61 総教会の秘宝
「ここがそうなの?」
「……そうッス」
「へぇ……」
イオリ、エルマ、ナギトの三人は総教会の宝物庫に到着した。
そう言うとこれから何か始まりそうだが、さすがに神殿長のようなよぼよぼのお爺ちゃんや、宝物を使わせるような人物しか入らないために、ここに罠などは存在しない。
若干一名、ナギトのテンションが低いのは、一人目隠しされているためだ。
何故かと言うと、トリモチの罠のせいで、エルマとナギトは下着姿であるし、イオリに至ってはパンツまで無くして、かろうじてボロ布を下半身に巻いているだけなので、チラチラと危険な部分が見えているのだ。
そんなナギトが鼻血を止める為にボロ布を鼻に詰めているのは、エルマにボコられたためか、イオリのお尻に顔面を押し潰されたせいかは定かではない。
逆にイオリは普通の女の子ならトラウマになりそうなセクハラを受けたというのに、普通ではないので初めて見る宝物庫に少し興奮気味に辺りを見回していた。
「ねぇねぇ、アレなんだろ?」
「いや、イオリさん、俺見えてないんで……」
『竜の腹から取り出された古い杖のようですね』
「凄いっ! ハナちゃん、良く分かるねぇ。そんなアイテムがあるって知ってたの?」
『いえ、竜の腹からアイテムが出ることは良くあって、それなりに箔が付くアイテムとして重宝されるのですが、大抵はその杖のように胃酸で耐久力がボロボロになっておりますので……』
「そうなんだ……」
竜はカラスのように光り物を集める習性があるが、若い竜の場合はそれを飲み込んでしまい、腹痛を起こして弱体している場合があるらしい。
お伽話にあるような竜の身体から出た伝説の武器もそうなのかと、イオリは一瞬、せつない気持ちになった。
「どっちみち、凄いモノでも持って帰れないわよ。私達は泥棒じゃないんだから」
「はーい」
「……え」
以前来た時に少しだけ気になっていたモノがあったので、ついでに持って帰ろうと考えていたナギトの漏らした声に、エルマの冷たい視線が突き刺さる。
「ナギト……タネさんに言いつけるわよ」
「すんませんっ、エルマ先輩!」
「誰が先輩よ……」
目隠し越しでも冷たい視線は分かるらしく、すっかり学校の後輩状態になったナギトが流れるような動作で土下座する。
そしてリアルな世界では、たとえ勇者でも他人の家のタンスを漁ってパンツを持って帰ったら罪になるのだ。……至極当たり前だが。
「それで、例のモノは?」
「えーっと……目隠し取っていいッスか?」
「もちろんダメよ」
「…………一番奥にある祭壇にあるものッス」
出来ればもう一度、クール系美少女と癒し系エルフ少女のあられもない姿を目に焼き付けておきたかったナギトだが、声に含まれた冷たさに素直に応じた。
関係ない話だが、後日少年は某ダンジョンコアから、内緒で複製された『ハイエルフ少女の生態映像資料“修正版”』を金貨30枚(約300万円)で購入することになるのだが、本当に関係のない話だ。
『コレですね。【身体強化】を付加する秘宝は』
宝物庫の一番奥には簡易的な祭壇が設けてあり、虹色に光る水晶球のような宝珠が台座にしっかりと固定されていた。
「……どうやって使うの?」
「そこの宝珠に手を当てて魔力を流し込めばそれでいいはずです」
「それじゃ、イオリやってみる?」
「う、うん」
『……イオリ様、少々お待ちを。ナギト様、事前の情報では【身体強化】の効果は半日ほど保つとありましたが、それは全員ですか……?』
「えっと……、俺がやった時は半日ほど保っていたんだけど」
『それでは、イオリ様の魔力ではどの程度保つのでしょうか?』
大抵の場合、秘宝だろうが何だろうが、誰かが創った魔道具であるのなら設置された魔石か魔法陣に魔力を溜めて使用する、魔力充電式だ。
中には本当の伝説の品……たとえばナギトが使っていたような【ハッコーの宝剣】のように、周囲の魔力を取り込むようなモノもある。
だから魔道具に詳しいタネやハナコも、すっかりその手のモノだと思い込み、まさかその場で魔力を注ぎ込む“自家発電式”だとは思っていなかったのだ。
