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56 事件の結末と新たな課題

 



「さすがはハッコーの勇者様ですなっ!」

 

 勇者ナギトとその仲間達(・・・)は、遺跡があった国の領主からそんな言葉を賜った。

 この言葉に微妙に顔を引き攣らせているナギトとは対照的に、数歩下がって跪いている他の面子は、偶然居合わせた善意の協力者のような態度を貫いている。

 

 さて、ここに至るまで何があったのか?

 崩壊する遺跡から脱出した一同だったが、タネやエルマなどはこの遺跡の件は完全にばっくれるつもりでいた。

 数百年前の英雄や魔導師達が封印するしかなかった魔物を閉じ込めた遺跡である。

 本来であれば勝手に立ち入るどころか、封印を解いただけで大問題になり、運良く魔物を倒すことは出来たが、貴重な過去の遺跡を破壊したことで各国の研究者からも非難されるような事態となった。

 それが分かっているからこそ“知らんぷり”を決め込もうとしていたのだが、社会的地位のある真面目系二人――ディートリヒとリリーナが、冒険者ギルドに届け出ないと拙いと言い始めた。

 この二人は――と言うより、全員に言えることだがイオリが関わらない限り、それなりに“まとも”なのだ。

 

 今回の件を現代に例えてみると、とある文化遺産の地下から街を半分吹き飛ばすような不発弾が見つかり、国が立ち入りを禁止にしていたのに、修学旅行中の学生が面白半分で立ち入り、偶然と幸運で不発弾を解除してしまったような感じだ。

 しかもその上にあった文化遺産はその時に壊されている。

 これはどう言い訳しても怒られる。

 軽くても学校は退学で、普通でも警察に身柄を拘束されて、へたするとそこまで掛かった費用を全額請求されかねない事態なのだ。

 

 そこで一同は話し合いを始めた。答えの出ない話し合いなどどうやっても平行線なのだが、そこに本体から復帰したダンジョンコアの【ハナコ】の一言が、話し合いを一気に解決させた。

『張本人である勇者様に責任を取っていただきましょう』

 

 その一言でナギトの命運は決まった。

 ことの重大さを説明されたナギトは顔を青くさせていたが、良く考えてみると遺跡の封印を解いたのも壊したのも、ナギトがイオリに良いところを見せようとして始まったのだからどうしようもない。

 実際に壊したのはイオリではないかとハナコやエルマは気付いていたが、あえて言わなかった。

 そしてギルドに報告した訳だが、勇者が関わっているとなって話がどんどん大きくなり、最後には領主様が額に青筋を浮かべながらも、勇者と言うことでお褒めの言葉を戴き、政治的な判断で『勇者様が悪い魔物を倒した』と言う事実だけを公表し、その裏でナギトは屋敷が丸ごと買えるような賠償金を領主に支払い、この事件は一応の解決となったのだった。

 

   *

 

「……俺、もう勇者を辞めたいんですけど……」

 

 とある高級宿屋の一室でナギトはポツリとそう漏らした。

 スバルと戦うことで自分の実力を知り、タネ達に教えられることでこの世界がゲームではないことを思い知らされ、イオリと接することで意識が完全に『日本の学生』に戻ってしまったナギトの心はポッキーのように折れていた。

「……それは難しいんじゃないか?」

 イオリの件や前風の勇者の件で最初は許せないと思っていたディートリヒだったが、イオリに振られてしまったらしいナギトに少々同情的になって優しい言葉を掛ける。

 その横には若干距離が近くなったリリーナが寄り添っていて、ディートリヒの心は広くなっていたのだ。

 男とは時にしてとても単純な生き物である。

 

 小国ではあるが王族であるディートリヒは、大国ハッコーの恐ろしさも、ハッコーが勇者を呼び出す為にどれだけ費用を掛けたのかも、勇者がいないことでどれだけ他国から糾弾されたのかも理解していたので、ハッコーがナギトを手放すつもりなど無いと分かっていた。

 それと同時にまだ少年であるナギトを見て、この世界の事情で他の世界から勝手に呼び出してしまうことへの罪悪感も感じはじめている。

 こういう点ではイオリ達庶民との交流が良いように働いているのだろう。

 

「ちゃんとした仲間を見つけられれば、まだ頑張れるんじゃないか?」

「そ、そうだ、イオリさん達やアニキが仲間になってくれるなら、」

「誰が“アニキ”だ、誰がっ」

 遺跡を脱出した時から妙に懐かれてしまったスバルだったが、そのナギトがまだイオリを諦めていないのかと、彼から引き離すようにイオリを抱えて数歩下がった。

 

『……イオリ様、大人しいですね』

「そ、そう…?」

 

 普段のこんな状況ならわきゃわきゃ騒いでいるはずのイオリが、スバルの腕の中で妙に大人しいのを見てハナコが声を掛けると、イオリは身の置き場所がなさそうにソワソワとして、どこか緊張したような声を返した。

「「………」」

 そのやり取りが聞こえたのかスバルがイオリを抱えたまま横を向き、イオリも顔を赤くしながらもその腕の中から出ようとしない。

 

「そんなことはどうでもいいから、これからの予定を話すよっ」

 

 イオリとスバルの口の中がジャリジャリしそうな雰囲気も、それを見てさらに落ち込むナギトにも、その場の微妙な空気も気にせず、タネがどうでもいいと切り捨てて話を始めた。

 

