58 潜入ミッション
ハッコーがある西部地方は山岳地帯で自然豊かな土地だった。
文化としては東欧と東アジアが混ざったような感じで、一般の人が着ている服などは緩やかな物が多い。
この地方での特産物は、鉱山から取れる鉱石と農作物で、イオリが好んで食べている“コメ”と呼ばれる穀物もこの地方で作られている。
「これ、おいひいよ」
「美味しいのは分かったから、食べるか喋るかどっちかにしなさい」
屋台で買った、甘辛く煮付けた豚バラのような物を乗せた、ちまきのような食べ物を口一杯頬張っているイオリに、エルマが呆れながらも姉のように口元を拭ってあげた。
本来姉替わりであったスバルはどうしていたかと言うと、タネと一緒になってちまきをがっついている。
「スバルもタネさんも家族なのね……。こんなにコメが好きだなんて」
「ま、まぁね……」
元々、お米大好きニッポンジンなのだから当たり前のことなのだが、ややこしくなるからと“転生者”であることを一度内緒にしてからは、すっかりカミングアウトするタイミングを失っていた。
同じ日本人であるナギトも居るのだが、ナギトはハッコーに戻るたびに大量の米料理を食べているので今更がっついたりしない。
それ以前に、他の面子は誰も気にしていないが、ナギトは正体がバレないように布地で顔を隠して絶賛変装中なので買い食いは出来ないのだ。
そんなナギトに急かされるように一同は王都の外れにある宿に向かう。
王宮に自室があるナギトだが、実はこっそりと、王都にもこぢんまりとした家を購入している。
最初はそこに潜伏しようとした訳だが。
「……一応、国には内緒で購入しましたけど?」
「大国を舐めるんじゃないよ。国の中でお前さんが何を買ったかなんて、スケベな本のシリーズから、女の数までお見通しだよ」
「買ってませんよっ!?」
と言う訳でナギトの隠れ家は使用不可となり、レンジャーのフーゴが見つけてきた、そこそこ怪しい人間でも問題なく泊まれる宿を拠点とすることになったのだ。
今回のパーティは潜入班としてイオリ、ハナコ、エルマ、ナギトの三人+α。
その三人と潜入以外の行動を共にするのが、タネとスバルの二人。
オリアのパーティは以前と同じで彼らとは離れて行動しながら情報を集め、前回と違うのは、それとはまた別行動でディートリヒとリリーナが上流社会の人間として情報を集めてくれていた。
「あの二人だけ、高級宿にお泊まり? 一室しか借りないなんて、よっぽど宿代が高価なんだねぇ」
「…………そうね」
本気でボケているのか。根っからの天然なのか。本当にアホなのか、イオリの台詞がいまいち判断が出来ず、エルマも曖昧に返した。
そんな二人が集めてきた情報では、戦場で“風の勇者”が不在の為、王国よりの依頼で総教会の神官と兵士の一部が戦場に赴き、聖魔法による癒しを行うと言うのだ。
期限は二日後の出立から移動を含めて暫定で4ヶ月。それ以降は戦況が長引くようなら交代していくらしい。
ただし、王都の総教会に人員が少なくなるのは良くないようで、ハッコー内にある総教会支部の神官が臨時で補充されるそうだ。
その彼ら彼女らが集まってくるのが、約一週間後。
近場の者が早く到着することを考えても、人員が少ない状態は、二日後の夜から四日後の朝までと言う事になる。
これはオリアのパーティも同じ情報を持ってきたので、かなり信憑性は高い。
「ナギトくん、どうしたの? 変な顔しているよ…?」
「いや、なんでもないよ、イオリさんっ」
自分が勇者を辞めようとしたせいで、あちこちに迷惑が掛かっていることを少しだけ心苦しく思いながらも、それ以上にあの筋肉むきむきで、やたらとお尻に視線を感じる神官共が居ないことに、ナギトは心の底から安堵していた。
「それじゃ、油断するんじゃないよっ」
「「「はいっ」」」
『お任せ下さい。それでは皆様、参りましょう』
タネの声に潜入メンバーが返事をして、簡易パーティのリーダーとなったハナコの声で出発する。
本来なら簡単な作業しかできないはずのダンジョンコアだが、タネが趣味に走って制作した事と、コアを“一つの人格”として接してきたイオリの世話を焼く事で、ハナコはかなり独特な思考ルーチンを手に入れていた。
そのおかげか、エルマもナギトもハナコの指示に従うことを自然と受け入れた。
それほどまでにイオリを御せることが出来るハナコに、その大変さを知っている者達は尊敬にも似た想いを抱いていたのだ。