《ソチラのお嬢サマの場合は、全魔力消費で20分前後ダト思われマース》
「「「シャベッタァアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」
唐突に怪しい外国人のようなカタコトの女性の声で話し始めた宝珠に、三人は尻餅をつくように驚いて後ずさった。
「しゃべ、しゃべっ!?」
「ちょっと、ナギトぉおお!?」
「し、知らないッスっ!」
ナギトも何度かこの宝珠を使用していたが、コレに話す機能が有るとはまったく知らなかった。
《問題アリマセン。ワタシが会話機能を使ったのは、1300年ぶりになりマース》
「ど、どうして……」
唖然として問うてしまったイオリに、宝珠がチカチカとまるで嬉しそうに点滅した。
《ワタシは、1500年前、ハイエルフの魔導師に創られマーした。マスターと同族であるお嬢サマと、ソシテ、マスターと同じスキルに反応してしまったのデース》
その宝珠は、偶然にも遙かな過去に【自動復活】のスキルを自力で生み出した、ハイエルフの天才魔導師が制作したものだったのだ。
宝珠が会話機能を止めていたのは、そもそもエルフ語しか話せなかったので、長い年月で人間国家の供用語を覚えはしたのだが、発音がおかしくて恥ずかしかったらしい。
「おかしくないよっ。……面白いけどっ」
《アリガトーございマース》
『…………』
ハイエルフの少女とハイエルフが創った人工知能の奇妙な心温まる会話に、同じ人工知能のハナコは、お前らもうエルフ語で話せよ、と突っ込むのを我慢した。
『それで、【身体強化】ですが、あなたの持っている機能で、イオリ様への持続時間を延長出来ますか?』
《オォ先輩、それは無理デース。なので、提案が有りマース》
「……先輩って呼ぶの流行ってるの?」
そんなイオリのツッコミを無視して、人工知能同士で会話が進む。
『それで、どのような提案でしょうか?』
《ワタシをこの台座から外して連れ出してクダサーイ。イオリサン、アナタが私の新しいマスターになるのデース》
「「「……え?」」」
『それは合理的ですね。それで行きましょう』
「「「えええっ!?」」」
そもそも宝珠をちょっとだけ使わせて貰うだけで、盗むつもりなど全くなかった三人はまた声を上げた。
だが、そんなことをして良いのか? 少なくともイオリやエルマは本人(?)が良いと言っても気乗りはしなかったのだが。
《ワタシは、このハッコーの初代王……勇者に盗まれてここに収められたので、勝手に出て行くことを咎められる筋合いがアリマセーン》
「そ、そうなんだ……」
それを聞いたイオリとエルマが、なんとなくナギトを見る。
異世界から召喚された勇者は、千年以上前の建国期の頃から、他人の家からアイテムを強奪していたらしい。
「……なんか、すんません」
地球人は一度異世界の人達に謝ったほうが良い。
良く分からないうちに話は纏まってしまったが、まだ問題もある。
そもそも台座に固定されているから、イオリがここまで来たのだ。簡単に外せるのならこんな場所までドジッ子エルフ娘を連れてくる必要もないのだ。
台座はミスリル銀で造られており、魔法で破壊することは出来ない。勇者であるナギトの全力か、イオリの【水素爆弾ランチャー】の連打なら壊せるかも知れないが、それをすると、この教会ごと破壊しかねない。
そこで、頭脳労働担当のハナコとエルマが、教会の防犯設備のことを含めて案を出し合っていると……
《問題アリマセーン》
そう言い放った宝珠――仮称アンジェリーヌ・セツコ(命名ハナコ)が、こぶし大の大きさから真珠大の大きさに縮小し、イオリのハナコとは逆側の耳に、ピアスのように装着された。
「『……あ、」』
当然のように鳴り響く、防犯ベル。
三人プラス二人の人工知能は、迫ってくる総教会神官の足音を聞いて、慌てて隠し通路から裸同然で脱出し、そのまま仲間達と合流し逃げ出すようにハッコー国からも脱出した。
次回、最終回。
イオリはスキルを解除して幸せになれるのでしょうか。




