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『そう言えばイオリ様、【自動復活(オートリバース)】はどうでしたか?』

「……え?」

 ゴブリン達から離れて一息ついたイオリに、ハナコが確認してくる。そして顔色が青くなっていくイオリの様子に、ハナコは使ってなかったのだと理解した。

『申し訳ございません。進言するが遅れてしまいました』

「ち、違うよっ、ボクが忘れていただけだよっ」

『お互いに注意しましょう。ただでさえイオリ様は薄命なのですから』

「うん……、折角着いてきてくれているハナちゃんも危ないしね」

『私は携帯コアが破壊されても、本体に影響はないので問題はありません』

「………」

『それよりも【自動復活(オートリバース)】の使い方は分かりますか? 文献には使用法までは記されておりませんでした』

「とりあえず……【自動復活(オートリバース)】っ!」

 

 …………。

 

『何か変わりましたか?』

「……わかんない」

 何の反応もないスキルにイオリは首を捻る。何かが発動にキーになるのか、それとももう発動しているのかも分からない。

 イオリは『セーブっ』『記録しろっ』と叫んでみたが特に変わった様子はない。格好付けて叫んだのでイオリの羞恥心の耐久が削られただけだった。

「発動してる…のかな?」

『試してみますか?』

「嫌だよっ」

 

 とりあえずこんな所にいても仕方ないので二人は移動することにした。

 四層は他にモンスターを見ることはなく案外あっさりと三層への階段へ辿り着く。

 そもそもダンジョンに湧いた魔物ではなく、外から入り込んだ野良モンスターなので奥に入りすぎると食料が無くなる。

 そして定期的にダンジョンマスターであるシードや客が出入りするので、通路にいるモンスターは希である。ダンジョンとしてそれでいいのかとイオリは思ったが、今まで意外と何とかなっていたようだ。

 

『イオリ様、そちらの部屋に魔物の反応が一体だけあります』

「一体…? 強い奴?」

『分かりかねます。ですので、また慎重にお進み下さい』

「……うん」

 イオリはギュッと弓を握りしめて静かに移動を始める。慣れてきたのか麻痺してきたのか分からないが、足音を消して動くことが出来た。

 その部屋をそっと覗き込むと、微かな音が聞こえてくるが、一体だと喋らないから何のモンスターだか分からない。

『イオリ様のMPを10程いただきますが、私が簡易鑑定を使用しますか?』

「(使えるの? あ、でもステータスとか分からないんでしょ?)」

『はい、分かるのは個体と装備の名称だけです。ですが、敵が何の魔物なのかは判明します』

「(あ、そっか)」

 個人で使う【簡易鑑定】の本来の使用法は名称の確認である。

 モンスターの知識があれば名称が分かるだけで有利になり、間違えて毒草を食べる危険も減る、意外と使えるスキルだった。

『もちろん、このまま何もせず通り過ぎることも可能です。ですが、私からイオリ様に提案がございます』

「(……提案?)」

 

 イオリはFPSゲームが好きである。従姉妹である昴からヘボエイムとか言われてもイオリは気にせず愉しんできた。そして、FPSゲームの海外サーバーで遊ぶ場合、嫌われる行為が何かご存じだろうか。

 死体撃ちである。

 

「……う~…」

『イオリ様、頑張って慣れて下さい』

 現在イオリは一体のゴブリンの死体に、何度も矢を撃ち込んで練習していた。

 碌に自分のスキルも扱えないイオリに、避けられない戦闘になった時に備えて少しでも経験を積ませようとしたハナコの親切心である。

 簡易鑑定でゴブリン一体だと判明したので、イオリは戦ってみることになった。

 ゲームでは何度も人に向けて撃っているが、実際に生き物を撃つのは初めてで、撃つまではゲームのように動けていたが、ゴブリンに矢が刺さった瞬間に吐いてしまった。

 命中補正のおかげで『不意打ち』のような形で倒せてしまったが、それがなければ拙いことになっていただろう。

 その様子にハナコは改めて経験を積ませる必要を実感し、イオリに死体撃ちをさせていたのだ。

 すでにイオリの顔色は真っ青だ。

 矢を撃つまではそれほどでもなかったのだが、自分が放った矢が刺さった死体と、血の臭いがこれほど精神にダメージを与えるとは、イオリも思っていなかった。

 

