色は白い。ピンク色のナース服との対比は何とも言えないものだ。無論、彼女は人外だ。彼女は下半身が巨大なクモの種族『アラクネ』だ。今はこの病院で看護師として働いているのだが……ご覧の通り、失敗続きだった。

 彼女は糸でぐるぐる巻きにされた男性を慌てふためいた様子で見つめている。彼女――クーラは真面目だし、気立てのいい子なのだが、いかんせんとてつもないドジなのだ。

 糸でギプスを生成しようとしていたら量を誤ってしまったのだろう。それは火を見るより明らかだった。

 俺はため息をつきながらそちらに歩み寄り、糸を解く作業に加わった。すると、彼女は涙目でこちらを見やる。

「あ、夏樹さぁん……」

「泣かないで大丈夫ですよ。俺も手伝いますから」

「は、はいぃ……」

「ふ、ふがふ……」

 結局、その糸を解くのには三十分程度の時間が要された。


「す、すいませんでした、お見苦しいところを……」

 ナースステーションに戻るなり、クーラはぺこぺこと頭を下げた。なんだかいたたまれなくなり、俺は小さく首を振る。

「大丈夫ですよ。あの患者さんも気にしてないって言っていたじゃないですか」

「それでも、やっぱり私はダメな子です……」

 クーラはがっくりと肩を落とす。彼女はここに勤務してもう半月にもなるが、まだこうしたミスを連発しているのだ。しかも、日常生活でもそのドジっぷりは健在らしく、同棲している男性が言うには予想の斜め上を行く失敗もするそうだ。

 けれど、俺は告げる。

「大丈夫ですよ。慣れない土地ならこういうこともありますって。少しずつですが、よくなってきているじゃないですか」

「ですが……」

「失敗は成功の母。これは日本の格言です。このように、失敗を恐れずやることが大事なんですよ」

 俺の励ましも虚しく、クーラはがっくりと肩を落としたままだった。

 にしても、まずいな……彼女は相当落ち込んでいる。俺もできる限りのバックアップをしているつもりだったのだが、それも不十分だったらしい。

 さて、どうしたものか……。

「クーラさん」

 ふと、ややハスキーな声が後ろから聞こえてくる。そちらには、恰幅のいい女性が立っていた。この人は、この病院の婦長さんである。彼女はズシズシとクーラに歩み寄り、そっとその肩に手を置いた。

「クーラさん。気にしなくていいのよ。あなたはよくやってるわ」

「で、でも、私……」

 まだ戸惑っている様子を見せるクーラに、婦長さんは告げた。

「知らないだろうけど、あなたがここに来てから患者さんに笑顔が戻ったのよ? あなたが頑張っている姿は確かに彼らに伝わっているわ」

 クーラはハッと息を呑む。すでにその目には涙が浮かんでいた。

 婦長さんはそれを見て、クスリと笑う。

「泣いちゃダメよ。看護師は笑顔でいることが絶対条件なんだから」

「……はいッ!」

 クーラは目をごしごしと擦り、そう叫んだ。もうすでに調子は戻ったようである。婦長さんはトンと彼女の背中を叩いてから持ち場へと戻っていった。その後で、クーラは俺の方に向きなおってくる。

「夏樹さん、ありがとうございました。私、もうちょっとだけがんばれそうです」

「えぇ、頑張ってください。応援してますよ」

「はい! 頑張ってきます!」

 そう言って彼女はかさかさとクモ足を動かしながら去っていった。

 その姿を見送った後で、俺はくるりと踵を返した。

「さて、そろそろ帰るか」

 今日の依頼はここで終了である。が、コーディネーターというのはそれなりに忙しい。俺はスマホのスケジュールアプリを見ながら口角を吊り上げた。


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