良く考えると、間接的にイオリを褒めているようにもディスっているようにも聞こえるが、きっと気のせいだろう。
三人は鎧もなく、武器も短剣のみの黒ずくめの格好で、闇夜に紛れて総教会の裏手にある公園のような場所に辿り着いた。
近くにはスバル、ディートリヒ、リリーナが何かあった時の為に待機している。
三人の顔は皆一様に心配――と言うより不安そうだったが、それはイオリの身に危険があるとか、そう言ったことよりイオリが何か“やらかす”のではないかと言う、確信にも似た不安だった。
「ナギト、ここでいいの?」
「そーっス、エルマさん」
エルマの潜めた声にナギトが若干緊張気味の声を返した。それは、これから行うミッションへの緊張ではなく、女の子と会話したせいだ。
右を向けば一つ年上のエルマと言うクール系美少女で、後ろを見ればいまだに憧れが残るエルフのイオリ。指示を出すのも大人の女性の声であるハナコと、見事に女性ばかりに囲まれており、同年代の女の子に耐性が無いナギトにはつらいものがあった。
それで思わず、学校の先輩女生徒に対するような話し方になってしまうのは、自分を下に置かないと精神が保てないからだった。
『……ではナギト様、お願いします』
それの様子を見て、勇者ナギトはマゾ気質があると内部メモに書き込みながら、ハナコがナギトに指示を出す。
「ナギトくん、頑張って」
「う、うん」
そして、いまだにナギトに惚れられた事も振ったしまった事にも気付かず、無自覚に同性の距離感で接するイオリが、ナギトの精神をカンナどころかノミのように削っているのを見て、エルマもこっそり同情した。
「……我は光に連なる者なり……」
小さく呟くナギトの手が仄かに光ると、木々に囲まれた大きな岩に人間がギリギリ通れる程度の穴が開いた。
「……これで限界です」
「それじゃ私が先に行くわ」
先ほどの光が誰かに気付かれていないか、スバル達とアイコンタクトで情報を交換していたエルマが先に入り……
「エルマさん、お尻押す?」
「……お願い」
若干お尻が引っかかったエルマのお尻をイオリが押して内部に侵入する。もうイオリも女の子のお尻に触れる程度でいちいち恥ずかしがったりしない。
元々、男の子に戻るためにスキルを解除しようとしていたのに、そこまで普通に女の子に慣れてどうするつもりだと、思わなくもない。
その後、イオリが随分と余裕を持って通過し、エルマに無言で頬を抓られている間に多少苦労してナギトが穴を抜けた。
「ここが……」
その中はまるで外部とは別空間のように明るく、床も壁も天井でさえも真っ白な石で造られた通路が延びていた。
ブン……
「…………」
『イオリ様、何か感じましたか?』
毎度おなじみ、一日に一度は必ず発動する【自動記録】の感覚に息を飲むイオリに、ハナコがいち早く気付いて声を掛けた。
「た、たぶん、何かある」
「え、もしかして予知ですか?」
そう言う設定なのだが、その言葉に反応したナギトが思わず一歩前に踏み出すと、横の壁から水鉄砲のようにピューっと水が飛び出て、ナギトの顔を濡らした。
「おわっ」
驚いたナギトが横手に飛び下がると、何故かバナナのような皮が落ちていて、盛大にひっくり返った。
「「「…………」」」
思わず無言になる三人。エルマが落ちていたバナナのような皮を拾うと、それはいま剥いたばかりのような鮮度を保っていた。
もしかして誰か居るのか? そう考えて緊張する一同に、分析を終えたハナコが推測を説明する。
『高度な魔術の痕跡を発見しました。おそらくこの果物の皮は、次元収納魔術と時空間凍結魔術により保存されていた物を、個別転移魔術により送られてきたのだと推測いたします』
「「………」」
そのあまりに高度な魔術にエルマとナギトが唖然とする。どうしてこんな通路でそんなことが起きたのか?
「昔の風の勇者って、お茶目な人だったんだねぇ」
そんなイオリの一言にまた沈黙が降りた。
この大掛かりな通路や魔術は、ただの悪戯の為に造られたのだった。
「でも、あんまり危険はなさそうだね」
「あ、」
少し安堵したようにイオリが足を踏み出し、思わず声を上げたエルマの前で、上から落ちてきたタライがイオリの脳天に直撃した。
ブン…… 【Record reading.】
さらりと王都に到着して潜入した。と書こうとして少しだけ説明入れたら長くなりました。
次回、悪辣な恐怖の罠がイオリ達を襲う。