『イオリ様、ゴブリンの魔石を回収しましょう』

 穴だらけになってかなりスプラッタな死体から、イオリが吐きそうな顔で矢を回収していると、ハナコにそう言われた。

「……魔石…って、やっぱりそういうのあるんだ?」

 これも定番(テンプレ)だが、魔物……モンスターは、通常の生物が魔力の影響で変化していった姿である。

 その魔物が死亡すると全身の魔力が、固まっていく血液に染みついて凝固し、心臓に集まり小さな石状に変化する。

 それが『魔石』であり、一般的には魔道具の『電池』替わりに使われる。

 大きな物は蓄電池として勇者召喚にも使われるらしく、かなりの高額で取引されているらしい。

「心臓って……コレ、解体するの…?」

「解体は…イオリ様には無理そうですね。目を瞑ってナイフで切り裂きましょう。私が位置を指示させていただきます」

「……うん。…でもやだなぁ」

 そうは言っても、これが出来ないと冒険者は出来ない。モンスター討伐依頼の場合は魔石を証として持っていく必要があるからだ。

 すでに血は凝固しかけているので飛び散ったりはしないが、魔石を取るには手を突っ込む必要がある。

 どろりとした血に顔を顰めながら取り出した魔石は、赤黒く光沢のある1センチ程の小石だった。

「これが魔石…? 結構ちっちゃいね」

「所詮はゴブリンですから、それほど価値が高い物でもありません』

「いくらくらい?」

『相場は需要によって変動しますが、売値で小銀貨3枚かと思われます』

「……三千円か」

『市場で売り出されている物は小銀貨5枚になります。これ以上高くなりますと、一般人が購入しなくなり、需要が下がります』

 安い気もするが、ゴブリンは人間の子供程度の力しか無く、初心者でも簡単に狩れるらしい。二体も倒せば宿と食事分にはなるので、そんな物なのかとイオリは考える。

 もっとも今のイオリはゴブリンより弱い。

 

 部屋の隅に溜まっていた、雨水か湧き水らしい水溜まりで手と魔石を洗って、イオリはまた移動を始める。

 それでも今までと違い、暗がりからの弓の不意打ちとは言え戦闘を経験したイオリは緊張もほぐれたのか、魔物から隠れて三層を突破できた。

 

 ブン……

 

「……また何か、」

『イオリ様、お気を付け下さい。この先に七体の反応がございます』

「…な、七体…」

 さすがに多い数にイオリも顔を引きつらせた。だがその顔色とは違い、その手は弓を力強く握る。四層までのイオリなら怖じ気づいていたかも知れないが、今のイオリは戦った経験から自信を持ち始めていた。

 その経験でさえ、青い顔でケロケロ吐いていただけなのだが、そんなことはおバカなイオリの頭には残っていないらしい。小学校の頃の担任が今のイオリを見たら、間違いなくまた『落ち着いて行動しましょう』と通知表に書くだろう。

 おバカは罪である。

 

 慎重に……それでも大胆にイオリは隠密行動を開始する。

 イオリの行動スタイルは『芋スナ』である。こそこそと他に見つからないように移動し、ビルの屋上や森の中から、芋虫のように寝っ転がり、遠くの敵を狙撃するスタイルだった。

 銃撃戦ではほとんど当たらない弾も、じっくり狙いを定めればそこそこ当たる。

 他のプレイヤーから見れば褒められないが、アクション系が苦手なプレイヤーの常套手段だった。

 イオリがモンスターの居る部屋を覗き込むと、魔物達の声が聞こえてきた。

 

『…ゴブ』『…ゴブ』『…ゴブ?』『…ホブゴブっ』『…ゴブぅ』『…ゴブ』『…ゴブ』

 

