54 勇者の技
今回は中二病溢れる真面目な戦闘です。
緊迫した空気の中、二人の戦士が自らのプライドと“一人の少女”を賭けて、互いに向けて剣を構えた。
一人は人間世界の最終兵器。異世界より召喚された今代の【風の勇者】ナギト。
一人は勇者召喚事故によって転生した、英雄級の力を持つ【竜人】スバル。
とかなんとか舞台は盛り上がっているのだが、当人の一人であるスバルは、憤っている勇者の気迫とは逆に、冷静に若干の焦りを感じていた。
「………(やば…)」
勇者。ゲームの知識しかないスバルでも、それがとてつもない存在だと分かる。
そして実際に仲間達から聞いた話だけでも、普通の人間とは隔絶した力が有ると理解できていた。
勇者とは光の神に祝福され加護を受けた存在だと云われる。
そのステータスは最低でも一般人の10倍以上で、勇者を千年以上【兵器】として運用してきた人間国家は、【勇者の秘術】を創り出し、それによって勇者の戦闘能力をさらに高めてきた。
ナギトは、この世界に四人いる【勇者】の中ではまだまだ若輩で、技術面では最強と言われた先代の風の勇者フォーテリスとは、比べるべくも無い。
スバルも冒険者としてはともかく、局地的な戦闘力だけなら自分より上だとゴールドクラスのオリアから言われていた。
だが、種族的に成長して【種族スキル】である【竜の騎士】を会得すれば、一般人の数倍のステータスを持つ【英雄級】に至ると言われる竜人でもあっても、スバルも転生してから半年も経っていない、まだ素人から抜け出したばかりのようなものなのだ。
イオリに対する想いも、ナギトに感じた怒りも本当で、嘘はない。
ナギトは、イオリをこんな危険な場所に連れ込んで何をするつもりだったのか? ものを知らなかったとは言え、祖母のタネを倒して強盗まがいのことをしたこのナギトを簡単に許すつもりもない。
だから心をへし折るつもりで言いたいことを言って、イオリを連れてとんずらするつもりだったのだが、自分でも思っていた以上に怒っていたのか、煽りすぎて決闘のような状況になってしまった。
それでもこうなってしまっては仕方ない。
ステータスでは及ばないが、時間を稼いで仲間達が来るのを待つしかない。
「だぁああああああああああああああああっ!」
「たぁあああああああっ!」
ガギンッ! と、どちらともなく繰り出した剣がぶつかり合って火花を上げ、身長でも体格でも勝っているスバルが、押されるように一歩下がった。
臨時収入で購入した、中古とは言え金貨8枚(約80万円)もした魔力剣が刃こぼれしてスバルの頬をわずかに引き攣らせる。
スバルにとって幸運だったのはナギトが冷静ではないことだろう。
竜人がスキルと身体能力で高い戦闘能力を得るのに対し、勇者は援護魔法を自分に掛けることで最大の戦力を発揮する。
伝説級の【聖女】が傍らに居る限り【勇者】は不死身であり最高の戦力であるが、ナギトは仲間がいないにも関わらず、自分に強化魔法すら使っていない。
「『ЙЖ』ッ!」
「風烈剣っ!」
スバルの氷のブレスを、ナギトの魔力を込めた剣技が斬り裂いた。
もう一つ幸運があったとすれば、ナギトの剣だろう。今はナギトが自分で創りだした黒い太刀のような長剣を使っているが、威力はともかく、防御面ではイオリの対価に消費してしまった宝剣には遠く及ばない。
そのせいでスバルのブレスを斬ってすぐに追撃出来ず、スバルに余裕を与えていた。
それでも、これだけスバルに都合の良い状況であっても、まだ互角にさえなっていないのだ。
「(勇者、チートすぎるでしょっ)」
心の中でそう叫ぶスバルも、イオリから見ればかなりのチーターなのだが、まったく自覚はなかったらしい。
キンッ、ガギンッ、キンッ!
「てりゃああああっ!」
「はぁあっ!」
二人は何度か位置を変え、剣をかち合わせ、いなし、ぶつけ合う。
ステータスの差か、一撃ごとにスバルの持つ魔力剣が欠け、身体ごと押し出された。
だが……
「………」
何度も剣を合わせるうちにスバルの剣がナギトの剣を受け流すようになり、ナギトは焦りを感じはじめ、スバルはわずかに眉を顰める。
「くそっ、エアロシューターっ!」
「『ЮЭ』ッ!」
ナギトの風の矢の魔法を、スバルも風のブレスで相殺する。
ナギトの様子が変わったのではない。剣を合わせるうちにスバルの剣技自体がわずかに変化を見せ始めていたのだ。
「……そっか」
スバルは何かを思い出すように剣を構える。
「……なっ!?」
ナギトが思わず声を上げた。スバルの取った構えは、ナギトの剣の構えと同じだったからだ。
「真似なんかしたってっ!」
「………」
力任せに繰り出されたナギトの剣を、スバルはまるでその剣技を知り尽くしているかのように、さらりと受け流した。
「なっ!?」
「確か……」
続いてスバルが、つい先ほどナギトが使ったまったく同じ剣技で攻撃を仕掛けた。
「ぐっ!」
いや、まったく同じではない。
威力も精度もナギトを上回り、ギリギリ受け流したナギトにスバルは連続するその次の剣技で切り上げた。
ガキンッ!