「え? ばあちゃん、まだなんかあったっけ?」

「イオリは鳥頭かいっ」

 三歩歩けば忘れて首を傾げるように尋ねる孫に、タネは呆れるように頭を抱えた。

 現状、このパーティに依頼した『勇者お仕置き司令』は完了している。

 イオリとしてもこの世界に来た時ハナコとした『マスターを捜す』と言う約束を終わらせているので、後はキリシアールに戻り、スバルやエルマと冒険者をしながら、偶にタネの所へ帰ればいい。

 単純なイオリはそんな風に考えていたのだが……

「スキルを解除したいんじゃなかったのかい?」

「……あ」

 自分で頼んでおきながらすっかり忘れていたイオリは、それが本来の、自分の旅の目的だと思い出してポンッと手を叩いた。

 アホの子は本格的に罪である。

 

「……どういう事です?」

 スキル解除というこの世界の在り方を覆すような話を聞いて、事情を知らない者達の中でエルマが代表して問いかけた。

「話したほうがいいかねぇ……。構わないかい?」

「え、あ、」

『問題ありません』

 イオリが何か答える前にハナコが返事をするが、何故か全員が普通に納得して、そのままハナコが説明を始めた。

 イオリには二つのスキルがある。一つはここにいる全員がすでに知っている、爆弾を作り出す【物質創造スキル】で、

『もう一つは、身体不調を対価に簡単な未来予知をするスキルで、それを取得する為にもっと大きな代償として、体力が極限まで低下しております』

 ハナコは、イオリが元男の子だったとか、異世界から来たとか、実はあちこちの都市を破壊しているとかバレないように、大部分を脚色して要点だけを伝える。

「そう言うことだったの…?」

「う、うん」

 心当たりがあったのか、そこそこ納得して尋ねるエルマに、イオリもあれ?っと思いながらもとりあえず頷いた。

「さすがイオリちゃん、素晴らしい能力ですっ。でも、それが良くないのですか?」

 リリーナが不思議そうに尋ねる。

 もしそのようなスキルがあるのなら、多少のリスクがあろうと使用を限定すれば多大なアドバンテージを得られるはずだ。

『体力が低下することが問題なのです。このままではイオリ様は、ほんの少しの範囲攻撃を貰った時点で死亡してしまいます』

 そのハナコの言葉にエルマ達が息を飲む。

 実際はアホなことをして何度も死んでいるのだが、呆れられると怖いので、危機感を煽る為にそんな説明をしなければならないハナコの苦労も察してほしい。

「そこで、あんたの出番だよっ」

「きゃあああああっ!」

 唐突に真後ろからタネに肩を掴まれて、勇者ナギトが乙女のような悲鳴をあげた。

 

 タネが当てにしていたのは、ナギトの持つ【勇者の秘術】と呼ばれるものだった。

 遙か昔は【総教会】と呼ばれる機関がすべての秘術を統括し管理していたのだが、それも千年以上経過すると、代々勇者を召喚する四つの大国がそれぞれ自国の勇者に必要な【勇者の秘術】を有するようになった。

 ナギトが会得した【勇者の秘術】もハッコーの宝物庫に収められていた物だ。

 

「勇者の秘術にある【レベルアップ】の秘術を使いたいのさ」

「いや、無理ですよっ、身体に凄く負荷が掛かるんで、俺でも5レベル程度が精一杯なんですよっ」

「ひっひっひ、知ってるさ。私が使いたいのはその前段階の【身体強化】なんだから」

 

 勇者の力が強大である理由の一つに【レベルアップ】がある。

 これはゲームのように経験値から存在そのものを強化するのではなく、倒した敵の生命力や魔力などを吸収し、一定以上溜まるとそれを魔力結界のように装備して体力や身体能力を水増しする物であり、言葉から思い描くレベルアップとは異なる。

 ただ、レベルを上げる時に身体に負荷が掛かり、レベルが上がるごとにその負荷が増えていく。その負荷を軽減する為に、【身体強化】を使用するのだ。

 

「でも、それって一時的な物で……」

「そうらしいねぇ。けど、私がやろうとしていることも、その前段階なのさ」

 タネにそう説明を受けてナギトが悩む。

 【勇者の秘術】と言うだけあって、それは一般人には知られてはいけないことなのだが、それは一般人に危険だからという理由と、他国への優位性を保つ意味もある。

 でも意識が日本の学生に戻ってしまったナギトに、そこまで考える職業意識は残っていなかった。では、何を悩んでいたのかというと。

 

「……できません」

「……は?」

「すんません……。俺、自分で【身体強化】を出来ないんです」

 

 確かに【身体強化】は微妙な魔力操作が必要となるのだが、ナギトは実用的でない技術の会得には消極的で、レベルアップ自体があまり出来るものでもないので、ナギトはその術式を自動で掛ける魔道具を使っていた。

 

「……それで、その魔道具とやらはどこにあるんだい?」

「えっと……ハッコー総教会支部の、宝物庫の台座に埋められています」

 

 という理由でイオリのスキル解除の道は遠くなり、一般人は使用不可ということから西の大国ハッコーの総教会へのスニークミッションが行われることになった。



    

もうハナコが頭脳でいいんじゃないかとか思ってはいけません。


あと数話で完結です。それまでお付き合いお願いします。


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― 新着の感想 ―
真面目系二人 > え゛っ? 王位継承権を持っていながらフラフラして、エロ画像にお金を費やしているディートリヒが真面目系?
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