 大変分かりやすく、ゴブリンが六体にホブゴブリンが一体だと判明した。

 なんとなく言葉の内容が知りたいとイオリは思ったが、供用語とエルフ語しか分からないのでどうしようもない。

『イオリ様、【自動復活(オートリバース)】のご用意はお済みですか?』

「(……あ、忘れてた)」

 ハナコの声に伊織は慌てて安全圏に戻って、スキルを使ってみる。

「…【自動復活(オートリバース)】…セーブしろぉ」

 良く分かっていないが、これ以上はどうしようもない。

 もし発動していなくても、また光の精霊に聞けばいいかと、イオリはお気楽に考えていた。ちなみにまた光の精霊にあえる保証は何も無い。

 そして……

 

「べぇっ」

 すっかり気が抜けていたイオリは、隠密行動の途中で自分のマントを踏んづけて転けてしまった。

 さすがに身を屈めていたのでダメージは受けなかったが。

「………」

『『『『『『『…………』』』』』』』

 思わず無言で見つめ合うイオリと魔物達。そこに愛は生まれない。

 

『фпы†♯эзホブゴブっ!』

「うわぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 ホブゴブリンとイオリが同時に叫びを上げて逃走劇が始まった。その意味では魔物達に『愛』はあったのかも知れない。イオリは『食べて良し』『喰って良し』のお得なエルフなのだ。微妙な違いは察して欲しい。

 必死に逃げるイオリをホブゴブリンとゴブリンが追いかけてくる。

『イオリ様、そちらを右に』

「う、うんっ」

 ハナコの指示でイオリは二層を走る。人間の五~六歳程度の筋力しかないが、元よりハイエルフ女性の筋力は6程度で、3しかないイオリでも体重が軽いので脚はそこそこ速い。

「うわっ、ごめんっ」

『ъшコボッ!?』

 途中の部屋にいた、犬のような頭のモンスターの顔面を踏み台にして飛び越え、イオリは一層への階段へ向かった。

『イオリ様、追ってくる魔物の数が二体増えました』

「なんでっ!?」

 なんで、じゃない。

『一層への扉を管理者権限で解錠いたしました。通り抜けたらすぐにお閉め下さい。施錠いたします』

「わ、わかったっ」

 イオリは階段を駆け上がると、重い鉄扉を押し開け、30センチほどの隙間を抜けてまた扉を閉めた。

 閉めたと同時に、ドォンと向こうからぶつかる音はしたが、すでにハナコが施錠したらしく、その扉はまた開くことはなかった。

 

「……ふぅ~」

 息を吐いてへろへろとイオリは座り込む。まだ扉がバンバン叩かれているが、突破されることはなさそうだった。

 失敗はしてしまったが、結果的には一気に二層を突破することが出来た。

 残りは一層だけで、普通のゲームのダンジョンなら最初の階なら簡単に外に出れるはずと、イオリは安堵の息を吐いた。

『イオリ様、ご報告がございます』

「ハナちゃん、どうしたの?」

『一層のサーチがただいま終わりましたが、この階にいる魔物は一体だけです』

「あ、そうなんだ。どこにいるの?」

『この部屋です』

「……………え?」

 

 そこは二層に降りる為の一層のボス部屋。

 外から魔物が入り放題のダンジョンで、一層に他の魔物が居ないと言うことは、何かを畏れて逃げ出したからだ。

「…………」

 息を飲んでそっと通路の影から大部屋を覗き込むと、ハナコの知識にあったのかその正体を教えてくれた。

 

『戦闘スキル持ちの上位種。『オーク戦士』です』

 

 

 ブン……

 



お待ちかねのオーク戦士さんです。


次回、死闘が始まります。一方的に。

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― 新着の感想 ―
一難去ってまた一難、というか最初から最後まで「難」しかないな。 難易度HARDの低ステータスは某バイオなハザードの豆腐なサバイバーを思い出させる。いや、あれは特に弱くもなかったっけ? あれよりはむしろ…
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