かろうじて受け止めたナギトの目が大きく見開かれる。
「……な、なんでお前がそれを使えるんだぁあああっ!」
ナギトの剣技はハッコー国の剣術指南に習ったものだ。
それを基本にハッコーで収集されてきた歴代勇者の剣術も教えられている。
そのほとんどは勇者の能力を使った力任せのものであり、ナギトでも比較的覚えやすかったが、最後に記されていた多彩な剣技は情報が不明瞭で、ほとんど会得することが出来なかった。
それは、かつて人間を裏切ったと言われる、先代風の勇者・フォーテリスの技。
この世界で生まれ、召喚された異世界の勇者にステータス面で劣る彼は、それまでの勇者の剣技を、技術による洗練された妙技に仕上げていた。
だがフォーテリスが他の三勇者に討ち取られると、一部の者達によって彼の残した文献は燃やされてしまった。
いまだに彼を信じる者達によってすべて破棄されることは免れたが、完全な物はほとんど残されていない。
ナギトはフォーテリスが残した剣技の完成された美しさに心奪われた。
そしてナギトは引退させられて田舎に左遷された前騎士団長……フォーテリスの父親のいる場所まで出向き、彼の剣技を求めた。
そんなナギトに前騎士団長は快く息子が残した物を教えてくれたが、それでも完璧ではなく、ナギトが習得した剣技もフォーテリスには程遠い。
その失われた技を、どうして目の前の竜人は使う事が出来るのか。
スバルはナギトに叫びに、不愉快そうに顔を顰める。
「……お前こそ、どうして“勇気兄ちゃん”の技を使えるんだよ」
スバルの剣技は、家族の長男で実兄である勇気に習ったものだ。
歳の離れた兄に可愛がられたスバルは幼い頃から積極的に覚え、中学生になった時、その兄本人から、そろそろ女の子らしくしなさいと止めさせられるまで鍛えた。
それからの年月と、召喚事故によって記憶が曖昧になっていたが、スバルはナギトと剣を合わせることによって急速のその技を取り戻していった。
まさかスバルの兄である勇気も、妹が転生して異世界でその技を振るうことになるとは思いもしなかっただろう。
今のスバルはまるで『地球に転生したフォーテリスに直に技を叩き込まれた愛弟子』のような状況だった。
「に、兄ちゃん…?」
その言葉にナギトは、イオリの従兄弟の“兄ちゃん”がナギトと同じくらいと言っていたことを思い出す。
もしかして勇者フォーテリスがまだ生きているのか? それともその技を受け継いだ人物がどこかにいるのか?
そんなことを考えてしまい、動きの止まったナギトに、
「……アレも使えるのか」
スバルがぼそりとそう呟いて、指先を剣で切り、その血で刀身に“魔法陣”のようなものを描き出す。
教えてもらっていた時は理解できなかった。兄も特に説明はしなかった。
ただその絵柄がとても中二病心を刺激して、こっそり真似をして自分も描いていた。
この世界に来た“今”ならそれが理解できる。
ただ一言、兄はその模様を『友人に教えられた雷の付与』と言っていた。
ナギトはその魔法陣に魔力が満ちていく様子に、嫌な予感がして思わず飛び出す。
「風烈剣っ!!」
ゴォオオオオオオオッ!と唸りをあげる風の刃に、スバルも剣に魔力と竜のオーラを漲らせて、真正面から迎え撃つ。
「雷光剣っ!!!」
完成系にして進化形。
ともに風の属性で、それでも威力は互角だったが、雷を纏ったスバルの剣技は威力ではなく、速度に特化していた。
風よりも雷光のほうが速い。
「ぐはっ!!」
一瞬速く雷がナギトを捕らえ、その剣と鎧を打ち砕き、弾き飛ばした。
遺跡の石壁に叩きつけられたナギトに、素早くスバルが駆けつけ、まだ立ち上がれない彼に剣を突きつける。
「勇者ナギト……、私の勝ちだっ!」
宜しければ、スバルの兄ちゃんに関しては【悪魔公女Ⅱリメイク 2-06】をご覧下さい。
次回、決着です。




