60 トリモチ天国
大丈夫です。まだ月刊少年誌程度には健全です。
「ナギト、こっち見たら分かってるよね……?」
「ふぁいっ!」
トリモチに覆面を付けた顔の半分をひっつけている状態で、ナギトがエルマの言葉に若干怯えたような声を返す。
女の子二人の前で格好つけて大失敗したのだから当然と言えば当然だが、それ以前に今のエルマとイオリの二人は、脱いだ服をトリモチの上に敷いて渡っているのだから、当然今はあられもない格好なのでナギトは顔を上げることも出来なくなっていた。
『イオリ様、片袖を持って投網を投げる感じで……』
「ほいさ」
ハナコの指示で、ホットパンツにタンクトップ姿のイオリが自分の上着をトリモチの上に放り投げる。
飛び越そうとして叩き落とされたナギトのように、これにも何らかの防御機構が働くかと思われたが、この罠を仕掛けた昔の風の勇者からすると、これは“セーフ”だったようだ。
「それじゃ飛び移るね」
「イオリっ、転んじゃダメよっ」
「うんっ」
小さな子供を心配するようなエルマの声に軽く答えてイオリが自分の投げた上着の上に飛び移った。
『………』
フラグかも知れないと、念の為に録画する準備をしていたハナコがこっそりと残念そうな溜息を漏らす。
こう見えてイオリも、何度も【自動復活】のお世話になりながら軽業まがいのことをしてきたので、意外とこの手の罠には慣れていた。
「あ、ごめん」
だが、もっと得意としているはずのエルマが飛び移ってきた瞬間、彼女の“ケツ圧”に押されてイオリが押し出されそうになった。
「ひぃ……」
顔がトリモチに付きそうになる寸前で、エルマに掴まれて宙ぶらりんの体勢になって留まる。イオリもつらい体勢だが、人間と比べて軽いとは言っても女の子一人分の体重を片手で支えているエルマも長く持ちそうにない。
「イオリ、そこからズボンのほうを投げられる? そしたらすぐにイオリを放り投げるから、ナギトの居る所まで飛んで」
「えっ!」
「ごめん、早く」
「わかったっ」
イオリが脱いでいたズボンをナギトのほうに放り投げると、ナギトの手前2メートルくらいでトリモチの上に落ちる。
「てぇりゃっ!」
「うわぁあっ」
エルマの女の子らしくない掛け声と共に投げられたイオリは、慌てながらも何とか投げたズボンの上に着地して、その勢いのままジャンプしてホイホイに捕獲されたG状態のナギトの上に着地した。
「ぐえっ」
「あ、ナギトくん平気?」
「へ、平気っす。イオリさんは軽いですから、ぐへっ!」
「ごめんね、軽くなくて」
その上にさらに飛んできたエルマが乗ると、ナギトが潰されたカエルのような声を出した。
『さて、どうしましょうか……』
ハナコのどうしようの意味は、トリモチに捕獲されたナギトのことである。
三人分の上着とズボンがあれば、なんとか向こう側まで辿り着けたのだが、ナギトが捕獲されたために服が足りなくなっていた。
それに格好つけて失敗したとは言え、このまま見捨てるのもよろしくない。
エルマやハナコにしてみれば自力で頑張れと言いたいところだが、そんなナギトを友人だと思っているイオリの視線に、エルマは小さく溜息を吐いて捕獲されたナギトの救出を始めた。
「ほらナギト、服を脱がすけど大人しくしててね」
「……エルマ姐さん」
「誰が姐さんよ」
エルマの行動力と意外な優しさと、若干の吊り橋効果に、学校で先輩女生徒に優しくされた下級生の男子生徒のごとく、ナギトはエルマを見つめて頬を染めた。
女慣れしていないのもあるが、意外と惚れっぽいのかも知れない。
……と、このまますんなりいけば、良い話だなぁ、で済むのだが、こんな狭い場所で三人の人間がゴチャゴチャ作業をしてすんなり終わる訳がない。
「…あ、」
現在の足場はナギトが脱いだ服のぶんしかなく、バランスを崩したイオリがトリモチの上に尻餅をついた。
『……仕方ありませんね。エルマ様、ナギト様の目隠しをお願いします』
「了解」
「えっ」
エルマが手早く自分のタンクトップの裾を裂いてナギトに目隠しをすると、戸惑いつつも女の子の身に付けていた物を顔に巻かれて、ナギトが変態チックに喜んだ。
「ほらイオリも立って」
「う、うん」
多少ばつが悪そうにイオリも立ち上がるが、もちろんホットパンツはトリモチ先生に没収されてしまったので穿いていない。
先ほどまでの格好とほとんど変わりないように見えるが、最近女の子としての意識が芽生え始めたイオリは、ブーツにタンクトップにパンツ一丁の姿になって、思わずモジモジしてしまう。ちなみに今日は服装に合わせて黒である。
「……っと、」
そこに目隠しをされてバランスを崩したナギトがエルマに抱きつくような形で倒れ込んでしまった。
「ちょ、きゃあっ」
「え…」
不幸中の幸いだったのは、二人が倒れたのが進行方向だったことだろうか。
髪の毛は何とか防御できたが、横倒しに倒れ込んでしまったせいでエルマのタンクトップと短パンがべったりトリモチにくっついてしまった。
「……すみません」
「…………」
また小さく溜息を吐いたエルマは無言で短剣を取り出し、トリモチにくっついた自分の服を引き裂いた。
短パンの下には下着を着けていたのだが、タンクトップの下には何も着けていなかったので、エルマは破れた部分を集めて胸の部分に結ぶ。
それを見てイオリがモジモジしているのは、元男の子としてなのか、お姉様に憧れる女の子っぽい感覚の表れなのか微妙なところだ。
「イオリも見てないで、ナギトの上を渡ってきなさい。あ、ブーツも脱いで渡して。足場に使うから」
「う、うんっ」
イオリは慌てて頷くと、このミッションのために用意した黒いブーツを脱いでエルマに放ると、それを受け取ったエルマはトリモチの先のほうへ足場として放り投げた。
「それじゃ、イオリっ」
「いくよっ」
イオリが緊張気味に体勢を低くする。ブーツを脱いでしまったので、足を踏み外したら脱出出来なくなる。
そしてジャンプしてまだ倒れたままのナギトの上に飛び移り、その勢いのまま足場にしたブーツに飛んで向こう岸まで行く手筈だったのだが、ここで問題だったのは、まだ目隠したままのナギトが細かい説明をされていなかったことだった。
「………」
ただ足場になっていればいいのだから、特別説明も必要ないと言えばそうなのだが、やはり人間なのだから何も見えない状態で説明もないのは不安に感じる。
要するに何が言いたいのかというと、
「え、ちょ」
イオリがナギトの上に着地した瞬間、思わず藁をも掴む溺れる者の心境で伸ばしたナギトの手が、イオリちゃんのパンツを引きずり降ろしてしまった。
「ぶへっ!?」
それだけならまだしも、転び掛けたイオリがそのままお尻からナギトの顔面に落下したのだ。
「…………」
『…………』
そんなラッキースケベ(?)な状態を真横で見ていたエルマは心底呆れたように溜息を吐いて、ハナコのハイエルフ生態ライブラリーに新たな動画が追加され……
その数分後、顔面をボコボコにされた少年を含めた一同は、最後の罠を突破した。
次回、いよいよスキル解除……ができるか




